22章 異界の門への道標 17
ライラノーラが『沸血の舞』と口にして出してきた技は、瞬間移動を実現するものだった。
ラーニが使う『空間跳び』に近いものなのだろうが、なるほどその使い手と相対すると恐ろしく厄介だ。というよりこちらにとっては理不尽に近い。
「この先は終わりまで付き合ってもらいますわね」
笑みを残して、目の前からライラノーラが消えた。
気配は左斜め後ろ。俺は振り向かず、急所だけを守るよう体をよじり、『不動不倒の城壁』をそちらに向ける。
だが間に合わず、腰のあたりに抉るような一撃を受ける。5メートルは飛ばされただろうか。だが転倒だけは避け、すぐにライラノーラの姿を探す。
彼女は一直線に『疾駆』でこちらに迫っていた。ラーニの『空間跳び』スキルは一度使うと次の使用までに数秒のインターバル――いわばクールタイムを要するが、それはライラノーラも同じようだ。
俺が『万物を均すもの』をカウンターで放つと、超絶的な反応でライラノーラは飛び上がり、さらにそこから急降下して蹴りを放ってきた。『跳躍』や『空間蹴り』かとも思ったが、もともと彼女は空を飛ぶスキルも持っていたはずだ。
『翻身』スキルを全開にして慣性を殺し、咄嗟に『万物を均すもの』を振り上げるが、ライラノーラはそれすら読んでいたように空中で方向転換した。
直後に俺の肩口に、ライラノーラの足刀が突き刺さる。そのまま空中で連続蹴りを放ってくるのは一体どのような体術によるものなのか。
俺が頭部だけを守りつつ、『万物を均すもの』を強引に振ると、ライラノーラは素早く身を引いた。
そして瞬間移動、俺は後頭部に圧を感じて身体を倒し、代わりに『不動不倒の城壁』を上に向けて上空からの一撃を受ける。
地面に押しつけられるような衝撃を逃がしつつ、転がるようにして身体を起こすも、すでにライラノーラは懐に入っていた。
胸に撃ち込まれる正拳突きは、俺の上半身を消し飛ばすほど。それでも俺の防御スキル群は体勢を大きく崩すことは辛うじて防ぐ。しかし大きく生じた隙はライラノーラの次の攻撃を許してしまう。
こちらの体勢を立て直すことを許さない、間断なき連続攻撃。一瞬でも気を許せば、その時点で俺の防御スキル群も破られるだろう。
やはり俺を崩すには、縦横無尽に動いて圧倒的な連続攻撃を加えるのが正攻法か。メイスの一撃をまともに食らったらそれで終わりなのだからわからなくもない。
じわじわとダメージが蓄積されていく俺の身体。レベルの極まった『再生』スキルすら、身体の修復が追い付かない。
しかし逆に言えば、少しでも回復の隙を与えればライラノーラに勝ち目はない。彼女は俺を倒しきるまで、攻撃の手を休めることはできないのだ。
さらには、ラーニ達が合流してきたらそれだけで勝負は決まってしまう。とすれば、ライラノーラも内心焦りはあるはずだ。
ダメージを受けるほどに頭が冷めていくのは、『冷静』スキルが働いてきたからだろうか。『興奮』スキルが発動しないのは、俺がライラノーラを明確に『敵』と認識していないせいだろうか。
ライラノーラは依然として強烈過ぎる打撃を次々と打ち込んでくる。いくつかは『不動不倒の城壁』で防ぎ、いくつかは『万物を均すもの』で払い、いくつかは『神嶺の頂』で受け止める。
ライラノーラの速度が衰える様子はない。瞬間移動の厄介さも変わらない。しっかりフェイントまで交ぜてくるので単調な動きになることもない。
彼女を捕まえるのは難しい。だが一つだけ、手がないこともない。
結局彼女は、俺を攻撃するのに接近攻撃を続けるしかない。なぜなら中遠距離攻撃はすべて盾で防がれるからだ。
ならばその接近攻撃を、文字通り『捕まえ』れば――そこまで考えが至ると、俺の顔には自然と苦笑いが浮かんでしまう。結局俺にはそういう戦いがお似合いなのだろう。
「あら、なにか策がおありのようね」
ライラノーラが俺の腹に一撃を与え、さらに次の攻撃をしかけてくる。
「私にはこれしかないというだけですけどね」
俺は体勢を立て直し、『不動不倒の城壁』を構えて前に出る。
前に『瞬間移動』を使ってから時間が数秒経っている。ライラノーラはどこかで『瞬間移動』を使ってくるはずだ。
『疾駆』で突っ込んでくるライラノーラが、手前でジグザグに動いてフェイントをかけてくる。俺が盾を構えている限り、彼女の選択肢は多くはない。左右か上に回り込むか、『瞬間移動』で死角に入り込むかだ。
俺がダッシュで盾ごと突っ込むと、ライラノーラは右手方向に回り込んだ。そこから鋭角にターンして、俺の右から攻撃を仕掛けてくる。
俺がそれに合わせて『万物を均すもの』を右に振る。巨大な槌頭が細い身体をとらえる寸前、ライラノーラの姿が消える。
俺の体勢が伸びきったところでの『瞬間移動』は、タイミングとしては完璧だ。
俺の延髄あたりに強烈な気配が吹き付ける。俺の『気配察知』スキルが教えてくれる、ライラノーラの狙う場所である。ただし彼女がどこに現れ、どの技でそこを攻撃するのかはわからない。わからないが、彼女が四肢のいずれかを伸ばしてくることさえわかれば十分だ。
「シィッ!」
呼気は上から聞こえてきた。
俺はその瞬間『万物を均すもの』と『不動不倒の城壁』を手放した。高レベルの『翻身』スキルでも消しきれない二つの重量物の慣性から、俺の身体は自由になる。
瞬間身体ごと振り向くと、目の前に赤い螺旋をまとったしなやかな足が迫っていた。足刀が俺の頬を抉り、頭蓋骨を粉砕しようとする。その直前、ライラノーラの蹴りは、破壊力を大きく減じていた。
「まさかっ!?」
俺の右手が、細い足首を完全に掴んでいた。まとう赤い螺旋は握りつぶした。代わりに俺の手はズタズタにはなっていたが。
ライラノーラは空中で身体をひねり、逆の足を振り下ろし、かかとで俺の頭頂を狙ってくる。だがその足も、俺の左手に収まった。
「済みません」
俺は両足を握ったまま、まだ空中にいたライラノーラの身体を、思い切り床に叩きつけた。
一度で決まる相手ではない。二度三度叩きつけ、さらに右手を『万物を均すもの』に持ち替え、うつ伏せで床に倒れるライラノーラの背中に振り下ろした。
その瞬間、ライラノーラの身体は赤い霧に変じ、拡散して消えていった。
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