21章 アルマンド公爵領 17
翌朝、俺たちは朝一でバアラの町を出発した。
もちろん『精霊』が牽く馬車に乗っての道のりである。嫌な予感がするので急がせたが、さすがに人が行き交う街道で馬車をそこまで飛ばすこともできない。
道中馬車に同乗したマリアネに聞いたが、ドロツィッテの指示で、バアラの町の冒険者ギルドには、領主の依頼になるべく優先して当たるように指示をしてあるらしい。それと『聖属性魔法』が使える冒険者に街中の警備を頼むという依頼をギルドから出したようだ。そのあたりのフォローはさすがグランドマスターとしか言いようがない。
「しかしそういった費用は結局どう補填するんだ? ギルドの持ち出しというわけにもいかないだろう?」
「基本的には現地の領主と相談ということになります。ただ今回の場合は状況が複雑ですから、アルマンド公爵、そして国王陛下とも相談が必要になるかもしれません」
「そうか。今回の件は子爵家だけでなんとかしろというのも無理な話だからな。フレイニルも公爵が助けるだろうとは言っていたが……」
「公爵が鉱山に行ったというのは少し気になりますね」
「ああ」
焦る気持ちを抱えつつも野営にて2泊をして、翌々日の昼前には公爵領の領都に到着した。
とるものもとりあえず公爵邸へと向かったのだが、驚いたのは、俺たちの到着を知るや公爵の妻であるゼオラーナ夫人が髪を振り乱すようにして玄関にやってきたことだ。明らかに何かあったと直感させる状況である。
「ああ、オクノ侯爵閣下、よくお戻りになってくださいました!」
「はい。ドルマット子爵邸やバアラの町での出来事を報告に参上したのですが、公爵閣下は鉱山の調査に向かわれたとか」
「ええ、ええ、そうなのです。ところが今朝になって、鉱山に向かった夫から伝令がやってきたのです。鉱山に悪魔が現れたので、急ぎ兵と、可能な限りの冒険者を雇って送って欲しいと……! ああ、しかも……!」
そこでゼオラーナ夫人は顔を両手で覆って、取り乱しそうになる自分を抑えるような動作をした。
「しかも先ほど、鉱山の方から悪魔が大挙してこちらに向かっているという報告まで入ってきて、それでどうしたらよいか私もわからず……! 新しい家宰が決まっておらず、今当家でこのような自体に対応できる者がいないのです。一応領軍の将をしている者には急ぎ準備をさせてはいますが、あまりに色々なことがありすぎて……!」
「なるほど、わかりました。こちらでお力になれることはいたしましょう。まずはその伝令の兵と、悪魔が向かっていると報告をして来た者に会わせてください。情報を聞いた後すぐに動きます」
「よろしくお願いいたします、どうかお力をお貸しください! あの人がいなければ、わたくしはどうしたらよいかわからないのです!」
そう言うと、ゼオラーナ夫人はよろよろとその場に崩れそうになり、使用人に支えられるようにして下がっていった。青い顔をしつつも使用人に指示は出していたので、伝令の兵たちはすぐに来るだろう。
ひとまず通された応接の間で待っていると、伝令の兵と、悪魔の侵攻をしらせに来た物見の兵はすぐにやってきた。
彼らの話によると、まず公爵だが、娘のミランネラ嬢と200人ほどの兵を連れて東にある鉱山へと向かったとのことであった。
ところが鉱山の敷地内に入ろうかというところで、敷地の上空に黒い穴が開いているのを見つけたそうだ。
それが話に聞く『異界の門』だと察した公爵は、すぐに対応をするよう鉱山の責任者に会いに行き、一方で伝令の兵を領都に向かわせたらしい。
その伝令の兵である彼は、実際に黒い穴が大きく広がり、中から異形のモンスターが出現するのを見たそうなので、『異界の門』が鉱山敷地内に開いたのは間違いなさそうだ。
一方で物見の兵の話だが、彼は『遠見』のスキルを持っている『覚醒者』だそうで、物見櫓から数百の異形のモンスターが領都を目指して行進しているが見えたらしい。大型のものも多数交じっているとのことで、悪魔の襲撃としては最大のものになりそうだ。
その行軍速度からすると、今日の夕方には領都に到達するだろうとのことである。
「領軍の準備は進んでいるのですね?」
その場に同席したゼオラーナ夫人に再度確認を取ると、彼女は顔色を悪くしながらもうなずいた。
「え、ええ。現在兵を編成していて、すぐに城壁の守りを固めるとのことです。付近の農村部などにも兵を送って避難はさせております」
「結構なことだと思います。しかし公爵閣下らがどうなったのかは心配です。鉱山の方に急ぎ向かう必要がありそうですね」
「そ、そうなのです! どうかあの人と娘がどうなったのか……もし生きているなら……いえきっと生きているはずですから、なんとしても助けていただきたいのです!」
「わかりました。どちらにしても悪魔は迎え撃たねばなりませんし、鉱山へも向かいましょう。ところでここから鉱山まではどの程度の距離なのでしょうか?」
「馬車で2日ほどと聞いております。距離としては侯爵がいらっしゃったバアラの町の半分ほどかと」
「それならすぐに向かいましょう」
俺は夫人を落ち着かせるようにうなずいてみせてから、ドロツィッテの方に目を向けた。
「ドロツィッテ、済まないが冒険者の方は頼めるか?」
「了解した。すぐに取りまとめて領都防衛にあたらせよう。といっても大部分はソウシさんたちが片づけてしまう気もするけれどね」
「討ち漏らしは相当数出るだろうし、この機に乗じてなにか別のことが起こるとも限らないからな。こちらのほうにも『冥府の燭台』の構成員がいるだろう」
「そうだね、そちらも警戒をしないとならないね。でもそれはゼオラーナ夫人と相談をしてやっておくから、ソウシさんは鉱山のほうに注力してほしい」
「わかった、そうさせてもらおう。皆、動きっぱなしで悪いが、このあと鉱山にすぐに出発する。途中で悪魔の大軍を相手にすることになるがそれは覚悟をしてくれ」
かなり無茶なことを言っていると自覚はしつつメンバーの方を見ると、全員涼しい顔でうなずいた。ラーニやカルマなどはむしろ笑顔でサムズアップをしているし、サクラヒメやシズナもなんとなくウズウズしている雰囲気がある。
「最近小さな戦いばっかりでストレス溜まっているからむしろありがたいくらいかな。それよりソウシはやりすぎないでね。こっちの獲物がいなくなっちゃうから」
ラーニがそんなことを言い出すと、ゼオラーナ夫人は目を大きく見開いて、青い顔をさらに青くした。
「その、もしかして悪魔の大軍の中を進んでいくおつもりなのですか?」
「ええ、鉱山に急ぐにはそれしかありませんので。悪魔も無限に湧き出すわけではないと思いますので大丈夫です」
「そ、そのような無茶なことを……」
ゼオラーナ夫人が言葉を失っていると、ドロツィッテが横から声をかけた。
「ゼオラーナ夫人、オクノ侯爵は3000の『黄昏の眷族』を相手に単騎で突入してその長の首を討ち取る、『鬼神』と呼ばれる最強の冒険者です。悪魔など何千いようが相手にもなりませんから心配には及びませんよ」
「そのお話はお聞きしましたが……ほ、本当のことなのですか……?」
「私もその場にいましたし、皇帝陛下もそちらのマリシエール皇妹殿下も証人となってくださいますよ」
「ええ、わたくしもこの目ではっきりと拝見いたしました。オクノ侯爵様が『黄昏の眷族』の王を素手で倒される様を」
マリシエールが優雅に微笑みながら証言をすると、ゼオラーナ夫人は背もたれに倒れ込みながら、「疑ってしまい申し訳ありません」と消え入るような声を出した。
確かに食事の場で俺たちの話はしたが、あんな荒唐無稽な話、すべて信じろと言うほうが無理である。貴族であればなおさら、あの手の話は脚色していることを前提に受け取っているはずである。俺が同じ立場でも間違いなく眉に唾つけて聞いていただろう。
「さて、各自の動きをまとめましょう。まずゼオラーナ夫人は、領軍の方の動きを把握しておいてください。実際の動きは将軍にお任せすれば大丈夫です。それから先ほども申しましたが、こういった機に乗じて無法を働くものもおります。特に『冥府の燭台』の関係者がまだ潜伏している可能性もあります。バアラの町にいた『冥府の燭台』の幹部は子爵のご子息が討ちましたのでまとまった動きはないかと思いますが、領都内の警備を厳にするようにご指示ください。もちろん夫人の身の回りも警備を厳重にしておいた方がよろしいかと思います」
「か、かしこまりました」
「ドロツィッテは冒険者を動かして、都の守りを固める手伝いをしてくれ。領都内の警備も頼む」
「『聖属性魔法』スキル持ちがいるパーティに巡回をさせるよ。そちらはここのギルドマスターに任せても大丈夫だろうから、私の方は指示をしたらゼオラーナ夫人の補助に回ろう」
「そうしてほしい。何かあれば『通話の魔道具』で連絡をとろう。ゼオラーナ夫人もよろしいですね?」
「は、はい。冒険者ギルドのグランドマスターの助力がいただけるのは大変助かります」
「俺たちはこのまますぐに出発して鉱山へ向かう。途中で悪魔の大群の中を突っ切るが、大型のものを率先して潰しておく。悪魔はこちらが強いと逃げる習性もあるようだから俺たちがすべて倒すのは不可能だろうが、そこは仕方ない」
「悪魔って逃げることがあるのかい?」
カルマが耳をピクッとさせて興味ありげな様子を見せる。
「ああ、メカリナンで戦った時逃げ出した奴がいた。モンスターと違ってそういった習性があるようだ」
「それってソウシさんだから逃げ出したんじゃないかねえ」
「どうだろうな。ともかく俺たちはすぐに出よう。準備をしてくれ」
俺は立ち上がりながら、サラーサの最後の言葉を思い出していた。
奴は「自分の命を糧にして」「教義にもとることをする」などと言っていたが、以前イスナーニが『異界の門』を開いていたことと併せて考えると、この悪魔の出現が『冥府の燭台』の手によるものだというのは間違いないだろう。
とすると鉱山にも『冥府の燭台』の幹部がいる可能性もある。
もしそうなら、ラーニの言いようではないが、存分にメイスが振るえる舞台を用意してくれた礼はしないとならないかもしれない。