21章 アルマンド公爵領 16
『冥府の燭台』の拠点と思われる商館。
その中を調べていたメンバーが戻ってきたところで、この館で何が行われていたのか、大まかにわかってきた。
まずはアンデッドを召喚する石板で、倉庫に大量に集積されていたこと、それと帳簿があったことから、この場所から各地に送られていたことが確定した。また製造途中の石板も多くあり、どうやら石板の製造もここでされていたらしい。先ほどの痩せた男に聞くとそれらについても素直に認めた。
次に見つかったのはやはり金である。恐らくはアルマンド公爵家から持ち出したものだろうが、この拠点は『冥府の燭台』が活動をする上でも非常に重要な場所ということが確定した。
それから薬を作る部屋もあった。薬というと薬師のホーフェナ女史を思い出すが、その部屋は彼女が薬を作っていた部屋とは趣が違い、なんとなく化学的な研究室のように見えた。
一緒にその部屋に入ったドロツィッテが、
「これは錬金術の研究をする部屋だね。この感じだと薬を……それも毒に近いものを研究していたようだ」
と教えてくれたが、この大陸には錬金術という技術があり、様々な物質や薬品などをその技術によって作り出せるらしい。
先ほどの痩せた男に聞くと、『冥府の燭台』はその錬金術によって疫病の病原体や、人を狂暴にする薬などを作っていたようだ。前者はこの町に疫病を流行らせるのに使い、後者は人に殺し合いをさせるのに使ったとのことで、『冥府の燭台』の恐ろしい実態がさらに鮮明になった形である。
それら一通りのことが判明すると、ドロツィッテとマリアネはギルドへと連絡を取りにいった。そちら経由でアルマンド公爵とヴァーミリアン王国の国王陛下にも速やかに話は伝わるだろう。もちろん後で俺の方からも正式に連絡はしなければならないが。
一方でこの捕まえた連中をどうするかだが、これは町の領主であるニールセン青年が動くしかない。
「ニールセン君、いや領主代行少しいいか?」
俺が声を掛けると、それまでなりゆきをじっと見守っていた青年は、軽く頭を振ってから俺に向き直った。
「ああ、なんだ?」
「まだ混乱しているかもしれないが、ここから先は君の仕事だ。まず衛兵をとりまとめてこいつらを捕まえるように指示してもらえないか?」
「ああ、そうだな。ここからは俺がやんなきゃならないんだよな。わかった、とりあえず館に戻ってわかる奴をひっぱりだして衛兵を連れてくるわ」
「頼む。公爵へは冒険者ギルドを通して連絡は行くと思うが、君からも連絡はしておいてくれ。その後どうするかは公爵閣下から指示があるだろう」
「わかった。すぐに衛兵は動かす。悪いがそれまではここを頼む」
そう言って、ニールセン青年は走って館の外へと出て行った。
その後『冥府の燭台』の構成員を何人か尋問したが、イスナーニとワーヒドゥの居場所も、他の拠点の場所も情報を聞くことができなかった。そのあたりの情報は幹部である『三燭』しか知らないらしい。
ただ問題は、サラーサが持っていた書類に鉱山に関する記述が多くあったことだ。解放奴隷もそちらに連れていかれたということなら、鉱山にも『冥府の燭台』の手が入っている可能性は高い。
「公爵に鉱山の調査を頼んだのは失敗だったか……?」
かすかな焦燥感にかられていると、衛兵を連れたニールセン青年がやってきて、灰色ローブの構成員を縄をかけて連れていった。彼はこれから、この町の領主として色々と大変な日々を送ることになるだろう。『冥府の燭台』の傷跡がどこまで残っているのかにもよるが、決して楽な話にはならないはずだ。
そんなことを考えながら青年の後姿を見送っていると、フレイニルが隣に身を寄せてきた。
「ソウシさま、なにをお考えなのですか?」
「ああ、彼もこれから大変だろうと思ってな。『冥府の燭台』に荒らされた町を立て直すなんて、いきなりやれと言われても難しいだろう」
「それは父……いえ、アルマンド公爵が助けるのだと思います」
「ああそうか、確かにそうだな。俺はまだそういうのには疎いようだ」
「ソウシさまには私たち『ソールの導き』がいますから、ソウシさまが気付かないことはお助けいたします。ソウシさまがすべておやりになる必要はないと思います」
「ありがとうフレイ、本当にフレイの言う通りだ。これからもあてにさせてもらおう」
と答えると、フレイニルは嬉しそうに笑みを浮かべた。
「ところでこの後どうされますか?」
「まずがギルドへ行ってマリアネたちと合流しよう。その後は適当な宿をとるか、それとも野営で一晩過ごすかだな。さすがに俺たちがドルマット子爵の家に行ったら領主代行も大変だろう」
「そうですね」
その後俺たちは無人になった館の見張りを衛兵に任せ、ギルドに向かいマリアネたちと合流をした。
幸いいい宿が見つかったので、メンバー全員そちらに一泊をすることにした。
夕食を取った後、夜分に俺一人でドルマット子爵邸に様子を見に行った。館に行くと家宰らしき中年男性が出てきて、執務室に通された。
ニールセン青年は机に座って書類をなにか物を書いていたようだが、俺が入ると椅子から立ち上がった。
「ああおっさ……侯爵閣下か。済まねえ侯爵様の対応ができなかった」
「構わない。もともとこちらも勝手に動くつもりだったからな。宿もこちらで勝手に取ったから気にしないでくれ」
「ホント悪いな。俺もさすがにいっぱいいっぱいでよ」
「それは仕方ないさ。今はこの町のことと家の事を優先してほしい。それより『冥府の燭台』の連中はどうなった?」
「なんとか町の中にいた灰ローブの連中も全員捕まえて、まとめて留置場に放り込んだ。公爵様には連絡はしたが、出かけちまったみたいで対応は公爵様が戻ってからと言われちまったけどな」
「出かけた?」
「鉱山を見に行ったとか言ってたな」
「鉱山……」
俺からの情報を得て動いたということだろうが、まさか本人が直接動くとは思わなかった。
こちらの動きが一段落するまでは公爵本人には館にいてもらいたかったのだが、もしかしたら家宰に裏切られていたという経験が彼を焦らせてしまったのかもしれない。
「灰ローブの人間は多くが『覚醒者』だが、留置場は大丈夫か?」
「一応冒険者に警備を頼んだからしばらくは大丈夫だ。ただ金の方がな……」
「ふむ……。ならばこれを君に預けておこうか」
俺は『アイテムボックス』から金の入った袋を渡した。
「おいおっさ……じゃなくて侯爵様、こいつは……」
「王家の監察官として、連中の取り扱いをドルマット子爵家に任せる。これはそのための必要経費だ」
「いやこれは量が多すぎじゃ……」
「冒険者を雇う費用だけでなく、『冥府の燭台』の連中を食わせる金も必要だろう。世話係も増やさないとならない。金はいくらあっても足りないはずだ」
「ああそうか、俺が思ったより金がかかるんだな。クソ、そういうのはまったく勉強してこなかったぜ」
「それはこれから嫌でも勉強することになるだろうな。まあとにかく、俺たちは明日にはここを発って次の動きに入らないとならない。あの灰ローブの連中については君にすべて投げることになる。もう一度言うがこれはただの必要経費だ。取っておいてくれ」
「わかった。済まねえな……恩に着るぜ」
ニールセン青年はそう言うと、神妙な顔で頭を下げた。
彼は彼で多少は問題のあった身だが、身内を『冥府の燭台』に害され、さらに自分の故郷の町を食い物にされた辛さは想像を絶するものがある。まだ若者である彼の身の上を思えば、年上として力を貸さないということはできないだろう。俺自身、それができる余裕があるというのも大きいのだが。
その後少しだけ青年の相談に乗ったりして、俺は宿へと戻った。
しかし公爵が自ら調査に出たという話は引っかかる。
彼の気持ちも分からなくはないが、さすがに領主としては軽挙妄動のそしりを免れない動きだろう。俺が思ったより、公爵は領主としての実務に慣れていないか、得意ではないのかもしれない。とりあえず夜が明けたら最速で公爵の館に戻る必要がありそうだ。