22章 異界の門への道標 23
冒険者ギルドからの帰り、中央通りを歩いていると、王都観光をしているフレイニルたちの姿が目に入った。
以前とは違い王都メッケラの人通りは非常に多くなっているのだが、やはり彼女たちの姿は非常に目立つ。全員見目が整っている上に、フレイニルやシズナ、サクラヒメ、マリシエールは明らかに上流階級という雰囲気があり、ラーニ、カルマも獣人族特有の肌の露出が目に入るし、ハイエルフのスフェーニアなどそこだけ別世界かと思わせるものがある。
通りを歩く人々も、多くは彼女らに目を向けて驚いたような顔をしているが、よく見ると避けるように歩く人間もいる。もしかしたら彼女たちが何者か――つまり俺のパーティメンバーだと知っているのかもしれない。
近づいていくと、鼻が利くラーニが真っ先に俺に気付いた。
「あっ、ソウシ、ギルドはどうだった?」
「ギルマスには挨拶ができたよ。モンスター討伐依頼はやっぱり多いが、俺たちが出るほどのものはなさそうだ」
「そっか」
「そっちはどうだ? 面白いものはあったか?」
「聖堂を見に行ったくらいで、あとはお買い物がメインかな~」
「珍しいお野菜があったので買いました。あと、ソウシさまが以前おっしゃっていたお米? に似た物もあったので買ってみました」
「本当か?」
フレイニルの言葉に、俺はつい大袈裟に反応してしまった。確かに旅の途中の雑談で米の話はした気がするが、まさかメカリナンで見つかるとは。
「こちらですけれど……」
フレイニルが自分の『アイテムボックス』から大きめの布の袋を取り出した。受け取って中を見てみると、確かに玄米にそっくりな穀物が入っていた。
こちらの世界の植物は地球のそれとは微妙に違うので、これも米そのものではないのだろうが、是非とも味は試してみたい。
「俺が知っている米に近いな。フレイもよく覚えていてくれたな。ありがとう、嬉しいよ」
「は、はい! ソウシさまに喜んでいただけて私も嬉しいです」
ニッコリと微笑むフレイニルの姿に、和んでしまうのは俺だけでなく、皆も同じであるようだ。
目の前に面倒な案件ぶら下がっている時だからこそ息抜きは必要である。
と、袋の中をのぞき込んでいたシズナが俺の顔を見上げてきた。
「ではこのコメとやらは、今日の夜にも試してみるのじゃな?」
「ん? ああ、そうしたいところなんだが、今日はちょっとギルマスと予定が入ってな」
「それはどういうことかのう?」
「前にも話したと思うが、ここのギルマスとは色々あってな。俺も世話になったし、向こうも俺に恩を感じてたりするとかで、夜酒を飲もうという話になったんだ」
「ソウシ殿がそのような場に行くのは珍しいのう。というより初めてかの」
「そうかもな。なので済まないが今日の夜は俺は出かけることになるんだ」
「残念じゃのう。まあ旅の途中の楽しみにとっておくのもよいか」
とシズナはそれで納得してくれたのだが、そこでスフェーニアが妙に鋭い……というより疑いの目を向けてきているのに気付いた。
「スフェーニア、なにか気になることがあるのか?」
「いえ、お酒を飲むのはよろしいかと思いますが、いらっしゃるのは果たしてお酒だけが出てくるお店なのでしょうか?」
「あ~……。ちょっと怪しいかも」
「いやまあ男なら仕方ないんじゃないのかねえ」
ラーニは半目になり、カルマは妙な理解を見せてくれているが、スフェーニアが言いたいのは要するに女性がサービスをしてくれる店ではないのか、ということだろう。
「いや、たぶん普通の酒場だと思うぞ。ドゥラック将軍とアースリン殿まで呼んで4人で飲むって話だったしな。もちろん俺以外全員既婚者だ」
「なるほど、そこまでしっかりした方たちが相手ならば大丈夫でしょうね」
「そういう店なら断るさ。もとから好きじゃないんだよ、そういうのは」
これは嘘ではないが、若い女性しかいないパーティのリーダーをやっていると、たまには男だけで気楽に飲みたいなんて贅沢すぎる気持ちが生じるのも確かである。
その後俺は彼女たちと昼食を取り、午後は買い物につき合って、夕刻になる前に王城へと戻った。
城では各自個室が用意されている俺たちだが、今回はさらにミーティングできる部屋と、それからゲシューラについては普通の部屋だけでなく、特別に工作などができる大きな部屋を用意してもらっている。
部屋に戻って一休みした俺は、その工作用の部屋へと向かった。そこでは今、ゲシューラとライラノーラが『異界の門発生装置』の研究をしているはずなのだ。
ノックをして部屋に入ると、やはりゲシューラとライラノーラが、壁に立てかけた『異界の門発生装置』を前にして立っていた。
なお『異界の門発生装置』は、縦横5メートルほどもあるミスリル製の金属板に、多数の水晶球が埋め込まれ、その水晶球をつなぐように禍々しい回路のようなものが描かれているものである。
いわゆる魔道具の一種ということになるが、動力としてモンスターから取れる『魔石』ではなく、人間の魂――ライラノーラ曰く『根源』――を使うという、極めて非道な道具である。
ただ、ライラノーラがその『根源』を『魔石』で代用できる技術を持っているということで、今それが本当に可能かどうかを調べてもらっているところだ。
「お疲れ様。ずっとこっちにこもってるみたいだがちゃんと休んでいるか?」
「ソウシか。必要な分は休んでいるし、食事もしている。心配は不要だ」
「なら安心だが、ゲシューラはこういうのを始めると止まらなくなるみたいだからな。まさかライラノーラはそういうところはないよな?」
「ええ、わたしは……と言いたいところですけれど、見るものすべてが新しくて夢中になることはあるかもしれません。しかし食事も好きですから、それだけは大丈夫ですわ」
「町に出たりしたいだろうが、済まないがこちらを優先で頼む。ところでなにか進捗は……といっても一日では無理か」
そう言いながら『異界の門発生装置』の前まで行き、禍々しいその装置を見上げてみる。何度見ても嫌な感覚を覚えるものであるが、これが今後パラダイムシフトを起こすものになる可能性があるかと思うとぞんざいに扱うこともできない。
「そうだな、まず我の方だが、この装置の大体の作動原理は理解できた。もっともライラノーラの知識がなければ理解できない部分もあったので、一人では難しかっただろう」
「理解できるだけ素晴らしいよ。そうなると、動力源さえあれば作動させることも可能ということか?」
「発生させる門の大きさや場所の設定もある程度は可能だ。ただ動力源としてどの程度の量の力が必要なのかは稼働してみないとわからぬがな」
「トライアンドエラーは当然だろう。それでライラノーラの方はどうだ。動力源は魔石でいけそうか?」
「ええ、きっと大丈夫だと思いますわ。『根源』というのはこの世界に存在する全ての生物が持つ力なのですが、それは生物が極限状態に置かれた時に特に強い力を発するのです」
「極限状態というと、生き死にの場面などか」
「そうなりますわ。そして、もちろんそれはモンスターも持っているものなのです。ただしモンスターは、他の生物と違ってその『根源』を形として残すという特徴を持っています」
「なるほど、それが魔石ということか」
「そうなります。ですので、魔石をこの装置が必要としている形に変えることができれば、この装置は動かすことができますの」
「魔石を変化させる……それがライラノーラには可能なんだな」
「はい、わたくしは魔石を元の『根源』に戻すことができますので。ただこの装置が必要としている『根源』の量は相当に多いようですわ。具体的には、Aランクモンスターの魔石でおよそ500個は必要になるでしょう」
「500……。俺たちがダンジョンに入ればそこまで難しいものではないな」
と口にしたが、普通に考えればかなり厳しい数である。Aクラスダンジョンは当然Aランク冒険者でしか太刀打ちできない場所であるし、通常のAランクパーティが一日潜って手に入れられる魔石の数はせいぜい50個くらいだろう。そもそもAクラスダンジョン自体少なく、潜れるパーティも多くない。大陸全土からかき集めてもすぐには揃えられない数である。
なお『ソールの導き』は、ヴァーミリアン王国、アルデバロン帝国のAランクダンジョンは踏破済み、そして帝国のクラスレスダンジョン『龍の揺り籠』にも入っていて、そこですでに3000を超えるAランクの魔石は手に入れていたりする。
しかもすべて一度に売ると冒険者ギルドがパンクするとマリアネに言われていて、その多くは俺の『アイテムボックス』に入ったままである。たぶん2000以上は残っているはずだ。
「Aランクの魔石なら2000以上は俺の『アイテムボックス』にある。もし足りなければドロツィッテにも相談してみるが、集まらないようならAランクダンジョンに行かないとならないかもしれない。この国には存在しないから、ヴァーミリアン王国の王都まで行く必要があるか」
「Bランクのものでも数さえ揃えば代用できるのではないか?」
ゲシューラが助言をすると、ライラノーラは一瞬考えてうなずいた。
「そうですわね……Bランクのものが10もあればAランク1個分にはなると思いますわ」
「500個分揃えようと思ったら5000個か……、まるまる補うのはキツそうだな。とりあえずパーティ総出でAランク魔石の在庫を数えてみてから考えよう。とにかく『異界の門』は開けそうということでいいな?」
「大丈夫ですわ。お任せくださいな」
さて、どうやらこれで『異界』に行く目途はつきそうだ。
できれば『大いなる災い』とやらが出現する一月前には解決して、『異界』を利用した大陸ショートカット通路も作りたい。
もっとも『冥府の燭台』がどうなるか、『悪魔』がどうなるのか、そして通路が作れるかどうかもすべては『異界』での成り行き次第だ。
『冥府の燭台』は俺たちがなんとかするにしても、他は俺の『天運』スキルにも頼らないとならないところだろうか。




