22章 異界の門への道標 02
領都に戻った俺たちだが、公爵は今恐ろしく多忙だと思われるので、宿を別にとって一週間ほど領都で様子を見ることにした。
今回の件はすでに国王陛下にも報告が届いており、すぐに王家から調査官などが送られてくることになっている。俺はまだ監察官という役目を担っているため、その調査官たちに情報を引き継ぐ必要がある。そのために調査官たちが到着するのを待たなければならないという事情もあった。
そこで最初の3日は休養を取ることも兼ねて、芸術の都と言われるアルマンド公爵領の領都観光をすることにした。
丁度演劇が上演されるということで、貴族枠の席を急遽手配して見にいった。
演劇については前世のオペラに近い感じであったが、やはりこの手のものが事前知識や教養を必要とするのは同じらしく、にわか貴族の俺にはまだ早かったようだ。
きちんと理解して見ていたのはフレイニル、スフェーニア、サクラヒメ、ドロツィッテくらいのものだろう。残念ながらラーニやカルマは時々居眠りをしていたようだが、むしろ俺もそちらに近かった気がする。
内容は貴族の長子と町人の娘の悲恋ものであったが、世界が違っても人の好みは変わらないものらしい。
観劇が終わった後にマリシエールが涙を拭きながら、
「素晴らしい劇でしたわね。帝都でも滅多に見られないほどのものでしたわ」
とかなり感激していて、フレイニルが少しだけ満足そうな顔をしていたのが微笑ましかった。
さらには『アトリエ街』などと呼ばれる、芸術家の卵やすでに著名になっている芸術家が多く住むという一角を訪れたりした。
一見するとただの通りなのだが、アパートの一階がギャラリーになっていて、そこに芸術家の卵が作品を展示しているらしい。
「要するに芸術好きな有力者の目に留まって、パトロンを得ることが目的なのでしょうね」
とはスフェーニアの言だが、なかなか面白い場所であった。
さすがに10人以上でぞろぞろ歩くのも邪魔になりそうだったので、少人数に分かれて自由行動にしたが、いつもの通り、一部の『花より団子』組は近くの屋台へと吶喊していった。
俺はフレイニル、マリシエールと共にいくつかのギャラリーを見て回った。
絵画や版画、彫刻など、前世でも見たことがあるものが展示されていて、素人の俺が見た感じでは、全体的に写実的なものが重視されているような感じではあった。
「ソウシさまはこういったものはおわかりになりますか? 私は大聖堂で宗教画などはよく拝見していたのですが、こちらはそれらとは違うということしか理解できません」
フレイニルが首をかしげながら聞いてくるので、つい格好をつけて、
「俺もわかるというほどではないが、見たものをそのまま写し取る、写実を追求しているところはありそうだな。ただこちらの絵は光と影のコントラストがかなり強く描かれているから、そういったところに描き手の個性が現れるんじゃないか」
などと言ってみたところ、妙に敬意のこもった目で見られるようになってしまった。
マリシエールまで、
「ソウシ様はそういった方面にも明るいのですね」
と非常に嬉しそうな顔をされてしまい、さすがに罪悪感が勝って、
「済まない、今のは本当に適当なことを言っただけなんだ」
と謝ったのだが、それも謙遜だと思われて余計に評価が上がってしまったようだ。
そんな感じで3日間過ごしたのだが、さすがにラーニやカルマ、シズナたちアクティブ系メンバーは飽きてしまったようだ。
3日目の夜、レストランで夕食を取っているとラーニが俺の肩をつついてきた。
「ねえソウシ、この町の回りにもダンジョンあるんでしょ。街を見て回るのも飽きちゃったし、そろそろ行かない?」
「そうだな……。マリアネ、周辺ダンジョンはどんな感じなんだ?」
「EからBまでがひとつずつあります。ただしそれぞれ場所が離れていますので、一日一カ所回るだけになるでしょう。Bクラスは15階ですので、私たちならば一日で終わるかと」
「ならば明日から回ろう。皆もいいか?」
確認を取るが、特に意見も出ることなく決定となる。
するとドロツィッテが意味ありげに俺の方を見てきた。
「そういえばソウシさん、この後は何もなければメカリナン国に向かうということでいいのかい?」
「そのつもりだ。呼ばれているのにいつまでも遅らせることはできないからな。ドロツィッテの方からも一応ギルド経由で話はしてくれているんだろう?」
「一応向こうの国王陛下には、『ソールの導き』が今アルマンド公爵領にいるということは伝わるようにしてあるよ」
「助かる。そういえば、メカリナンの王都のギルドマスターはどうなったんだ?」
「ダンケンのことかい?」
ダンケン氏は以前、メカリナンに迷い込んだ時にやりとりのあった冒険者ギルドのギルドマスターである。妻子を人質に取られてギルドのルールを破ることを強要されていた人物だが、組織の一員としては完全にお咎めなしといかないはずであり、本人もそれは甘んじて受けるつもりであったようだ。
「ギルドとしてはなにもなしにはできなかったけど、職員から嘆願書が届いたりと色々あってね。減俸1年で手を打ったよ」
「ではギルドマスターは継続してるんだな」
「そういうことだね。ダンケンはソウシさんには非常に感謝していると言っていたよ。というより、新王陛下も後見の侯爵も、ソウシさんにはとても感謝しているそうだ。メカリナンの王都では『鬼神』は有名でね。市井でも完全に『救国の英雄』という扱いだとダンケンは言っていたよ」
ドロツィッテがニヤッと笑みを浮かべると、他の一部メンバーもニヤニヤ笑いを始めた。俺がそういうのを嫌いだと知っているからだろうが、俺も苦い顔をするしかない。
それを不思議に思ったのか、マリシエールが好奇の目を向けてくる。
「ソウシ様がメカリナンで新王側について活躍されたというのは聞いていますが、実際はどのようなことをされたのですか?」
「そうそう、それは一度ソウシさんの口から詳しく聞いておきたいね。これからメカリナンに向かうとして、『ソールの導き』のパーティメンバーが知らないというのは問題だからね。特に女侯爵とのやり取りもよく聞いておきたいところだ」
ドロツィッテが訳知り顔に言うと、他のメンバー、スフェーニアやマリアネが少しだけ視線を鋭くしてくる。
確かにドロツィッテの言うことも一理あるので、俺はメカリナンでのやりとりを覚えている限りで詳しく説明した。フレイニルやラーニたちには一度伝えてはあるのだが、そこまで詳しくは話をしていなかったので、興味を持って聞いてくれていたようだ。
ただ新王の後見人であるラーガンツ侯爵については、どう話すかはかなり悩んだ。なにしろ美しい女性である上に、去り際に明らかに求婚まがいの言葉を俺にかけてきたのだ。
だが結局、彼女に会えば察せられてしまう話ではあるし、あったことについては正直に話してしまった。
俺の戦での活躍については、詳しい話を初めて聞くカルマやサクラヒメやマリシエールなどは目を輝かせて聞いていた。
一方で侯爵の話についてはどこか諦めに似た雰囲気が漂っていたが、マリシエールが、
「ソウシ様はすでにアルデバロン帝国、ヴァーミリアン王国、オーズ国、更にはエルフ族と獣人族の有力者に連なる人間を妻にしようとなさっておりますし、メカリナン国としてもそこに加わらないわけにはいかないと思いますわ。ソウシ様はご自分が好むと好まざるとにかかわらず、この大陸においてもっとも重要な人間になっていることを自覚なさってください」
と言うに及んで、むしろ積極的に身内に引き入れろという空気になり始めた。
「マリシエールの言うこともわかるし、今の状況についても理解はしているところだ。ただその話はこちらだけで決めるものでもないし、メカリナンに行って向こうがどういう対応をしてくるかで考えよう」
「覚悟だけはなさっておいたほうがよいと思います。ちなみに兄上はすでに4カ国がソウシ様を中心につながるという未来も想定はしております。ヴァーミリアン王家も同じでしょうし、私たちもそれについては心得ておきますわ」
「ああ、俺も覚悟はしておくよ」
俺はそう言って話を打ち切ったが、この大陸において、自分の存在があまりに大きくなっていることについて真剣に考えておかなければならないとは感じている。
『ソールの導き』は恐らく単純な戦力として国家のそれを超えているし、俺たちの功績はすでに国の存続を左右するものがいくつも含まれている。
俺自身すでに各国のトップと直通で話せる人間ホットラインと化しているわけで、政治的に無視できないどころか、その動向は最優先で把握しないとならないレベルだろう。
重い話が一段落したところで、カルマが両手を頭の後ろに回しながら口を開いた。
「ところでソウシさんは、例の『異界の門』はどう対処するつもりなんだい?」
「あれについては俺たちがずっと見ているというわけにもいかない。国や冒険者ギルドでの対応に任せるしかないな」
「なんかあったら出張るって形だね」
「そうなる。ただ、『異界の門』の向こうに行くにしても、事前に『冥府の燭台』が探している『冥府の迷い姫』については調べる必要はあるだろうな」
俺の言葉に、スフェーニアが反応した。
「サラーサがいた地下の壁画に描かれていた人物ですね」
「そうなる。あの『冥府の迷い姫』は明らかにライラノーラだった。だからライラノーラに直接会って話を聞いてみるつもりだ」
「とすると、『彷徨する迷宮』を探して入る必要がありますね。ドロツィッテさん、そういう情報はありますか?」
「今のところは聞かないね。『彷徨する迷宮』については最優先で私の耳に入るようにしてるから、話があったらすぐ知らせるよ」
「頼む。メカリナン行きよりもそっちを優先したい」
「まあソウシさんのことだから、メカリナンに『彷徨する迷宮』が現れるんじゃないかなと私は睨んでいるよ」
「あ~、確かに。わたしもそう思うかも」
「そうじゃなあ。ソウシ殿の『天運』は強力じゃからのう」
ラーニとシズナがうなずくと、なんとなくそれで決定といった雰囲気になった。正直なところ、俺自身そうなりそうな気がひしひしとしている。
そこで夕食を切り上げて、俺たちは宿へと戻ることにした。
宿への道すがら、隣を歩くフレイニルが俺のことをちらちらと見上げてくるのに気づいた。
「フレイ、なにか気になることがあるのか?」
「えっ? いえ、なんでもありません。私はソウシさまにどこまでもついて参りますと心を新たにしていただけです」
「そうか? まあフレイのことはずっと頼りにさせてもらうよ」
「は、はいっ!」
いつになく嬉しそうに微笑むフレイニルの頭を撫でながら、俺はふと、先ほどのマリシエールの言葉を思い出していた。
俺が各国各集団の有力者の身内を娶るとして、ヴァーミリアン王国については誰になるのか。
今『ソールの導き』にいるメンバーで、それにあたるのはフレイニルしかいないのである。




