22章 異界の門への道標 06
その二日後、俺たちは予定通りアルマンド公爵領を後にした。
もちろん、と言っていいのかどうか、出発の際は公爵家が総出で見送ってくれた。
なおフレイニルは出発に先立って、母上の墓参りに公爵と2人で行っていた。
その後で「もしよければ次はソウシさまも一緒に」と言われたが、「娘をよろしくお願いします」という公爵の言葉と共に、色々と覚悟を決めさせられるところもあった。
さて、メカリナンはアルマンド公爵領から南にあるので、まずは南下してドルマット子爵領の町へと入った。
ニールセン青年は依然として忙しそうではあったが、家臣団も一体となって若き次期当主を盛り上げている様子もうかがえた。公爵の話では、すでに彼は亡き父の後を継いで子爵となることが決定していて、王家からの承認状待ちの状態だそうだ。
町の様子は落ち着いていて、フレイニルによると妙な気配は完全に消えてなくなっているとのことだった。すでにイスナーニやサラーサたち『三燭』はこの世にはいないので、『冥府の燭台』が再びこの町で暗躍することはないだろう。
「ああオクノ侯爵様か。済まねえ、あの金は色々と助かってるぜ。礼をしてえんだが、わりぃがしばらく待ってくれ」
などと青年は言ってきたが、それは公爵からすでに受け取っているので断った。
子爵領で一泊した後はいよいよ国境に向かうことになる。精霊が牽く馬車に揺られること3日、ヴァーミリアン王国の関所が見えてくる。
まず目に入るのは、街道から少し離れた場所にある立派な砦だ。
街道には検問所があり、木造の詰所が立っているほか、表には10人ほどの兵士がいて行き交う旅人や商人の相手をしている。
俺たちが近づいていくと、兵士の一人が気づいて詰所に走っていった。すると詰所からさらに10人以上の兵士たちが出てきて、街道の左右に整列をし、直立不動の体勢で敬礼を始めた。
「オクノ侯爵閣下、お待ちしておりました。どうぞお通りください」
と隊長らしき兵士が声を上げる。
近くにいた商人たちも慌てて歩みを止めてこちらに頭を下げてくるので、俺たちは急いでそこを通過した。
そこからしばらく行くと、次はメカリナン国の関所である。
同じく離れた所に砦が見え、こちらも先ほどと同じく、俺たちを見た途端に兵士が整列して迎えてくれた。
同じようにそのまま関所を通り過ぎたが、その時兵士の一人が砦に走っていったので、恐らくは『転話の魔道具』によって王都へと俺たちの入国が伝えられるのだろう。
久しぶりのメカリナン国だが、街道沿いの様子はヴァーミリアン王国のそれと大きくは変わらない。俺としてはその程度の感想だが、俺とドロツィッテ以外はメカリナン国は初めてということで、フレイニルやラーニ、スフェーニアたちは始めのうちは興味深そうに周囲を見回していた。
特にシズナは、メカリナン国とトラブルの多かったオーズ国の出身なので、思うところがあるようだ。耕作地を眺めては、「少し土地が痩せているように見受けられるのう。これではオーズに手を出してくるのもわからぬではないかのう」と口にしていた。
確かにメカリナン国はオーズ国に手を出そうとしていたが、食糧問題がその理由の一つにあったようだ。リューシャ少年も国王として、それについては悩むことになるのだろうか。
森や山や川や畑や農村などを眺めながら石畳の街道を行くと、2日後の夕方前に城塞都市にたどり着いた。
馬車を下り、収納しながら城門に近づくと、すでに30名ほどの衛兵が並んでこちらを待ち受けていた。どうやらメカリナン側は完全に俺たちを待ち受けていたという雰囲気である。しかも城門の奥には迎えの馬車までが用意されているのが見えた。
「こういう対応を取られると自由に動けないからちょっと嫌だよね」
というラーニの言葉にうなずくものの、これもすっかり有名となってしまった『ソールの導き』には仕方のないことと諦めるしかない。
そう思いながら歩いていると、ドロツィッテが横から意味ありげな視線を投げかけてきた。
「ところでソウシさん、この町はデントン伯爵が治めているのだけど、どういう人物かは知っているのかい?」
「いや、まったく知らないが、なにかあるのか?」
「デントン伯爵は元ジゼルファ王派だった貴族だよ。例の戦いでジゼルファ王が捕らえられて、すぐにリューシャ王派に鞍替えしたという話だね」
ジゼルファ王というのはメカリナン国の前の国王である。不当に王位につき、奴隷を増やし、国民を一切顧みない暴政を敷いていたのだが、正当な王位継承者である現リューシャ王によって倒された人物だ。
その際俺は傭兵のような立場でリューシャ王を助け、その功績によって俺は英雄のような扱いを受けているらしい。今回のメカリナン国入りは、その時の功績に対する褒賞をもらうことが目的の一つである。
ただし、リューシャ王派から見れば英雄である俺も、元ジゼルファ王派から見れば当然まったく逆の存在となる。
「それなら俺は相当に恨まれているかもしれないな。警戒はしておいた方がいいか」
「ははっ。普通に考えれば、今さらソウシさんになにかしてくることはないと思うけどね。むしろ取り入って、リューシャ王へのとりなしを頼んだ方がよほど賢明というものさ」
「それはそれで面倒じゃないか?」
「適当に話を聞いていればいいんだよ。気になるならリューシャ王に、デントン伯爵には心地よい歓待をしてもらいましたとでも言っておけばいいのさ」
「そんなものか」
「誰あろう英雄の言葉だよ? 十分すぎるくらいさ」
衛兵に案内されて城門をくぐると、やはり迎えの馬車に乗ることになった。
そのまま領主の館まで連れていかれることになる。
応接の間で対面したデントン伯爵は、中肉中背で口ひげを整えた50代の男性であった。
私腹を肥やしていたジゼルファ王に与していた貴族ということで、その愛想笑いに多少含みがあるように感じられるのは気のせいだろうか。俺に対しては思うところもあるのだろうが、しかしそれをあからさまに表に出すことはなかった。
晩餐の場でメカリナン国の現状について話を聞いてみると、伯爵は淡々と答えてくれた。
「我々にとってみると、先々代の国王陛下の御代に戻ったというところでしょうか。過度な奴隷の使用はやめ、その奴隷制についてもゆくゆくは廃止する方向に、ということがすでに示されております。不当に奴隷に落とされたものはすべて元に戻されており、市井の者たちについては元のように活動できるようになっております」
「食糧事情なども改善されたのでしょうか?」
「ええ、そちらも以前の水準までもう少しというところまで来ているとうかがっております。私の領地は中央から離れておりますので、先王陛下の御代でもそこまでの変化はなかったのですが、王都周辺についてはかなり変化があったとか。ただメカリナンはもともと食糧事情はそこまで良くはありませんので、陛下も今後ご苦労なさるかもしれません」
「そうですか。新王陛下が即位されてから大きな動きはないとうかがっておりますが、実際のところはどうなのでしょう」
「先王陛下が譲位されるまでの動きに関しましては、なにもかもが一瞬のうちに終わっておりましたゆえ、なにも起きようがなかったというのが正直なところですな」
「一瞬のうちに」というところでデントン伯爵は含みを持たせるような言い方をしたが、もちろんそれは背後に俺の協力があったことを暗につついているのだろう。
彼らジゼルファ派にとってみれば、俺の存在は恐ろしく意味不明で、理不尽なものであったはずだ。王都がたった一日で陥落し、しかもその理由が一人の冒険者にあったなど到底受け入れられるものではないだろう。
「それはようございました。人間同士が争って血を流してよいことなどなにもありません。ところでこちらの方はモンスターの活動が活発になっているとうかがっているのですが、そのようなことはあるのでしょうか」
「ええ、ございます。モンスター対策のために領軍が出動する頻度も増えております。それに関しては、そちらのグランドマスター殿のほうがお詳しいと思います。むしろ私も情報がいただきたいくらいで」
水を向けられたドロツィッテが、食事の手を止めてこちらに顔を向けた。
「ギルドの方でも特に大陸の南方でモンスターの出現数が増えていることは確認していますよ。メカリナン国全体で、昨年の同一期間で討伐以来数を比較すると、およそ3割増しになっています。しかもCランク以上の高ランクモンスターが増えているので、ギルドとしても頭が痛いところですね」
「3割、それほどまでに……。なんらかの大きな動きの前兆なのでしょうか?」
「わかりません。ただ、それを調べるのも『ソールの導き』の活動の一つとなっています。ねえソウシさん?」
「ああ、そうだな。その話もライラノーラには聞いた方がいいかもしれないな」
そんな話をすると、デントン伯爵は面食らったような顔をした。
その後帝国での『黄昏の眷族』との戦いなど、『ソールの導き』としての活動の話をすると、デントン伯爵の表情は目まぐるしく変わっていき、最後には無表情になってしまった。
そのことについて後でスフェーニアに話をすると、
「恨みのある相手がおよそ自分が理解できる人間でないと悟って、己の不運を呪いたくても呪えないということなのではありませんか。敵対した相手にとって、ソウシさんはもはや自然災害に近い存在ですから」
と言われたが、確かにそういうことなのかもしれない。
なおこの町の周辺にもダンジョンはあったのだが、Dクラス以下のものしかなかったことと、リューシャ王が急ぎで会いたがっているという話をデントン伯爵から聞いたこともあり入るのはやめておき、翌日には町を出発することになった。
申し訳ありません
次回8日は所用により休載とさせていただきます
次回は11日になります




