22章 異界の門への道標 05
翌日はBクラスダンジョンを攻略し、その後一度宿に戻ってから、フレイニルとサクラヒメを連れて公爵邸へと向かった。
謝罪を受ける件については朝のうちに先方には伝えてある。
ミランネラ嬢が宿に来るという話も当然あったのだが、俺自身と、そしてフレイニルが公爵に用事があることもあり、3人で公爵邸を訪れる形にした。
公爵邸では公爵夫妻とミランネラ嬢が出迎えてくれた。
フレイニルとサクラヒメに謝罪する件については、俺はその場にいることを遠慮した。特にフレイニルについては完全に家族内での話であり、いくら俺が今フレイニルに最も近しい人間だとしても、そこに割って入るべきではないと思ったのだ。
謝罪自体は2人合わせて15分ほどで終わった。もちろんなにか揉めるようなこともなかったようだ。
しかもフレイニルは、その場で公爵だけを残し、公爵家に籍を戻すという話もしてしまったらしい。この領に来てからのフレイニルは成長著しいが、もう俺よりも頼もしい気さえする。
その後俺は公爵の執務室で、1対1で公爵と対談することになった。
「オクノ侯爵には本当に色々とお世話になるばかりですね。ここ2週間で、私の周囲はもはや別の世界にでもなってしまったかのように変化をしてしまいました。ああ、こちらへどうぞ」
執務室のソファに座るのもすっかり慣れてしまった。
アルマンド公爵は一段と顔が穏やかになり、以前の文化人的な表情が戻ってきている気もする。慣れた手つきで自らお茶を淹れて出してきたのもその表れだろうか。
「変化に対応されるのにはご苦労もおありでしょう」
「今まで私がなすべきことをなしてこなかったことの帳尻合わせに過ぎないのですがね。今回の件、特に主な務めを家宰に任せきりにし、結果として様々な問題を呼び寄せたことに関しては、私が王家の血をひいていなければ爵位を下げるまでの失態でした。ですがオクノ侯爵と、そして《《娘の》》フレイニルによって回復の機会が与えられたことに心から感謝しています」
「娘の」という言い方に、フレイニルが公爵家とつながりを戻したことがうかがえる。
実は後からマリシエールに聞いたのだが、フレイニルがアルマンド公爵家とのつながりを戻すというのは、遠回しに公爵家を助けることになるらしい。なぜならフレイニルはすでに俺と強いつながりがあると目されていて、そのフレイニルと公爵が親子関係を継続するのであれば、公爵自身の存在もまた国としては重要になってくるからだ。
「ソウシ様という重要人物と娘であるフレイがつながっているという事実が、公爵家そのものの価値を高めるのですわ」
というのがマリシエールの言葉だったが、なるほどそこまでを計算していたのかと秘かに驚いたりもした。ただマリシエールの話には続きがあって、
「公爵家に貸しを作っておけば、のちのちソウシ様のためになるという話はいたしました」
とのことで、どうやらフレイニルは『ソールの導き』にいる先輩の話をよく聞いて行動したようだ。
ともかくそれ自体がアルマンド公爵の助けになったのは本当なのだろう。頭を下げてくる公爵に、俺は慌てて言葉を返した。
「フレイニルの件については完全に彼女の考えで、私はなにも口を出してはおりません。それに私はもともと単に『冥府の燭台』を追っていただけですし、それに結局火種のようなものはまだ残ってしまいました」
「あの『異界の門』に関しては、責任を負う人間は私以外おりませんよ。といっても、結局のところ解決に関しては侯爵の力をあてにしないとなりませんが」
「それはこちらの使命のようなところもありますので。ところで公爵閣下、我々は明後日にメカリナンに向けて出発をしたいと考えております」
「侯爵も本当に大変でいらっしゃいますね。メカリナン国でのご活躍を考えると、そちらでも下にも置かぬ扱いを受けるのではありませんか?」
「そうかもしれません。自分としては気が重いのですが、さすがに国王陛下からの招聘となれば応じないわけにも参りませんので……」
個人的にはもちろん、リューシャ少年改めメカリナン新国王やラーガンツ侯爵とその右腕のアースリン氏、そしてギルドマスターのダンケン氏など会いたい気持ちはある。ただ公人としてとなると気楽に行くわけにもいかないのがつらいところだ。
俺が半ば本気で嫌そうな顔をしていたせいか、アルマンド公爵は少し驚いたように固まったあと、楽しそうに笑い始めた。
「ふふふっ、なるほど、フレイニルのいう通り、オクノ侯爵は本当に名誉や権力や富に執着がおありにならないのですね。正直なところ、貴族的なやりとりがわずらわしいという気持ちなら私も理解できます。ただ私はそれで失敗した身ではありますが」
「できれば冒険者としての活動に目途がついたら、どこかに隠棲したいくらいなのです。さすがに一人身ではなくなりそうなので、そうはいかないのもわかってはいるのですが、もとがただの一商人なので変化についていけません」
「そうでしょうね。オクノ侯爵の名が表に出てからまだ1年ほどしか経っておりませんから。しかしそれならば、私も今後は多少侯爵をお助けすることもできるでしょう。もし貴族的なふるまいなどについて悩むことがあればいつでも頼ってください」
「ありがとうございます。もしもの時はよろしくお願いいたします」
さらっと言ってくれたが、これはかなり重要な話ではある。将来的に嫌でも貴族の世界には入らなければならないだろうが、その時に表に出てこない貴族間のマナーなどに関して相談できる相手がいるのは非常に助かる。これもフレイニルのおかげだろうか。
と思っていると、扉がノックされ使用人が入ってきた。どうやら急ぎの報告らしく、一枚の報告書を公爵が受け取っていた。
その使用人が去ると、ソファに座りながら、公爵が訳知り顔で俺のほうに視線を送ってきた。
「なるほど、オクノ侯爵の『天運』というスキルの話は伝え聞いておりますが、こういうことなのですね」
公爵が差し出してきた紙を受け取ってその紙面を見ると、そこには「メカリナン国王都東方に新たなダンジョンが出現したとの報あり」と記されていた。




