22章 異界の門への道標 15
ライラノーラからさらなる情報を聞き出すためには、やはり試練を乗り越え、彼女に「お願い」を聞いてもらうというという段取りが必要らしい。
気になるのはそのことを伝えるライラノーラの口元がわずかに子どもっぽく笑っていることだ。
だが邪なことを考えているわけでもないだろう。彼女と戦ってきて、彼女が邪悪な存在ではないということは肌身に感じている。
「わかりました。では試練をお願いします。こちらは少し下がりましょう」
「お願いしますわ。この距離では一瞬で勝負がついてしまいますもの」
俺たちは玉座から入り口の方まで下がり、そしていつもの通り陣形を整えた。前衛陣は前、後衛陣は後ろ。そしてシズナの『精霊』、鉄巨人7体が後衛陣を守る。全部で11人と7体のパーティである。
「あまり意味はないかもしれませんが、数を合わせることが作法となっておりますので失礼いたしますわ」
ライラノーラは椅子から立ち上がると、両腕を左右に広げた。
彼女の前に黒い霧が立ち込め、その中から17匹のモンスターが現れる。
双頭の巨馬にまたがった首無しの騎士『デュラハンロイヤルガード』だ。
4階で戦ってその強さはわかっているが、この17匹がもし地上にそのまま現れたら、メカリナンの王都すら半壊しかねないほどの脅威である。
俺は振り向かずに、メンバーに作戦を伝える。
「まず俺が本気で一撃食らわせる。もし残ったデュラハンがいたら前衛陣が抑えてくれ。俺はその後ライラノーラからの攻撃を防ぐことに集中する。フレイニルは最初『絶界の障壁』を、その後は『神霊の猛り』を頼む。後衛陣はライラノーラへの牽制をメインで」
「はいソウシさま」
「任せて」
「承知しました」
皆の返事が背中に返ってくるのを確認して、俺はライラノーラにうなずいてみせた。
「では参りますわ。よろしくて?」
「ええ、いつでもどうぞ」
「ならば始めましょう、最後の試練を。さあ、お行きなさい!」
ライラノーラが右腕を伸ばしてこちらを指さすと、デュラハンロイヤルガードが一斉に槍を構え突撃体勢を取り、瞬時にトップスピードに乗せて突撃を開始する。
ほぼ同時に、俺は限界まで後ろに引き付けた『万物を均すもの』を、横一閃に振り抜いた。
瞬間、扇状に広がった衝撃波が、17匹のうち14匹のデュラハンロイヤルガードを直撃した。
カウンターで不可視の壁にぶち当たったデュラハンロイヤルガードは乗っている馬ごとひしゃげ、砕かれ、解体され、そして押しつぶされて消えていった。
ライラノーラは事前に真紅の壁のようなものを生み出していて、衝撃波を防いでいたが、それでも防ぎきれずに奥の壁まで押し込まれていた。
もっとも俺の全力の『圧潰波』の直撃を受けて凌いだのだから、今回のライラノーラの力は確かに今までより格段に高いということになる。
なお残った3匹のデュラハンロイヤルガードは、フレイニルの張った『絶界魔法』の壁とシズナの『精霊』によって突進の勢いを殺され、そこを突いたラーニやカルマたちによって簡単に倒されていた。
「なんという一撃。これほどの力を持つ覚醒者が現れるとは、『神』も想定していなかったに違いありませんわ」
壁に押し込まれていたライラノーラが、ゆっくりと前に出てこようとしていた。
真紅のドレスをまとったグラマラスな身体の周囲には、真紅の球が無数に円を描いて駆け巡っている。前世のメディア作品群の知識からすると、そのソフトボール大の球は、攻守両方に使える便利なものに見える。前回までライラノーラは血液にも見える真紅の物質を自在に扱っていたので、その上位版なのだろう。
俺が『不動不倒の城壁』を構えつつ前に出ようとすると、後ろからスフェーニアたちの声が届いてくる。
「魔法行きます。『ライトニング』!」
「私はこれだ、『レーザー』!」
「わらわも強力な単体攻撃魔法が欲しいのう。『フレイムジャベリン』」
「効けばよいのだがな、『ライトニング』」
2本の稲妻と1本の光線と30本ほどの炎の槍がライラノーラを直撃する。
やはりというか、攻撃に反応してライラノーラの周囲に浮く球が瞬時に集まり、半球状の盾を作って防御していた。ただその盾も集中攻撃でほとんどが吹き飛ばされ、ライラノーラ自身もノーダメージではなかったようだ。
「凄まじい魔法ですわ。しかも長らく使い手のいなかった属性までお使いになるなんて」
わずかに体勢を崩したライラノーラだが、再び歩みを始めた時にはすでに周囲を舞う赤い球は元の数に戻っていた。
さらに足元から赤い渦が立ち上ってきて、ライラノーラの下半身あたりまでを包み込む。速度を上げる技といったところだろうか。
「ソウシ、最初はやらせてね!」
「悪いけど先に行かせてもらうよ」
「それがしも行かせてもらおう」
「皆さん逸りすぎですわね」
ラーニとカルマ、サクラヒメとマリシエールが先行して『疾駆』で前に出る。マリアネはすでに『隠形』で姿を隠しているようだ。恐らくライラノーラの背後に回り込んでいるのだろう。
『疾駆』スキルを持たない俺は後から追いかけていくしかない。
「ふふふっ、受けて立ちますわね」
ラーニ達の放った『飛刃』を赤い球で防ぐと、ライラノーラはその場から掻き消えるように移動した。直後に『紫狼』を構えたラーニとライラノーラがすれ違う。
その一瞬で凄まじいまでの斬り合いがあったようだ。ラーニの後方に出たライラノーラの周囲には、長剣と同等の長さの赤い刃が複数浮かんでいる。赤い球を変形させたものだろう。
「その数はズルいでしょ!」
ラーニは急停止してライラノーラの元に反転しようとして、少しバランスを崩して膝を付きそうになる。手足や脇腹のあたりが切り裂かれているのは、先ほどの一瞬でやられたのだろう。
一方ライラノーラの方も薄く笑いながら、右手の甲をこちらに見せるように掲げた。白い肌がザックリと裂けているのはもちろんラーニの一撃によるものだろう。
「そちらも素晴らしい手練れですわね」
その傷が急速に消えていくのは強力な『再生』スキルの効果か。一方でラーニも、フレイニルの『遠隔』による『命属性魔法』によって傷は一瞬で癒えている。
動きの止まったライラノーラに、カルマ、サクラヒメ、マリシエールが次々と『疾駆』で迫る。ライラノーラもすぐさま高速移動で応じると、一対四の超速戦闘が始まった。
ライラノーラを中心に、4人が次々と斬り込んで、交錯しては離れていく。その度ごとに互いに傷が付くが、ライラノーラは自身の再生能力で、4人はフレイニルとシズナの『命属性魔法』によって回復しつつの戦闘になる。
しかも時折予想外の方向からマリアネの飛び道具、鏢が凄まじい速度でライラノーラの背中に撃ち込まれる。音速を超える鏢はそれだけで恐ろしいほどの威力を持つが、本命は状態異常の付与である。ライラノーラほどの相手となるとすぐには効果は出ないだろうが、確実に効果発動のリミットは迫っている。
「おらぁッ!!」
カルマが防御を捨てて大技スキル『虎牙斬』を繰り出す。大上段から袈裟に振り下ろされた『獣王の大牙』は、赤い壁を叩き割り、ライラノーラの左肩に食い込んだ。
一方でカルマも同時に複数の刃で切り裂かれており、大剣をそれ以上は振り切れず、力負けして弾き返される。だがライラノーラも追撃する力はないように見えた。
「勝機ッ!」
カルマが作ったチャンスをものにすべく、サクラヒメが分身を作り、無数の刃でラッシュをかける。
ライラノーラの赤い球すべてが半球状の防御壁となり、サクラヒメの薙刀『吹雪』の猛攻を凌ごうとする。だが凄まじい連撃の前に防御壁が削られていく。
ライラノーラが下がったのは、回復を優先したからだろうか。やはり先ほどの一撃はかなりのダメージだったと見える。
「逃がしませんわ」
マリシエールが挟み撃ちとばかりに長剣『運命を囁くもの』を振るうと、赤い障壁がわずかに動きを鈍らせた。『告運』スキルはあの妙な技にも有効らしい。
「これでっ」
ライラノーラの背後に現れたマリアネが連続で鏢を放った。三つの鏢を背中に受け、ライラノーラの動きが一瞬完全に止まった。『行動停止』の効果か。
「もらいっ!!」
ラーニが『紫狼』を一閃、ライラノーラの首が半ばまで切り裂かれる。完全に落とせないのは彼女の防御力の高さゆえか。
「止めですわっ!」
しかし次のマリシエールの一撃で、ライラノーラの首は完全に切断された。宙を飛ぶライラノーラの首は、俺には笑っているように見えた。
首を失っても倒れないライラノーラの身体に、サクラヒメが薙刀で追い打ちをかける。赤いドレスごと全身が切り刻まれ、ようやくライラノーラの身体は赤い霧に変化して消えていった。
ラーニがそれを見て、拍子抜けしたような顔になった。
「あれ、もしかしてソウシ抜きで倒しちゃった?」
「手応えはあったと思いますわ。ですが確かに、前回と比べると物足りない気はいたしますわね」
マリシエールが答えつつ、なにかを感じたのか周囲を見回した。
そこで鋭く声を発したのはスフェーニアだった。
「皆さんご注意を! まだあそこにライラノーラがいます」
スフェーニアが指さすのは、天井に近い空中だった。
見上げるとそこには、白銀の髪をなびかせた、白い肌の生首が浮かんでいる。もちろん先ほど切り離されたはずのライラノーラの頭部であった。




