21章 アルマンド公爵領 15
地下から1階に戻ると、そこには『冥府の燭台』の構成員たちはいなかった。
代わりに玄関ロビーの方で争う音が聞こえてくるが、「抵抗するのであれば容赦はしませんわ」という声が聞こえてきたので、どうやらマリシエールたちがやってきたようだ。
それでも構成員たちは抵抗をしていたようだが、『ソールの導き』のメンバーに太刀打ちなどできるはずもなく、俺たちが玄関ロビーに入ったときには、灰ローブを着た構成員たちは全員床に倒れ伏すか膝をついて手を上げているかであった。
俺たち『ソールの導き』は王家の監察官一行ということになるので、その任務遂行を阻んだ時点で彼らはすでに重罪である。前の世界の感覚が残っている俺からすると乱暴な話に感じられるが、こちらではそれが当たり前だ。
倒れている構成員たちは当然ながら怪我をしているものがほとんどだが、彼らは『覚醒者』なので死ぬことはないだろう。先と同じ理由で死んだとしても文句は言えないのだが、マリシエールたちもそこは多少の配慮をしたらしい。
俺がロビーに入って行くと、マリシエールが気づいて近づいてきた。
「ソウシ様、ご無事でしたのね」
「ああ、マリシエールたちもお疲れさま。こちらは『冥府の燭台』のサラーサ本人と戦って、ニールセン領主代行の活躍で討ち取ることができた。街中のアンデッドのほうはどうなった?」
「出現したものはすべて討伐し、今は他の冒険者たちが街中を見回っているところですわ。ところでサラーサを討ち取ったということは、この建物はやはり『冥府の燭台』の拠点ということですわね」
「そのようだ。公爵家から盗んだ資金を扱ったり、アンデッドを召喚する石板の輸送拠点になっていたりするようだが、まだ館は詳しく調べてない。手分けして調査をしよう」
「わかりましたわ。ソウシ様はこちらで指揮をとってください。わたくしたちが捜索をいたします」
「そうだな、俺はニールセン領主代行とここを見張っていよう。済まないが全員館の調査をしてくれ」
「はいソウシさま」
「お宝でもあるといいけどね~」
「ラーニは気楽でいいのう。わらわは逆にろくでもないものがありそうな気がしてならんのじゃが」
「だねえ。ちょっと嫌な臭いがするからその可能性は高そうだよ」
「集めた情報を考えるとカルマの言葉が正しそうだ。あまりに気分が悪くなるようなのは勘弁してもらいたいところだね」
ドロツィッテの言う通り、サラーサの言葉を思い出す限りではこの館で非人道的な行為があった可能性は高い。
俺の指示に従って、10人が奥の部屋や二階へと散っていった。
「なあ、こいつらに話を聞いかなくてもいいのか?」
灰ローブの構成員たちを見張っていると、ニールセン青年がそう言ってきた。
尋問は公爵や王家の調査員に任せたいところだが、確かに少しは聞いてもいいかもしれない。
「そうだな。おい、お前」
俺は膝をついて青い顔をしている痩せた男の前に立った。
「な、なんだ……?」
「ここはなにをする場所だ、答えろ」
『冥府の燭台』の構成員がどういう者たちなのかわからないので強い威圧を込めて聞くと、痩せた男は「ひ……っ」と声をつまらせ、急にガタガタと震え出した。
威圧が効き過ぎたようだ。後ろでニールセン青年が「侯爵閣下ドラゴンよりおっかねえ……」と言っているのでそれくらいの圧力を与えているのかもしれない。
「どうした、答えろ」
再度質問をすると、痩せた男はようやく口を開いた。
「こ、ここは我ら『冥府の燭台』の……拠点の一つだ。資金を調達してイスナーニ様やワーヒドゥ様たちに供出するほか、召喚石板の製造を行っている……」
「それだけか? サラーサはこの町に疫病を流行らせたと言っていた。しかもその疫病患者はお前たちが面倒を見ていたそうじゃないか。それにつていはどうなんだ?」
「そ……それは……、あの人間たちには『迷い姫』様の元へ行くという栄誉を与えたのだ……」
「つまり殺したということか?」
「違う……。それでは不十分だとサラーサ様はおっしゃっていた……。だから殺し合いをさせた……。あの人間たちは、互いに『迷い姫』様の元に相手を送り合ったのだ……」
「なんだと……? 無理矢理戦わせたのか? 病人に?」
「そうだ……。勝てば疫病の薬を与えると言ったら……皆喜んで戦ったのだ……」
「……そうか」
俺に義憤のようなものがすぐに湧いてこなかったのは、恐らくその痩せた男が口にした内容に現実感がなかったからだろう。
逆に言えばそれは幸運だったかもしれない。そうでなければ、目の前で震えながら笑う男の顔に拳を叩きつけていた可能性はあった。
俺が息を吐きだしながら睨むと、男は顔をさらに青くして口をつぐんだ。
奥の方からカルマの声が聞こえてきた。
「ああこりゃ酷いねえ。一体何人ここで殺されたんだかわからないね。あ、フレイは見ないほうがいいけど、ここで『浄化』使ってもらえるかい? それとソウシさんを呼んできてくんなよ」
「……はい、わかりました」
フレイニルが神妙な面持ちでやってきて、「ソウシさま、カルマさんが呼んでいます。あちらの奥の部屋です」と伝えてくる。
俺はその場をニールセン青年とフレイニルに任せて、カルマの声がしたほうに歩いて行った。
部屋に近づくにつれ、腐臭が酷くなってくる。恐らくそれまでは厳重に扉が閉まっていたのだろう。そうでなければ俺ですら気付くはずの臭いの強さである。
入り口の前では、カルマが眉を寄せて苦い顔をして立っていた。マリアネもいたが、すでに中をのぞいたようでやはり微妙に顔をしかめていた。
正直中をのぞきたいとは思わなかったが、リーダーの務めと思って部屋に足を踏み入れる。
そこは壁や天井がコンクリートのようなもので塗り固められた、この世界に来て初めて見る奇妙な部屋だった。
広さは幅と奥行きは15メートルくらいあるだろうか。
恐らくもとは白かったと思われるその壁や床は、赤黒いシミが一面にこびりついている。
そして部屋の回りには、剣や斧や槍といった武器が散乱していた。それら武器も赤黒いものがしみついていて、すでに何度も《《使用された》》ということが嫌でも見て取れる。
そしてもっとも目につくのは、そこかしこに散乱している肉片や骨であった。床に掃いた跡のようなものがあるので、《《大きなもの》》についてはどこかに持ち出して処理されたのだろう。だがそれでも片づけきれないものが残っていたようだ。
それら肉片などをつぶさに見ていくと、明らかに人間のものと思われる指や爪や髪の毛などが交じっている。となれば、ここがどのような場所かはなんとなく予想はつく。そして、先ほどの痩せた男の行ったことが事実であったこともこれで確定したということになる。
俺が部屋から出ると、カルマが俺の肩を叩いた。
「ソウシさん、大丈夫かい?」
「ああ、ある程度予想はできていたからな」
「ならいいんだけどさ。しかしこの部屋は拷問部屋ってことなのかねえ」
「いや、人を連れてきて殺し合いをさせたらしい」
「なんだって?」
俺が先ほど男から聞いた話をすると、カルマと近くで聞いていたマリアネは揃って眉をきつく寄せた。
「なんだってそんな訳の分からないことをさせるんだい?」
「サラーサが言っていたんだが、人間同士が殺し合った時に、彼らの必要とする力がもっとも多く得られるんだそうだ」
「力? 連中は人の命を力にでもしているってのかい」
「そんな感じのことを口にしていたな。アンデッドを召喚するにもその力が必要らしい」
「胸糞悪い連中だね。そりゃさっさと潰さないといけないね」
「同感だ」
そんな話をしながらロビーに戻る。
各場所を調べていたメンバーが戻ってくると、この館にあるものが大体つかめてきた。