22章 異界の門への道標 01
鉱山の中心に開いたままの『異界の門』を残し、『冥府の燭台』の一団は地上から姿を消した。
しかしフレイニルの言葉によると、『冥府の燭台』の幹部である『三燭』、イスナーニ、ワーヒドゥを含め、彼らのものと思われるなんらかの『気配』が、『異界の門』の中へと吸い込まれたのだという。
イスナーニ達がわざわざ俺に攻撃をさせたようにも見えたこと、そしてドルマット子爵領で息絶えたサラーサともども妙なことを口にしていたことを考えると、『冥府の燭台』の連中がこれで終わりということもなさそうだ。
むしろ奴らの言動を考えると、『冥府の迷い姫』とやらを連れて、もう一度こちらの世界に戻ってくるつもりのようでもあった。
とすれば俺たちは、『異界の門』の向こう側、すなわち『異界』にはもう一度行かなければならないだろう。
地面に小さく開いた『異界の門』の前で、そのことを『ソールの導き』の皆に伝えると、全員が強く賛成をしてくれた。
とはいえ、
「そのためにはまず、この『異界の門』がどうやって開かれたのか調べないなりませんね」
「それとまず解放奴隷の件もなんとかしなきゃね」
というスフェーニアとラーニの言葉によって、まずは目の前の問題を処理することとなった。
その後の様々な処理については、とにかく俺たちもアルマンド公爵も多忙を極めたと言ってよかった。
まず最初に俺たちが手がけたのは、6号坑道の奥に残された『冥府の燭台』の拠点の調査である。
閉鎖された坑道の奥に行くと、確かに非常に広くなった空間があり、そこは大勢の人間が生活できるような施設が整えられていた。
その場でまず見つけたのは、牢屋に押し込められた数名の獣人族の子どもだった。
食事も満足に与えられておらず、衛生状態も酷いものだったが、フレイニルの回復魔法と『浄化』によって、なんとか命にかかわることだけは避けられた。
軽い食事をさせながら話を聞くと、どうやらその子どもたちは解放奴隷の一員らしかった。つまり『冥府の燭台』は、彼らを人質にして解放奴隷たちを鉱山で働かせていたようだ。
動けるようになったのを確認して、俺は子どもたちをマリアネとシズナに、外に連れていくように頼んだ。
その後残ったメンバーで、施設の中を調査した。
なにかを研究した跡は見られたが、資料などは持ち去られたか処分されたと見えて、ほとんど残されてはいなかった。
ただし『異界の門』を開くための巨大な装置は、当然ながら稼働を終えた状態で残されていた。
それは縦横5メートルはあるというというミスリル製の金属板に、多数の水晶球が埋め込まれ、その水晶球をつなぐように禍々しい回路のようなものが描かれたものだった。
立てかけられたその大きな装置を見てスフェーニアは、
「巨大な魔導具のようですが、一部呪術的な技術が使われているようです。人の命を糧にして『異界の門』を開いたというのは本当のことなのかもしれません」
と、嫌悪感をあらわにしていた。
一方フレイニルも、
「この道具からは多くのよからぬ力を感じます。怒り、苦しみ、痛み、恨み、悲しみ、恐怖、絶望、そのような感情が感じられる気がいたします」
と言いながら祈りを捧げる仕草を始め、サラーサが言っていた「人が殺しあう時に生じる力」を『冥府の燭台』が利用していたことが裏付けられる結果となった。
「ゲシューラはなにかわかるか?」
「うむ……」
俺の質問を受けて、ゲシューラが滑るように近づいてくる。
そのミスリル板を一通り調べたゲシューラは、うなずきながら俺の隣に戻ってきた。
「……恐らくは、なんらかの力をこの水晶球に蓄えて、それをこの魔法陣のようなもので変質させて指定された場所に注ぎ込む、そんなことを行う道具に見えるな。ただ肝心の力自体が完全に消えてしまっているのでそれがどのような力であるのかはわからぬ。水晶球もいくつか破損してしまっているようだ」
「解析はできそうか?」
「複製することは可能だろう。ただこの魔法陣は初めて見るものだ。こちらの思う通りに機能させようとするなら、かなりの時間が必要になるだろう。ソウシはこれを使うつもりなのか?」
「そういうつもりはない。ただ今後、『異界の門』の向こうへ行くとして、俺たちが『異界の門』を開く技術を持っていないというのは少し怖いと思ってな」
「確かにな。しかし話を聞く限りでは、この魔導具は単純に魔力を動力源としているわけではないようだ。複製できたとしても稼働させるのは難しいだろう」
「そうだな」
イスナーニやサラーサたちの言葉の通りであれば、この『異界の門』を開く魔道具は、人の命を動力源としていることになる。話に聞くだけで背筋が凍るような邪悪さであるし、それを稼働させること自体避けたいのも確かである。
「どちらにしてもこれは俺の『アイテムボックス』に入れておこう。最終的には王家に証拠品として引き渡すことになるだろうしな」
俺は恐らく重さ数トンありそうなそのミスリル板を、『アイテムボックス』の黒い穴へと押し込んだ。板に触れた時確かに言いようのない不快感を感じたが、それはフレイニルの言っていた「よからぬ力」の感触だったのだろうか。
ともかく施設については、その『異界の門』発生装置以外は、鉱山の外へと続く隠し通路が見つかった以外めぼしいものは見つからなかった。
その隠し通路も、出口の先は森の中で、単に誰にも見つからずに外に出られるようにするだけのものだった。
隠し通路の探索から戻ってきたカルマが、施設の真ん中に並べられた物品を眺めながらつまらなそうな顔をした。
「なんだい、結局さっきの魔導具以外特に面白いものはなさそうだね」
「そうだな。めぼしいものはすべて持って行ったか、処分してしまったようだ」
「当然と言えば当然かね。でもこれじゃ、次に会った時は色々楽しませてもらわないと合わないね」
「ああ、次は楽しませてもらうとしよう」
そんな多少物騒な覚悟を決めつつ、俺たちは6号坑道を後にした。
その後鉱山については、領都から兵士たちが300人ほど派遣されてきて、テントを立てたり炊き出しを始めたり、鉱員たちと共に倒壊した建物を片づけて物品を回収したりと動いていた。
本部テントでアルマンド公爵は休みなく部下に指示を出したりと働いていた。
どうやらこの鉱山は閉鎖し、鉱員たちは一時領都の近くに移動させるようだ。
解放奴隷たちについては謝罪をして、金を多く持たせて里へ帰るようにさせるとのことだった。解放奴隷たちも色々あって憤懣遣るかたなしといった雰囲気だったが、ラーニとカルマが出ていってなだめると、渋々といった感じで翌日には里へと向かっていった。
なお兵士たちと共にドロツィッテがやってきて、例の『異界の門』発生装置や、採掘場の底に開いた『異界の門』を見てかなり興奮していた。
公爵は兵士たちが来た翌日には、ミランネラ嬢を伴って領都へと戻っていった。
『異界の門』については兵士たちが常時見張るという態勢を敷いての上のことだが、 先日のような大群が出現したら大事なので、その後2日ほど俺たちも泊りがけで様子を見ることにした。
だが、『異界の門』にはまったく広がる気配がなく、やはり恒常的に開かれた穴ということで特殊な仕様なのだろうとひとまず結論づけるしかなかった。
結局は俺たちもその場を兵士たちに任せ、アルマンド公爵領の領都へと向かうことにした。




