22章 異界の門への道標 10
翌日はまず、メカリナン国に招聘された主な理由である、褒賞の儀を行った。
これに関しては『ソールの導き』ではなく俺個人に対するものなので、参加したのは俺だけとなり、他のメンバーは参列するのみという形になった。
なお『ソールの導き』のメンバーはギルド職員のマリアネと『黄昏の眷族』であるゲシューラ以外、ドロツィッテが帝国伯爵の爵位持ち、マリシエールが皇帝の妹、シズナが大巫女の息女、フレイニルが公爵家令嬢、サクラヒメが侯爵家令嬢、スフェーニアはハイエルフ、ラーニとカルマは族長の娘と、有力者もしくはその近親者ということで、完全に国賓扱いである。
謁見の間でもメカリナン国の重鎮たちに交じって、国王に近いところに席を与えられて座っていた。
俺はその中でリューシャ王の前に進み出て、所定の様式に従って受け答えをしたのち、褒賞を下賜された。
「ソウシ・オクノ殿は我が国にとってまさに救国の勇士であり、その功績は我が国の歴史を鑑みても並ぶものがない。ゆえに、以下のものをソウシ・オクノ殿に賜うものとする」
というリューシャ王の言葉のあと、メカリナン国の侯爵位、最上位の勲章、そして3億ロム相当の褒賞金が与えられる旨が発表された。
3億ロムという金額はメカリナン国の規模を考えると相当に高額であり、そこまでしなくてもと後で言ったのだが、「これくらいはソウシさんにもらっていただかないと合いません」とリューシャ王に強く言われてしまった。
なおメカリナンの侯爵位も、ヴァーミリアン王国、アルデバロン帝国の名誉侯爵と同等という形で、予定通り領地は下賜されず、代わりにメカリナン国に対しても義務を負わないという形になった。
当然その日の夜は新侯爵誕生ということで宴が開かれるわけだが、俺はその前に話をしなければならない相手がいた。
それはもちろんラーガンツ侯爵であり、昼食の後、俺は彼女の執務室を訪れていた。
宰相執務室は侯爵の人となりを反映してか質実剛健な雰囲気を漂わせており、事務仕事に必要のないものは一切置いていないように見受けられた。
それでも応接セットは多少上品なもので、俺は侯爵と向かい合わせでソファに座ることになった。
秘書の女性が茶を用意してくれたが、彼女は一礼をしてそのまま部屋を出て行き、部屋には俺と美貌の女侯爵だけが残された。
「さて、昨夜の晩餐ではあまり話ができなかったな。今は互いに侯爵同士であるし、私としてはソウシ殿は戦友とも思っているので、外行きの言葉遣いはなしで願いたい」
ラーガンツ侯爵は俺の目をじっと見据えながら、いきなり難しい提案をしてきた。
とはいえ彼女の気持ちを汲み取らないのも不人情であるので、俺は無理をして普段の言葉遣いをひねりだした。
「わかった。およそ一年ぶりか。やはり宰相閣下は忙しそうだな。俺には想像もつかない世界だ」
「む……ふふっ、なるほど、普段はそういう言葉を使うのだな」
「『ソールの導き』のメンバーに対してはな。生まれも育ちも決していいわけじゃないんだ。元は商人だからな」
「いや、ソウシ殿の言葉遣いは下手な貴族の子弟よりよほど丁寧だぞ。確かに作法については知らぬ感じは受けたが、普通の商人とは思えぬ教養も持っているように見受けられた」
「そんなに褒めてもなにもでないぞ。しかし俺も侯爵などと呼ばれるようになったら今以上に作法の知識も必要か。一応ドロツィッテやマリシエールに教えを受けてはいるんだがな」
俺がそう言うと、ラーガンツ侯爵は目を細めた。
「それは続けた方がよいだろう。しかし次に会う時は私より高位にいるだろうとは思ったが、まさかここまでになるとは思わなかった。『黄昏の眷族』の軍を押し返したなどという話を報告で聞いた時には、リューシャ王と顔を見合わせたものだ」
「そのあたりは俺の持っているスキルも関係しているから俺としてもなんとも言いようがないんだ。ただわかって欲しいのは、俺はそういった話から想像されるほど英雄なんて目指してはいないということだ」
「それは理解しているつもりだ。だからこそ私もソウシ殿にあのようなことを伝えたのだからな」
そう言うと、ラーガンツ侯爵はかすかに頬を染めた。
「あのようなこと」とは、以前彼女が俺に告白してきたことを指している。側室でも構わないから妻にしてほしい、と、そこまでのことを彼女は言っていたのだ。
もちろんその時の俺は無位無官の身であり、侯爵の彼女と結婚などということはありえないと思っていたのだが、今になってみると彼女の慧眼ぶりに驚くばかりである。
「俺としても、侯爵が――」
「ミュエラと呼んで欲しい」
「……ミュエラ殿が言っていた、力ある者は地位から逃れられないという言葉を最近になってしみじみと噛みしめているよ。そして結局、俺のところには位の高い女性が集まってしまった」
「帝国皇帝の妹御から始まって、ギルドのグランドマスター、オーズ国の巫女、教会の次期聖女、さらにはハイエルフや獣人族族長の娘、帝国侯爵令嬢にさらには『黄昏の眷族』とは、さすがに私もリューシャ王も腰が抜けたぞ」
「途中までは完全に偶然なんだがな」
「それはそうだろう。いずれも男の方から近づくだけで手に入る女性ではない。さて、そうなると私として確認したいのは……わかるな?」
ミュエラはそこで、俺の言葉を待つように口を閉ざした。
ただその目には、珍しく……というより初めて見る、不安のような感情が浮かんでいるように思えた。常に気高く振舞っている彼女だが、内面はやはり普通の人間なのだと安心をする。
と同時に、俺はここで答えを出さねばならないのだと確信した。
「……ミュエラ殿。俺は今冒険者としてやらねばならないことがあって、あと一年は冒険者として活動をするつもりだ。しかしその後はどこかに落ち着くと思う。その時は俺のところに来てくれないだろうか。と言っても、俺は同じような約束をしている女性が多いわけだが……」
「それはあの時わかっていると言っただろう」
ミュエラはそう言うと、立ち上がって俺の隣に座り、そして俺の肩に頭を載せてきた。
「その申し出は嬉しく思う。もちろん喜んで受け入れさせてもらう。リューシャ王から内々の婚約という形にするというのも聞いている。私としてもまだこの国でやらねばならぬことが多くあってソウシ殿にはついて行けぬが、1年後を信じて待つとしよう」
「約束は必ず守るさ。そもそもミュエラ殿は俺に過ぎた女性だ。俺にとっても守らぬという法はない」
「ふふ……、ソウシ殿はあの時に比べて少し自信をつけたようだな。ところでソウシ殿がやらねばならぬことというのは、一つは例の『冥府の燭台』と、それに関係するだろう『彷徨する迷宮』のことだな?」
「そうだ」
「ほかにもあるのか? 昨日の晩餐ではそこまでの話は出ていなかったが」
「今地上のモンスター出現数が増えているだろう? 俺たちは、『彷徨する迷宮』の出現は、そのモンスター出現数増加が関わっていると考えているんだ」
「つまりモンスター増加の裏になにか原因があって、それを追うという話か?」
「そうだ。数百年前『彷徨する迷宮』が現れた時には邪龍という強大なモンスターが現れたと聞いている。ならばそれと似たようなことが起こるのではないかと考えるのが自然だろう」
「なるほど……」
ミュエラは俺の身体に寄りかかりながら、にわかに顔つきを厳しくした。
今さっきまでしっとりした話をしていたのに急に話題が変わることに、俺は彼女との関係性の心地よさを感じてしまう。この年になると、男女の湿度の高いやりとりは逆に恥ずかしくなってしまうものだ。
「しかもモンスターは南の方が、つまりこの国やオーズ国の方が多く現れているらしい。とすると、なにかあるとしたら南になる可能性が高い。そうは思わないか?」
「そう思うな。しかしジゼルファ公の影響がまだ抜けきらないうちにそのような話が持ち上がるのは非常に困る。我が国は今まで軍備に力を入れすぎていて国費を圧迫していてな、今そこに手を入れている最中なのだが」
「ドロツィッテの方で高ランクの冒険者をいくつかこちらに移動させてはいるらしいが、できることには限度があるからな。もちろんなにかあれば俺たちが対応するつもりだが」
俺がそう言うと、ミュエラは身体を離してうなずいた。
「万一なにかがあっても、ソウシ殿たちが来るまで持たせればなんとかなるということだな。ならそれを主眼にして軍備はまとめるようにしよう。ふふっ、結局色気のない話になってしまったな」
「それでいいさ。まだ先の長い話だ」
「そうだな。互いにやるべきことが終わらねば先に進めぬ身か。ただ今日の晩餐で、ソウシ殿との新たな関係は貴族たちにはほのめかすことにする。了解をしておいて欲しい」
「それは理解してる」
というところで丁度扉がノックされ、ミュエラは俺から離れていった。
秘書官が仕事を持ってきたようなので、俺はそのまま執務室を後にしたが、その時になって俺は自分が多少なりとも緊張していたことに気付いた。
まあしかし、この手の話には慣れてしまうのも違うだろう。そう思いながら、俺は自分の部屋へと戻っていった。




