21章 アルマンド公爵領 21
公爵とともに坑道にいた人間は100人弱おり、俺たちは彼らを先導しつつ、坑道から出た。
その後さらにほかのチームが連れてきた生存者と合わせて採掘場の上まで誘導すると、その数は500人以上になった。
彼らは丸3日以上坑道に身をひそめていたということでかなり消耗をしていたが、ぎりぎりでパニックなどにはならなかったようだ。
食料もそれなりに坑道内に持ち込んでいたのと、坑道内に給水の魔道具があったのが救いになっていたらしい。それらがなかったら、悪魔にやられずとも、何人かは動けなくなっていたかもしれない。
それでも怪我人や体調不良者は少なくない数がいたが、彼らはフレイニルとシズナ、そしてミランネラ嬢が魔法で回復をした。
3日も着替えず穴の中にいたので臭いはラーニやカルマが鼻の頭にしわを作るほどだったが、フレイニルの『浄化』魔法によってそれもすぐに解決した。
居住区の炊事場などが辛うじて使える状態だったので、俺は『アイテムボックス』から食料品を出して、元気な者に煮炊きをするようにさせた。3日間全く食っていないという者はいなかったが、いきなり食い過ぎないように注意をしておいた。
一通り飯を食ったり一休みしたりが終わると、半壊した居住区から食料や生活用品を回収する作業が自然と始まった。さすがに肉体労働をしている人間ばかりなので体力があるようだ。
獣人やエルフの姿も見えるので、彼らが解放奴隷なのかどうかも確認しないとならない。ただそれをする余裕はまだなさそうだ。
ともかくも状況が一段落すると、俺のところにアルマンド公爵がやってきた。目の下に隈ができていたりと顔に疲れが濃いが、なんとか気力でもたせているようだ。
「オクノ伯爵、本当に助かりました。なにかあるのではと思ってミランネラまで連れてきたものの、まさかこのような事態になるとは思いませんでした」
「私もうかつでした。『冥府の燭台』の影が見えた時点で鉱山にも手が入っていることを警戒すべきでした」
「それはもしや、この悪魔の出現と『冥府の燭台』に関係があるということでしょうか?」
公爵のその質問を聞いて、俺はまだ帝都の闘技場での一件がそこまで周知されていないことに気付かされた。
いや、あの皇帝陛下ならすぐにこの王国にも伝えたはずであるし、グランドマスターのドロツィッテもギルドではその情報は共有しているという話だった。ならば公爵がそれを知らないはずはないので、家宰を操っていたサラーサが伝えていなかったのだろう。
「ええ、アルデバロン帝国の闘技場に悪魔が現れたのですが、それが『冥府の燭台』の仕業であったようなのです。実はドルマット子爵領に『冥府の燭台』の本拠地の一つがあったのですが、そこにいた幹部が今回の悪魔出現をほのめかしていたので、恐らく間違いないかと思います」
「子爵のところに『冥府の燭台』の本拠地……、どうやら色々と話をお聞きしなければならないことがあるようですね。今回は私自身軽率に過ぎました。調査だけ派遣をして、私はオクノ伯爵の帰りを待つべきだったのです」
「しかし閣下が兵を率いてこちらに来たおかげで鉱夫たちは助かったのではありませんか?」
「それは怪我の功名というものでしょうね。ところで領都の方に多くの悪魔が向かったと思うのですが、そちらはどうなったでしょうか?」
「半分以上は我々が倒しました。領都の方には小型のものが多数向かいましたが、そちらはご夫人の指示を受けた将軍が城壁に拠って守り、問題なく撃退したそうです。ドロツィッテ……グランドマスターも冒険者を派遣して加勢をしています」
「そうですか……それは助かりました」
公爵はほっとしたように肩の力を抜いたが、しかしすぐに顔を上げて、厳しい表情を作り直した。
「では次にここをどうするかですね。しかしこの人数を引き連れて一斉に動くのは難しいでしょう。まずは領都に使いを送って救援を呼びましょう」
「私とグランドマスターは『通話の魔道具』を持っています。それでご夫人と連絡が取れますのでお使いください」
「それは助かります。しかし冒険者パーティとして『通話の魔導具』をお持ちとは、さすが『英雄』と呼ばれるオクノ伯爵ともなるとそのような貴重なものもお使いになれるのですね」
「ええまあ……。それから恐らくこの鉱山のどこかに『異界の門』を開くための施設があるはずです。私たちはそれを見つけて対処しますので、公爵閣下はこの場をどうするかにご注力ください。」
「わかりました。『冥府の燭台』関係を調べるなら、まずはここを監督していた者たちを呼びましょう。私も元はそのつもりでここへ来たのですし」
そう言うと、公爵は近くに控えていた兵士に指示をして鉱山の責任者をすぐに集めてきた。
俺も炊き出しの手伝いなどをしていたフレイニルたち『ソールの導き』のメンバーを呼んだ。
俺たちの前に疲れた顔で歩いて来たのは6人の男だった。年齢は30から50の間だろうか。
フレイニルたちの方を見ると、フレイニルとラーニが揃って一番左に立つ男をチラチラと見て、俺に向かってうなずいた。40くらいの真面目そうな男だが、彼が『冥府の燭台』の関係者ということか。フレイニルたちの反応はそこまでではないので、恐らくは構成員の一人なのだろう。
最も年上に見える、いかにも鉱山の親方といった髭面の男性が長のようだった。彼は一言挨拶をして、それから怪訝そうな顔で俺たちを見た。
「自分がこの鉱山の総責任者になるんですが、聞きたいことというのはどういうことでしょうか?」
「私が聞きたいのは2点です。まず、この鉱山に一カ月ほど前に、獣人族を中心とした人間が多く入ってきたと思うのですが、それは確かですか」
「ああ、それは来ましたね。自分たちは解放された奴隷だとか言っていたんですが、確認させたら逃亡奴隷だということでしたので働かせてます。最初はブツブツ言って反抗的だったみたいなんですが、今んとこは大人しくしてますよ」
「その人間たちの受け入れは誰が主に担当されましたか?」
「そこのジゼルです」
長が指さしたのは、やはり一番左の真面目そうな男だった。
「なるほど。ジゼルさん、それは本当ですね?」
「ええ、入所する人間は私が担当しておりますので」
「わかりました。それから親方にもう一点聞きたいのですが、この鉱山に、普段人が入らない、もしくは入ることを禁止しているような区画はありますか?」
「そら鉱山ですからね。掘っててここは危険って場所はいくつもありますが」
「広い空間となるとどうでしょうか。地下の深いところにあると思うのですが」
「広い空間、ですか? どうだ、そんなところあったか?」
親方が他の者を見回すと、隣の男が、
「確か6号坑道の奥に古い採掘跡地があったんじゃなかったですかね。適当に指示したら下手に広く掘りすぎちまって、崩れるかもってんで閉鎖してたと思うんですが」
と答えた。
「なんだそりゃ。そんな話初めて聞いたぞ」
「自分も前任から酒の席で聞いた話なんで、もう引き継がれてないのかもしれませんな。完全に閉鎖してて、間違って入ることもできな状態らしいんで」
「書類も残ってなかった気がするな。まあいい……とまあ、そういうことらしいです。それがなにか問題あるんでしょうか?」
「ええ、その場所を調べる必要がありそうです。そうでしょうジゼルさん?」
俺がそう聞いたのは、ジゼルと呼ばれた真面目そうな男の視線が、「6号坑道」の言葉が出た途端に急に泳ぎ出したからだ。
「……くっ!」
ジゼル氏は俺が目を向けた瞬間、後ろを向いていきなり逃げ出した。
だがマリアネが一瞬で追いついて、腕を取って地面に組み伏せた。そのあまりに早い動きに公爵を始め、その場にいた人間が目を丸くした。もちろん『ソールの導き』のメンバーは無反応だ。
後はこれで彼を尋問すれば情報は得られるだろう。
そう考えた時、マリアネに組み伏せられていたジゼル氏が、急に全身を痙攣させ始めた。毒かと思ったが、彼はなにかを飲み込むような動作はしていない。
「ソウシさま、その方の身体から呪いのような邪な力を感じます。浄化をしてよろしいでしょうか?」
「頼む」
フレイニルの言葉に俺は許可を出す。
しかしフレイニルの聖属性魔法『浄化』が発動する前に、ジゼル氏は口から黒い血を吐いてこと切れてしまった。
口封じだろうか。フレイニルの言葉からすると、なんらかの術をかけられていたということだろう。
ということは、この鉱山に潜んでいるはずの『冥府の燭台』は、彼が捕まったことをどこかで見ているということになる。
「ソウシさん、あそこから人が出てきます」
スフェーニアが指さす先は、すり鉢状になった採掘場の、その一番下に開いた横穴の前だった。
確かに灰色ローブの人間たちがぞろぞろと出てきている。しかもその中に、遠目でも異様とわかる雰囲気の人間が2人いた。他の者と同じく灰色のローブを着てはいるが、身にまとう力があまりに他の人間と隔絶しているのだ。そう、あのサラーサと同じように。
フレイニルが厳しい顔つきで俺の方を見上げてくる。
「ソウシさま、間違いなくあの集団の中にサラーサと同じ人間が、『冥府の燭台』の『三燭』と思われる人間が2人います」
「やはりそうか。しかし自分たちから出てくるとは思わなかったな。まあ居場所はほぼ知られたようなものだから、それを察しただけか」
『冥府の燭台』のことだ、ジゼル氏の身体になんらかの術を施して、様子を探ることなどもできるのだろう。
俺は『冥府の燭台』の連中を気味悪そうに眺めているアルマンド公爵に声をかけた。
「公爵閣下、彼らは私たちが対応します。何があるかわかりませんので、鉱員たちを避難させてください」
「承知しました。しかしあれが『冥府の燭台』なのですね」
「ええ。しかも幸運なことに残り2人の幹部も揃っているようですので、ここで決着をつけたいと思います」
「武運を祈っています。オクノ侯爵には必要ないかもしれませんが」
そう言って、公爵はその場から下がって兵士たちに指示を始めた。
俺は『ソールの導き』のメンバーが揃っているのを確認する。決着の時と感じているのか、すでに全員が臨戦態勢に入っているようだ。
「よし、連中を全員とらえよう。もっともそんな簡単にはいかないだろうが」
「見るからに何か仕掛けてくるって感じだよね。逃げる気もないみたいだし」
ラーニの言葉通り、100人を超す『冥府の燭台』の連中は、採掘場のすり鉢の底で、ひとかたまりに集まったまま動きを止めていた。
2人の幹部と思しき人物がその集団の前に立ち、どうやら俺たちを待っているような雰囲気だ。
俺は『万物を均すもの』と『不動不倒の城壁』を取り出して、採掘場の底へと続く坂道へと足を踏み出した。