22章 異界の門への道標 16
ラーニ達が首を飛ばし、倒したはずのライラノーラ。
身体の方は消え去ったが、白銀の髪をなびかせた頭部だけは依然として健在で、宙に浮かびこちらを見下ろしていた。その口元はさも楽しそうに笑みをたたえ、長い牙をのぞかせている。
「見事ですわ。皆さんは間違いなくわたくしを倒されました。それは保証いたしましょう」
ライラノーラの首の切断面から、血液に見える赤い液体が流れ出てきた。
その液体は粘度が高いのかこぼれ落ちることはなく、首の下にとどまりながらその量を増やしていく。
「しかし申し訳ありません、それではどうやら不十分なようなのです。いえ、それは不正確な言い方になりますわね。わたくしがまだ戦いたいと感じるのです」
ライラノーラの首の下に溜まっていた液体が、人の身体の形を取り始める。
そしてそれは細部を形作り始め、やがてライラノーラの身体へと完全に変化した。
「ですので少し力を過剰に使って身体を再生させていただきました。この先はわたくしの個体としての感情での戦いになります。もちろん皆様にとっては余計な戦いとなりますので、その分お勝ちになったときにはもう一つの願いをかなえることにいたしましょう」
「それはお得だけど、さっきより強くなるんだよね?」
ラーニの質問に、ライラノーラは床に下りてから答えた。
「もちろんですわ。わたくしに許された最大の力を発動いたします」
「なら面白そう」
「ふふっ。ただしやはり数の差はいかんともしがたいものですから、少し強いモンスターを召喚させていただきます。こちらもわたくしが呼べるものの中で最も強いものになりますのでご注意くださいませ」
ライラノーラが両腕を広げると、俺たちを半円に囲むように、床から赤い液体がしみ出してきて、それぞれが人の姿に変化しはじめた。その数7体。細部が出来上がっていくと、それらはすべてライラノーラと同じ容姿を持ったモンスターとなった。
「『ドッペルゲンガー』という少々特殊なモンスターで、召喚主の力を受け継ぐ能力を持っておりますの。とはいっても先ほどのわたくしほどの強さはございませんけれど」
「ふぅん……。まあ丁度いいかもね。ソウシの一撃でやられなければ、だけど」
「ふふっ、そうですわね」
ライラノーラは含みのある笑みを浮かべながら、視線を俺に向けてきた。
「では始めさせていただきます。よろしくて?」
「これは断ることはできないのでしょうか?」
俺としては今の戦いは不完全燃焼だったので追加の戦闘はむしろ望むところなのだが、リーダーの義務として一応聞いてみた。
ライラノーラは艶然と微笑みつつ、首をかしげるような動作をした。
「断ることもお出来にはなりますが、そうなるとこのダンジョンは消えずに残ってしまいます。このダンジョンは一定時間しか地上に存在できないのですが、消える時に多数のモンスターを地上に残してしまうのですわ」
「それは困りますね」
「ええ。わたくしの我儘ですので申し訳ないのですが、戦っていただいた方がよろしいと思います。見返りは十分と思いますけれど」
「わかりました、戦いましょう」
「結構ですわ。それでは……参ります!」
その言葉と同時にライラノーラの身体から膨大な力が広がり、それは幾筋もの真紅の液体の奔流と化して、彼女の周囲を凄まじい勢いで巡りはじめた。
「ここからは各自に任せる!」
俺はそれだけ叫ぶと、大きく『万物を均すもの』を振りかぶった。
だがその時にはもう、ライラノーラは俺の目の前に迫っていた。
そう来ることは予想していた。俺の『圧潰波』による初撃の阻止は、ライラノーラにとって必須の行動だからだ。
「ソウシ、こっちは任せて!」
「ソウシさまはライラノーラに集中を!」
ラーニとフレイニルの声を耳に、俺は『不動不倒の城壁』を構えてライラノーラを迎え撃った。
彼女が放った最初の一撃は飛び蹴りだったが、その足には真紅の液体が螺旋を描いている。『不動不倒の城壁』に叩きつけられた蹴りはまるでドリルのようにガリガリという音を立てながら、凄まじい力で俺を圧してくる。
その威力はあの『黄昏の眷族』の王、レンドゥルムの全力の一撃にも勝るほどだ。
「おおッ!」
俺は怒号とともに全身に力を漲らせ、その蹴りを『不動不倒の城壁』とともに押し返した。
ライラノーラは先の鋭い動きが嘘のようにひらりと宙返りをすると、床に降り立ち俺と対峙した。
その時にはもう、メンバーたちはそれぞれライラノーラの分身といえる『ドッペルゲンガー』との戦闘に入っていた。
前衛のラーニ、マリアネ、カルマ、サクラヒメ、マリシエールはそれぞれ一体ずつを相手にして、それぞれのやり方で激しく切り結んでいる。
一方後衛陣は2体を相手にすることになるが、フレイニルの『絶界魔法』で壁を作り、さらにシズナの使役する『精霊』で守りを固めて戦っていた。
ドッペルゲンガーは赤い槍『血槍』による投射攻撃や、身体から伸びる赤い帯による近接攻撃を繰り出している。しかし堅い守りと、時折繰り出される魔法攻撃やスフェーニアの放つ矢の反撃を受けて攻めきれていないように見える。
「皆様さすがですわね。ではわたくしたちも存分に戦うといたしましょうか、ソウシ様」
「ええ、結構ですよ」
「では、『朱羅血穿』!」
ライラノーラの周囲を走る赤い液体が、意思を持ったかのようにうねり始めると、幾筋もの触手のようになってこちらへ殺到してくる。一本一本の先端が螺旋状に回転したそれらは、あるものか正面から、あるものは『不動不倒の城壁』を回り込むように伸びてくる。
その場で防御に回ることの不利を直感した俺は、『不動不倒の城壁』を前に構え、全力でライラノーラに向けてダッシュした。『疾駆』スキルがないとはいえ、『翻身』スキルによって慣性を無視できる俺の身体は、瞬時に時速100キロに乗る。
正面の攻撃のみ『不動不倒の城壁』で弾き飛ばし、回り込んでくるものは無視をした。
何本もの赤い螺旋が、鎧『神嶺の頂』の表面に当たってガリガリと音を立てる。同時に全身を衝撃が駆け巡るが、貫通されてはいないようだ。
「盾だけでなく、その鎧も神の武具ですわね!」
叫ぶライラノーラに俺は肉薄し、『万物を均すもの』を一振りする。しかし赤いドレスの女吸血鬼は、瞬時に俺の横に回り込んで蹴りを放ってきた。
赤い螺旋を伴ったしなやかな突き蹴りが、俺の脇腹に突き刺さる。腹に穴が開いたかと思うような衝撃はレンドゥルム以来二回目だ。俺は横に2、3メートル吹き飛ばされつつも、ライラノーラの方へと向き直る。
「チイッ!」
『万物を均すもの』を縦に振り、上下方向に広がる『圧潰波』を放つ。他のメンバーが近くにいるため、『圧潰波』の使い方にも工夫が必要だ。
不可視の衝撃はライラノーラから伸びる赤い触手を何本か吹き飛ばしたが、ライラノーラ本人は再び俺の右に回り込んでいた。
再度鋭い蹴りを放ってくるライラノーラ。だが俺はそれに合わせて、振り下ろした『万物を均すもの』を強引に横に薙いだ。
巨大な槌頭と、赤い螺旋をまとった蹴りが交錯し、俺は手元に凄まじい衝撃を受けて2、3歩後ろへ押された。
ライラノーラもまた俺の一撃を受けて、数メートル弾き飛ばされている。だがすぐに体勢を整えて、赤い触手を伸ばしながら超高速で迫ってくる。
距離を取らないようにするのは俺の『圧潰波』対策だろう。俺たちは更に何度か技を交わし、互いに打撃を与え合う。しかし有効なダメージはほとんど与えられないでいた。
ただやはり一撃の重さは俺の方が上らしく、何度か相打ち覚悟のカウンターを当てていくと、徐々に俺が押し始めていった。
「さすがに力で殴り合うのは分がよくありませんわね」
ジリ、と距離を詰めながら、ライラノーラはそう口にした。なにか仕掛けてくる気配。
「『沸血の舞』」
その言葉の直後、ライラノーラの周囲を巡っていた真紅の液体は、彼女の四肢に集中し、手足の先を起点にして螺旋を描き始めた。ライラノーラの真紅の瞳が赤い光を発しているのは、彼女が奥の手を使ったことを示しているのだろうか。
「参りますわ」
その声は目の前から聞こえたはずなのだが、衝撃は上から来た。
寸前に気配を感じて身をよじっていなければ、俺の頭部は潰れていたかもしれない。
鎧『神嶺の頂』の肩当て部分にライラノーラの足が突き刺さり、真紅の螺旋がガリガリと耳障りな音を立てている。
全身が床に埋まりそうなほどの圧力、だが俺は片膝をつくだけで耐え、『万物を均すもの』を振って肩に乗るライラノーラを追い払った。
「……瞬間移動ですね」
「ふふっ、そちらのパーティにも使える方がいらっしゃいますね」
俺が立ち上がると、ライラノーラは不敵な笑みを浮かべた。
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9月10日に『おっさん異世界最強になる』の3巻が発売になります。
王都からオーズに至るまでのお話ですが、例によってソウシ以外のキャラクター視点のお話や、巻末の追加エピソードなど新規の書き下ろしもあります。
ちょうど今連載の方で戦っているライラノーラの姿もビジュアライズされた形でご覧になれますので、是非ともよろしくお願いいたします。




