21章 アルマンド公爵領 19
豪雨のように降り注ぐ魔法をすべて受け止めつつ、一歩また一歩と前に出る俺。
そのおかしさになにかを感じたのだろうか、最前列の『悪魔』たちがわずかに後ずさる。しかしそれでも、『悪魔』は口から火や氷や岩の槍を放つのをやめることはない。
奇妙な均衡を見せる戦場。その中で『ソールの導き』の後衛陣が動いた。
「『神霊の猛り』いきます」
先行するのはフレイニルの全体強化魔法である。
俺の『将の器』スキルによってメンバーはすでに3割以上能力が向上しているが、それがさらに1割ほど上昇する。俺自身全身に力がみなぎるのを感じるので、その効果は非常に大きい。
強化を受けたスフェーニアが、直後に杖『ビフロスト』を天に掲げる。
「大地に還りなさい、『ラーヴァサイクロン』!」
悪魔たちの群れの中央右に突如赤く輝く太い柱が立ち上る。
それは竜巻のように回転する溶岩のうねりであり、圧倒的な熱と破壊の力をもって周囲の悪魔たちを飲み込んでいく。数十の小型悪魔が消滅し、さらには1体の巨大クモ型悪魔がそれによって焼き尽くされて消えていった。
「悪魔か。やはり一度詳しく調べたいものだな」
戦場にそぐわない言葉を口にするのはゲシューラだ。短杖を前方に突き出して、得意の風刃魔法を放つ。
幅5メートルを超える、わずかに空気のゆがみとして認識できる刃が水平に飛翔し、軌道上にいる悪魔たちを容赦なく上下に切断していく。その刃は途中で上昇し、巨大クモ型悪魔の首を3つとも切り落とした。
「さすがに魔法は2人にはかなわぬのう。『フレイムサイクロン』!」
と言いながら、黒い錫杖『招精の道標』を両手で前に出し、上級火魔法を放つシズナ。
地面から吹き上がる炎の柱が、十数体の小型悪魔を飲み込んで灰にする。
しかしいくら力が上がっていると言っても、『ソールの導き』の後衛陣の魔法は凄まじい。悪魔が俺の『圧壊波』の射程に入るまで、さらにもう一撃ずつの魔法射撃が行われ、同等の被害を悪魔たちに与えた。
2撃目はフレイニルもあわせて『聖光』を放っていたが、『多重魔法』『範囲拡大』『遠隔』を併用することで半径50メートルほどの範囲に光の雨を降らせ、直下の小型悪魔たちを穴だらけにしていた。回復役とは思えない、空恐ろしいほどの火力である。
とはいえ悪魔たちの隊列は、後ろからの圧にも押されてじりじりと前に出てくる。しかしそれは、俺の『圧壊波』の射程に入ることを意味している。
「ソウシが一発やったら出るからね!」
「了解した」
ラーニの叫びに答え、俺は悪魔たちの魔法を受け止めつつ、身体を半身にして、『不動不倒の城壁』を前に構えたまま、『万物を均すもの』を身体の後ろに思い切り引き絞った。最初の一撃だ、全力で撃たせてもらおう。
「あああッ!」
自然と口からほとばり出る声とともに、俺は『万物を均すもの』を横薙ぎに振り切った。
凄まじい風切り音と、そしてほとんどそれ自体が衝撃をもいえる破裂音。不可視にして明確に存在する、凝縮された力の波が俺の前に放出された。
圧倒的な破壊のエネルギーは地面をえぐりながら扇状に広がり、瞬時に悪魔たちの群れに到達した。
その後の現象は、実際には一瞬である。
前面にいた20体以上の小型悪魔たちの頭部が、見えない壁にぶち当たったかのように潰れ、身体といっしょくたになって弾け飛ぶ。その後ろに並んでいた悪魔たちも、次々と同じ末路を辿っていった。
ケンタウロス型の巨大悪魔は下半分が潰れて消えてなくなり、残った上半身も衝撃の余波を受け空中で爆散。8本足の巨大クモ型は足がすべて四散し、3つの頭をつけた胴体が半分削られた状態で宙を舞った。
結局その一撃で消滅した小型悪魔は100体を超え、ケンタウロス型2体、巨大クモ型3体も同時に黒い霧へと還っていった。
悪魔の隊列の中央部には、巨人がそこだけすべてを踏み潰したようにぽっかりと空白が残っていた。
「いやいやいや、本当に意味がわからない破壊力だねソウシさんの一撃は!」
「ソウシ殿にだけは、どうあっても追いつく気がしないでござるな」
大剣『獣王の大牙』を肩に担ぐカルマと、薙刀『吹雪』を脇に抱えるサクラヒメが、後ろから俺を追い越していく。
「でもアタシも負けてらんないからね。デカブツは何匹かいただくよ!」
「それがしも負けてはおられぬ。ドロツィッテ殿に楽をさせるためにも、目立つ悪魔は叩き斬ろう」
左右から迫る小型悪魔をそれぞれ一瞬で斬り捨てながら、2人は次の悪魔へと走っていった。
「あ~っ、カルマに遅れる! ソウシはあの一番大きいのと真ん中だけやってね! 横からくるのはわたしたちがやっとくから!」
「そのようによろしくお願いします。危なくなったらこちらへ戻ってきますので」
ラーニとマリアネもカルマたちの後を追っていった。
スピード型の2人の動きは、すでに俺の動体視力でも追うことが難しい。ラーニは『空間跳び』で瞬間移動するので本当に見えない時があり、マリアネも素の瞬発力の高さと高レベルの『疾駆・瞬』が瞬間移動に近い動きを実現している。2人とも『跳躍』と二段ジャンプの『空間蹴り』持ちのため、立体的に動けるのも目を引き付ける。悪魔は全く動きについていくこともできず、すれ違いざまに次々と解体されていく。
「私も負けていられませんわね」
最後に走っていったマリシエールもスピードは負けていない。
彼女が『疾駆』で駆けるたびに、悪魔たちが不思議な動きで宙に跳ね上げられていく。もちろんその前に長剣『運命を告げるもの』が、その胴体を真っ二つにしている。もはや悪魔たちはマリシエールの前に吸い込まれるように寄ってきて、そしてまとめて両断されていく。
俺が二発目の『圧壊波』を正面に放つと、さらに1体のケンタウロス型と2体の大型クモが粉々になった。ツチノコ型の超巨大悪魔の顔面にも直撃して、そいつは巨体を大きくのけぞらせた。小型の悪魔が俺から距離を取り始めたのは、明らかに俺を恐れてのことだろう。
もっとも吐き出す魔法はほぼ盾で防がれ、たまにすり抜けた魔法も黄金の鎧『神嶺の頂』に傷一つつけられず、一撃で仲間が100体以上すり潰されればどんな奴でも恐怖を感じるに違いない。
それでもケンタウロス型の大型悪魔はさすがに向かってくるが、後衛組の魔法を受けたところを前衛組に止めをさされ、あっという間に倒されてしまった。
「前に出てあのデカいのを倒す。シズナは守りを頼む!」
「あいわかった。強烈な一撃を見せてたもれ」
「期待しています、ソウシさん」
シズナの言葉にスフェーニアの少し潤んだような声が続く。その余裕ぶりに、俺は笑みを浮かべながら、ツチノコ型の元へと走っていった。
ツチノコ型以外で残っている大型悪魔は、巨大クモ型が6体だけである。しかも明らかに逃げ腰になっていて、俺たちの後方、領都方面に逃げ出すように動き始めていた。もはや魔法を吐き出すことも忘れており、おかげでカルマやラーニ達がそれぞれ一体ずつを後ろから倒してしまう。大型クモと初めて戦った時はその硬さに驚いたものだが、その皮も骨も、もはや彼女たちの刃を止める役には立たないようだ。
俺が目の前まで近づくと、こちらを向いた無表情なツチノコ型の巨大な顔に、わずかに感情のゆらぎが現れた気がした。
それは嘲りでもなく、怒りでもなく、恐れでもなく、むしろ救いを求めるような表情であるように俺には感じられた。
「お前がなにを求めているのかわからないが、俺がくれてやれるのはこれだけだ」
ツチノコ型が10本の腕で俺につかみかかろうとする。俺はそれには頓着せず、『万物を均すもの』を、身体を限界まで引き絞るようにして振り上げた。
「おおおおおッ!!」
掴んでくる巨大な腕を『不動不倒の城壁』を一振りして払いのけ、一気に前に踏み込む。全身に溜めた力を一気に解放するように、俺は黄金の槌頭を、灰色の顔の鼻の下、『人中』と呼ばれる部分に叩きつけた。
不思議なことに、その瞬間俺の周囲は無音になった。
悪魔の顔の中心部分がぽっかりと消滅し、そして悪魔の巨大な身体がピンと跳ね上がる。
一瞬の後、身体の中で同時に複数の爆弾が炸裂したかのように、悪魔の全身が爆散した。その爆発は周囲をも巻き込んで、多くの小型悪魔を同時に粉砕した。
もはや俺の一撃は物理法則を超越したなにかになっているようだ。もっとも『覚醒者』の力、スキルの力をはそういうものであるし、俺自身に特段の驚きはなかった。
その一撃で前方の悪魔は完全にいなくなった。散開しながら領都のほうに走っていく小型悪魔たちは結局50体ほどか。大型クモも1体だけ逃したが、それくらいならドロツィッテがどうとでもするだろう。
俺がその場に立ち止まっていると、後ろからフレイニルたちが走ってきた。
「ソウシさまの一撃は、すでに神話の神のお力に匹敵すると思います」
そんなことを真面目な顔で言うフレイニルに、俺は苦笑いを返すしかない。さすがに今の攻撃は「そこまでではない」などと謙遜するのがはばかられた。
「素晴らしい一撃でした。ソウシさんのお力は限りを知らないように見えますね」
といつものように目を潤ませているのはスフェーニアだ。先ほどの破壊劇は彼女の期待に応えられるものだったようだ。
遅れてシズナが『精霊』の岩人形とともにやってくる。
「ソウシ殿の力はまったくもって底が見えんのう。しかし結局『精霊』の出番がほとんどなかったの」
「だが魔法を何発かは防いでいただろう? それだけでも大きいと思うが」
「それはそうなんじゃがのう。まったく『ソールの導き』は各人が強すぎて笑うしかないの」
シズナと話をしているとラーニたちも戻ってきた。多少怪我をしているようだが、フレイニルの生命魔法で即座に治療される。
「では鉱山へと急ぐとしようか。悪魔がこれで終わりとも限らない。警戒だけは怠らないようにしよう」
俺は『空間魔法』から馬車を取り出しながら指示をして、そして遠くに見える山へと視線を移した。そのふもとに目的地である鉱山はあるらしい。
妙な話だが、公爵たちは無事であるという強烈な予感がある。
それは恐らくスキルによるものだろうが、とすれば、やはり急いで現地に向かわねばならない。




