22章 異界の門への道標 21
『彷徨する迷宮』を踏破し、ライラノーラを仲間に入れることになった『ソールの導き』。
馬車に乗って野営地を発った俺たちは、昼過ぎにはメカリナン国の王都に到着した。
すでに俺がメカリナン国の侯爵になってしまったこともあり、城門は完全に顔パスだ。
街の大通りは俺たちが歩くと大騒ぎになるので、『精霊』の牽く馬車でそのまま城門をくぐって王城へと向かう。名が知られると行動が不自由になることを前世日本では「有名税」などと揶揄していたが、まさか自分がそれを払うことになるとは思わなかったと今さらながらに苦笑が漏れる。
王城へと入ると、リューシャ国王とミュエラ……ラーガンツ宰相が直々に出迎えに出てくる。俺たちはあてがわれた部屋で旅装を解き、風呂で埃を落とした。
その後一休みして、俺はライラノーラとドロツィッテを伴って、国王執務室に向かった。
執務室の応接セットにリューシャ国王、ミュエラを含めた五人で座る。これがヴァーミリアン王国やアルデバロン帝国であれば多少緊張もしただろうが、メカリナンではリューシャ王もミュエラも個人的に親しいこともあって緊張はない。
メイドによって全員に紅茶が用意されると、ニコニコと笑っていたリューシャ国王がまず口を開いた。
「確かにお会いしたいとは言いましたが、まさかオクノ侯爵が本当にライラノーラさんを連れてくるとは思いませんでしたよ」
「私もこのようなことになるとは思っておりませんでした」
俺は苦笑を見せながら、ライラノーラにまずは二人を紹介する。
「ライラノーラ、こちらはここメカリナン国のリューシャ国王陛下だ。そしてこちらが宰相のラーガンツ侯爵閣下。お二方にはライラノーラのことを知ってもらわないといけないので、詳しい話をしてほしい」
「かしこまりましたわ」
ライラノーラはうなずくと、いつものように艶然と微笑んで挨拶を始めた。
「わたくしはライラノーラ、かつてこの世界にいた『神』に等しい存在によって作られた者です。今はソウシ様との契約によって人間に近しい身体を得てここにおります。よろしくお願いいたしますわ」
「初めまして、僕はリューシャ・メッケラーナ、この国の王をしております。ライラノーラさんについては理解がまったく追いついていませんが、お話をお聞かせいただけると嬉しいです」
「私はミュエラ・ラーガンツ、この国の宰相をさせていただいている者です。オクノ侯爵……ソウシ殿とは多少縁の深い者となります。よろしくお願いします」
ミュエラは特に思わせぶりな表情もしていなかったが、その意味深な発言にリューシャ国王はプッと吹き出し、ドロツィッテが肘で俺の脇腹をつついてきた。
ただやはりというか、ライラノーラはそういった機微には疎いようで、なにも気付いていないふうであった。
「わたくしも人間の生活や社会、政治や国といったものの知識を持っておりませんので、お教えいただけると助かりますわ。それで、なにをお話すればよろしいでしょうか?」
「ええと、ライラノーラさんがどのような存在なのかは、すでにソウシさんから聞いています。僕が気になるのは、そのライラノーラさんがこの時代に現れた理由です。なにかよからぬことが起きるのに合わせてライラノーラさんが姿を現して力を貸してくれる――そう聞いていますが、それはつまり、この大陸によからぬことが起きることが決まっているということでしょうか?」
「ええ、その通りですわ。ただ、どのようなことが起こるのかはわたくしも存じません。わたくしに感じられたのは、大陸の南の方から強く邪な力が押し寄せてくるということだけですの」
「南……。この大陸の南には未開の森が広がっているのですが、そちらからということですね」
「そういうことになると思いますわ」
ライラノーラの答えを聞いて、リューシャ国王はミュエラを見る。
「すぐに南方の監視を強めないとならないね。ミュエラの領地になるから大丈夫かな」
「そうですね。最悪の事態を想定して準備をさせておきましょう。しかしもしライラノーラ殿が言う『邪な力』が、過去に現れた『邪龍』に類するものだとして、モンスターの大群とともに押し寄せれば大変なことになります。我が領地で抑えられなければ、この王都まではすぐですので」
「モンスターが相手だと一般の兵では相手にならないから、冒険者を集めるのも重要だね。グランドマスター、それについてはお願いはできますか?」
「今全てのギルドに呼び掛けて、南に上位ランクの冒険者を集めているところです。ただ、ライラノーラさんが大陸の南という言い方をしたのが気になります。国王陛下、この周辺の地図を見せてもらえませんか」
「構いませんよ」
リューシャ国王がうなずくとミュエラが席を立ち、戸棚から地図を持ってきてテーブルの上に広げた。
それは帝国で見たものとほぼ同じであり、日本の九州に近い形の大陸が大きく描かれている。
大陸の北半部はアルデバロン帝国、そして帝国の南、大陸の半分より下にヴァーミリアン王国が横に長く広がっており、さらにその南の西側三分の一ほどがオーズ国、東側三分の二がメカリナン国となっている。
以前帝国でこの地図を見た時は、北から『黄昏の眷族』が攻めてくる直前だったので北側にばかり注意を払っていたが、南側に目を向けると、メカリナン国とオーズ国のすぐ南には、一国の土地にも匹敵する広さの森林地帯が広がっている。
しかもその森林地帯は人跡未踏の地らしく、ほとんどが空白として描かれていた。
身体を前のめりにしてその地図を覗き込み始めたライラノーラに、ドロツィッテが横から声をかけた。
「どうかなライラノーラさん、ここが今いる場所なんだけど、ライラノーラさんの言う『大いなる災い』というのはどこから来るんだろうか」
「そうですわね……。詳しくはわかりませんが、このあたり一帯に『災い』の萌芽が見られていたと思いますわ」
ライラノーラが白い指で指し示したのは、やはり南に広がる森林地帯。しかもその示し方からすると、オーズ国もまた『大いなる災い』の最前線になるようであった。




