22章 異界の門への道標 18
『「沸血の舞」はあのように破れる技ではないはずなのですが、ソウシ様の力はわたくしを大きく凌いでいらっしゃるようですわね』
どこからともなく響いてくるライラノーラの声。
周囲を見回すと、メンバーたちもそれぞれライラノーラの姿をした『ドッペルゲンガー』を仕留めたようだ。負けるとは思っていなかったが、やはり『ソールの導き』は強い。
俺が『不動不倒の城壁』と『万物を均すもの』を『アイテムボックス』にしまっていると、全員が集まってきた。
前衛組は怪我をしているようだが、それらはフレイニルとシズナによってすぐに治療される。
「皆お疲れ。問題はないか?」
「はいソウシさま、全員治療を終えました」
フレイニルが答えると、ラーニが両手を頭の後ろに回しながら伸びをした。
「ドッペルゲンガーだっけ? 前のライラノーラと同じくらいの強さはあったかな。まあでも1対1で勝てたね」
「アタシたちも確実に強くなってるからねえ。今回はそれが確かめられてちょっと良かったね」
カルマが相づちをうち、他のメンバーも同調する。
「ところでソウシ殿も問題なくライラノーラ殿を倒されたようだが、その後の交渉はどうなるのだろうか?」
サクラヒメの問いには、部屋に響くライラノーラの声が答えた。
『もちろん約束は守りますわ。わたくしが可能な願いごとを2つまで聞いてさしあげましょう。一つは先ほどのお話の続きでよろしいのでしょうか?』
「ええ、ぜひお願いいたします」
俺が即答すると、『ふふふっ、嬉しいですわね』という声が聞こえた。
同時に部屋中に赤い霧が立ち込め、それが次第に俺たちの目の前に集まったかと思うと人の姿を取り始めた。最終的に赤い人影となったそれは、下半身からディテールが整えられていき、最終的には真紅のドレスをまとった女吸血鬼、ライラノーラの姿に変じた。
「これでソウシ様たちとはずっとお話をすることができます。感謝いたしますわね」
妖艶な笑みを浮かべ、一礼をするライラノーラ。その姿はいつもの超然としたものではあるが、どことなく地に足がついたような、そんな印象をも受けた。
「では続きをお話いたしましょう。『冥府の迷い姫』、という存在についてでしたわね」
「ええそうです。ライラノーラさん自身は『冥府の迷い姫』ではないということでしたが、なにか思い当たることがあるご様子でしたね」
「そうです。わたくし自身は『異界』へ行くことは許されておりませんので、わたくしがその『迷い姫』ということはございません。ただ、わたくしと同じような存在が『異界』にいないとも限らないのです」
「それはもしかして、『神』によってライラノーラさんと同等の存在が『異界』にも配置されているということでしょうか?」
俺の言葉にライラノーラは微笑みながらうなずいた。
「理解が早くて結構なことですわ。その通りです。『異界』を管理させるために、わたくしと同じような者を作り出して置いた可能性はあると思います。しかも『異界』が人間のできそこない……『悪魔』を作り出しているなら、その者が『神』の実験施設を稼働させているのかもしれませんわ」
「なるほど……。つまり『悪魔』の発生を止めるには、その実験施設を見つけて稼働を止めるしかなく、その時にもしかしたらライラノーラさんと同等の者との交渉が必要になるかもしれない、ということですね」
「ええ、そういうことになりますわ。ただ、わたくしと違って人とやりとりをする役割は与えられていないでしょうから、すんなりと交渉できるとは限りませんけれど」
「なるほど……」
とうなずいてはみるが、いずれも仮定の上での話である。
実際に『異界』に行ったらまったく事情が違ったという可能性もある。だがまあ『異界』にライラノーラと同等の存在があるという説の信憑性は高そうだ。実際に『冥府の燭台』の本拠地の壁に絵があったのは確かなのだ。
俺が少し口を閉じていると、ドロツィッテが脇腹をつついてきた。
「ねえソウシさん、ライラノーラさんなら『異界の門』の開き方を知っているんじゃないのかな。『冥府の燭台』が開いたものはあるけど、私たちも開ける技術を持っていたほうがいいと思うんだ」
「ああそうだな、『異界』に行って帰ってこられないというのも困るからな。ライラノーラさん、私たちは『冥府の燭台』を止めるために『異界』に行かなければならないのですが、その方法はご存じではありませんか?」
俺の問いに、ライラノーラは首をかしげた後、首を横に振った。
「残念ながら、わたくしに『異界』への入り口を開く権能は与えられておりません。その『冥府の燭台』という集団は、どのようにして『異界』へ入っていったのでしょうか?」
「『異界の門』を開く魔道具を作り出したようなのです。こちらなのですが……」
俺は『アイテムボックス』から、巨大な板状の魔導具を取り出した。
表面に禍々しい魔法陣が描かれ、あちこちに水晶球のようなものが埋め込まれた魔導具である。
ライラノーラは『異界の門発生装置』の正面に立ち、指で魔法陣や水晶球を触りはじめた。そして中央付近にある、他より大きな水晶球に触れた時、美しい眉を険しく寄せた。
「これは人間の『根源』を糧として働くものですわね。『神』が封印したこの技術をなぜ人間が持っているのか、とても不思議です」
「『冥府の燭台』は、争った末に死んだ人間の魂……『根源』がもっとも力が強いと言っていましたが……」
「それはわたくしにも理解ができません。しかしこれは……なるほど」
『異界の門発生装置』を触っていたライラノーラが、触るのをやめてこちらを振り向いた。
「これを起動できればいいというのであれば、わたくしでも不可能ではありません。『根源』に代わる糧を用意することなら可能ですので」
その言葉を聞いて目を輝かせたのはドロツィッテと、そしてゲシューラだった。
「それが本当なら助かるね。それにその魔導具は、是非とも稼働しているところを見てみたいからね」
「うむ。我はその『根源』に関わる糧というのもなんなのか知っておきたい」
「ならそれを二つ目の頼みにするか?」
全員に確認を取ると、
「ソウシさまのお考えの通りに」
「う~ん、スキルもらえないんじゃ欲しいのものは特にないかな~」
「アタシらの安全にかかわることならむしろ優先なんじゃないのかい?」
「そうじゃのう。『異界』に行ったはいいが、帰れぬのでは困るからのう」
ということで、全員一致で決定した。
正直前世の時の俺だったら、超越的存在に「願いをきいてやる」なんて言われたら、色々と俗っぽいことを考えただろう。
そう考えると、今の俺は俗人が考えうるような『欲しいもの』をすべて手に入れてしまっているのであるが、メンバーたちも同じように感じているならありがたいことではある。




