22章 異界の門への道標 09
リューシャ王が部屋を去ってしばらくの後、俺たちは晩餐会の場へと案内された。
上品な設えの広い食堂には長テーブルが用意されている。
俺たちが食堂に入ると、リューシャ王とラーガンツ侯爵が迎えてくれた。リューシャ王の話では侯爵は宰相の地位にあるので、メカリナン国のナンバーワンとツーのお出迎えということになる。
侯爵は以前見た時と変わりなく、赤い髪を後頭部でまとめ、美しい顔を厳しく引き締めてたたずんでいた。俺を見てその表情がわずかに崩れたのは、あの時の感情が彼女に残っているからだろうか。
スフェーニアが俺の脇腹をつついてきたのもそれに関係してのことだろう。とはいえここで反応することもできないのだが。
席につくと、軽い自己紹介の後に晩餐が始まった。といっても俺としてはリューシャ王を含めて知った顔しかいないので緊張はない。
会話も、最初のうちはほとんどがリューシャ国王が『ソールの導き』のこれまでの事績を尋ね、俺たちがそれに答える形に終始した。
「しかし1年前、オクノ侯爵が僕を助けてくれた時はまだ爵位をお持ちでなかったのに、たった1年で2カ国の侯爵位をお受けになるとは素晴らしいですね。ミュエラもそう思うよね」
リューシャ王がそう言って視線を向けると、それまでほとんど口を開かなかったラーガンツ侯爵は、俺をチラリと見ながらうなずいた。
「ええ、そう思います。しかし私は、次に会う時はオクノ侯爵は間違いなく私より上の地位にいるだろうと思っておりましたので驚きはありません。侯爵にもそう伝えた記憶がありますがいかがでしょう?」
俺の中ではラーガンツ侯爵は男勝りの女傑というイメージなので、丁寧な言葉遣いをされると非常に落ち着かない。
とはいえそれを顔に出すわけにもいかないので、ポーカーフェイスに徹して答えるようにする。
「確かにそうおっしゃるのをお聞きしました。私はそのようなことは絶対にないと思っていたので、自分でも今の境遇には驚いております」
「ふふっ。私にはむしろ当然という思いしかありません。しかしまさかこれほどの美姫を連れていらっしゃるというのは、さすがに予想を超えておりましたが」
と言った時のラーガンツ侯爵の口元には多少皮肉っぽい笑みも浮かび、また言葉そのものも意味深なところがあって、彼女の内面が以前と変わっていないことに安堵する。
一方で美姫と呼ばれたメンバーはそれぞれに反応をしていたが、マリシエールが「侯爵様もとてもお美しく見えますわ」と答えると、スフェーニアが「私もそう思います」と同調するに及んで、水面下でなにかやりとりが行われている様相を呈してくる。そういえば、リューシャ国王が俺の部屋に来た時にラーガンツ侯爵が姿を見せなかったのは、少し不思議な気もしたのだが……。
という邪推は、国王の次の言葉で流された。
「ところで『ソールの導き』の皆さんは、東に新たに発生したダンジョンの調査を行うそうですね。『彷徨する迷宮』という特殊なものだとは聞いておりますが、どういったものなのでしょう?」
「アンデッドモンスターが出現するダンジョンで、最下層付近はAクラス相当になります。最下層にはライラノーラというダンジョンボスがいますが、非常に強い力を持つ人物で、正直なところ我々以外で勝つことは難しいでしょう」
「ライラノーラ、ですか。その言い方ですとオクノ侯爵は何度も対面している相手なのですね。しかも人物ということは、人間に近いということでしょうか?」
「本人は吸血鬼だと言っておりました。倒してもその時の肉体が滅びるだけで、次の『彷徨する迷宮』では復活しているのです」
「なるほど。しかし今のお話ですとそのライラノーラとは会話もできるのですね」
「ええ。見た目も人間に近いですし、人間より上位の存在のようにも見えます。ともかく事情により彼女に会うことが必要なので、優先して向かいたいと思います」
「彼女……? 女性なのですか?」
と妙に目に力を込めて聞いてきたのはラーガンツ侯爵の方だった。リューシャ王を含め、『ソールの導き』も数名のメンバーが苦笑いをする。
「ええ、そうです……」
「身震いがするほど美しい女性ですわ。ソウシ様とはかなり仲が良いようですの」
俺の言葉に被せてきたのはマリシエールだが、スフェーニアやシズナもうなずいていて、それを見てリューシャ王はプッと吹き出した。
「オクノ侯爵はそういったことにも強い運をお持ちのようですね。僕もその方に会ってみたい気もしますが、さすがにAクラスのダンジョンへは入れませんので諦めましょう。僕はまだFランクでしかありませんので」
言われて気付いたのだが、確かにリューシャ王は『覚醒者』の雰囲気をまとっていた。
実は彼が部屋に来た時もなんとなく違和感があったのだが、勘違いだと勝手に思い込んでいた。しかしこれは結構な爆弾発言ではないだろうか。
「えっ、国王陛下も冒険者なんですか?」
ここで物怖じしないラーニが、聞きたいことを聞いてくれた。敬語をほとんど使えないラーニだが、一応丁寧語を使おうとするあたりに成長の跡が見られる。
「ええ。実はつい先日『覚醒』をしたんですよ。もっとも冒険者としての活動はほぼしていないんですけどね」
「王家や貴族家の当主、および近く当主になることがすでに決まっている方は、冒険者の義務からは除外されますからね」
と付け足したのはドロツィッテだ。
その後小声で、「まだ私の耳には入っていなかったんだ」と言ってきたが、つい先日のことであれば仕方ないだろう。
それはともかく、リューシャ王は少しばかり目を輝かせて俺の方を見てくる。
「ですから、『彷徨する迷宮』は無理としても、一度オクノ侯爵とはダンジョンに入ってみたいんです。侯爵が落ち着いたらお願いしたいのですがどうでしょうか?」
「それは……宰相閣下が許可されるのなら」
即答しづらい案件なのでラーガンツ侯爵に振ると、苦い顔をすると思われた侯爵は口の端でフッと笑った。
「その時は私も同行させてもらいたいものですね。これでも元はBランクの冒険者ですから」
「あはは。じゃあ決定ということでいいですね。楽しみだなあ」
屈託なく笑うと、リューシャ王は以前のリューシャ少年の面影が強くなる。
しかし、侯爵が元冒険者であったことを忘れかけていたが、立ち居振る舞いからすると剣技などはまだ磨いているようだ。
「わかりました、その時はご一緒しましょう」
「ぜひお願いします。それとこれから向かう『彷徨する迷宮』のお話も、お聞かせいただけると嬉しいです」
「『彷徨する迷宮』の攻略が終わった後はまたこちらへ参りますのでその時に」
「よろしくお願いします。特に先ほどのライラノーラについては詳しくお聞きしたいです」
リューシャ国王がニコリと笑うと、ラーガンツ侯爵もなにか言いたそうな顔をした。メンバーを見れば女性関係でいろいろと勘繰られるのは仕方ないのだが、ライラノーラに関してはさすがになにもない。
その後他愛のない話をして、最後に明日の予定がラーガンツ侯爵の口から伝えられて晩餐は終わった。
食堂から出る時に、侯爵が近づいてきて、
「明日、褒賞の儀が終わった後に時間をいただきたい」
と耳打ちされ、俺は背筋をついピンと伸ばしてしまった。
国王には一応俺の意思を伝えたが、彼女についても『彷徨する迷宮』に行く前にけじめをつけておく必要がありそうだ。
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