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21章 アルマンド公爵領  14

 地下の部屋を覆いつくさんばかりに現れた巨大アリスケルトンの群れ。


 だが俺たちの相手としてはまるで物足りない。とすれば、これが時間稼ぎであることは明らかだ。


 ではその時間稼ぎによって何をするのかと考えて、一番に思いつくのはサラーサの逃走だろう。先ほどの四人組スケルトン以上の手札がこの場にあるとは考えづらいからだ。


「フレイ、出入り口に『絶界魔法』をかけて塞いでもらえるか?」


「はい、わかりました」


 フレイニルがすぐに魔法を発動する。


 入り口の通路付近にはニールセン青年を待機させておいたはずだが、彼は通路の奥にいるのかここからでは確認できなかった。


 ともかく入り口には『絶界魔法』によって蓋はできた。これでサラーサを逃がすことはないはずだ。


 後はアリスケルトンを駆除するだけとサラーサの方を見ると、逃げ道を絶たれたことを知ってか知らずか、サラーサはニヤッと気味の悪い笑みをもらした。


「ふふふ、このアリ程度では相手にならないと思っていますね? ですがこういう技もあるのですよ。『朱骸しゅがい』」


 サラーサの杖から黒い炎が天井に向かって吹きあがる。その炎が火の粉のように降り注ぐと、アリスケルトンの黒い表皮がうっすらと赤みを帯びた。


「強化されたということか。フレイ」


「はい、『後光』いきます」


 部屋の中に光が満ちるが、アリスケルトンの表皮には変化がないように見えた。ただ動きは鈍ったので、効果がなかったわけでもないらしい。


 その直後に、アリスケルトンがこちらに押し寄せてきた。俺は『誘引』を発動して引き付け、近づいてきたものを『万物を均すもの』ですべて粉々に砕いていく。その感触は予想より硬く、さきほどのサラーサの技が防御力を上げるものであったことがわかる。とはいえ俺の力の前では焼け石に水ではある。


「こいつら、ちょっと硬いわね! このっ!」


 一方ラーニの方は苦戦、というほどでもないが、外殻を切断するのに多少てこずっているようだ。『大切断』スキルまで持っているラーニに硬いと言わせるのだから、サラーサの技が面倒なものであるのは間違いない。


 フレイニルとスフェーニアは俺の後ろで魔法を放って、俺の手が届かない場所のアリスケルトンを攻撃している。アンデッドに効果の強いフレイニルの真聖魔法『昇天』も集中しないと効果がないようで、一度に3匹くらいを消滅させるが限度のようだ。なるほどこれは少し厄介だ。


 戦いながらスフェーニアが叫ぶ。


「ソウシさん、これはやはり時間稼ぎではないでしょうか!」


「そうだな。だが逃げることはできないはずだ。アリは俺がなんとかするから、スフェーニアはサラーサに注意を払っていてくれ」


 サラーサの姿はアリスケルトンの向こうに隠れてすでに見えなくなっている。


 目の前のアリスケルトンを、メイスと盾で粉砕しながら俺も周囲には気を配っておく。そういえばサラーサを覆っていた円筒形の結界の光が天井近くまで伸びていたはずだが、それが消えているようだ。どうやら予想通りというわけか。


「ソウシさん、サラーサが逃げようとしているようです! あちらを!」


 スフェーニアが指さす先を見ると、アリの隙間に、入り口とは正反対の方向の壁、例の壁画が描かれている壁の方に走っていくサラーサの姿が見えた。しかもその壁には、いつの間にか人が一人通れるほどの穴が開いている。


 ラーニに追うように声をかけようと口を開きかけた時、その穴に入らんとするサラーサに横から高速で近づく影が見えた。


 その影がサラーサの正面に入り込む。次の瞬間、サラーサの背中から長剣の刃が突き出すのが見えた。影の人物が一瞬の躊躇もなくサラーサを刺し貫いたのだ。


「ぐえ……っ!? あ、貴方は……」


「テメエみたいなカス野郎の考えなんて見え見えなんだよ! 親父と兄貴の仇を逃がすと思ってんのかクソ野郎!」


 それはニールセン青年の怒声だった。


「あ、貴方ごときが『三燭』たる私を……」


「知るかよゴミが! おら、死ねっ!」


 背中から突き出た刃はそのままサラーサの右肩口までを切り裂き、さらにもう一閃してその首を切り落とした。


 ニールセン青年ももとBランク冒険者であるから、その剣技は並ではない。サラーサが常人ではないとはいえ、不意打ちに近い形で攻撃されれば防ぐ術はなかったのであろう。


「とりあえずモンスターを全滅させよう。スフェーニア、サラーサがあれで本当に死んだかどうかはわからない。注意を払っておいてくれ」


「わかりました」


 俺は指示を済ませると、俺の体に噛みついてくるアリスケルトンをまとめて叩き潰した。


 その後数分でアリスケルトンたちは全滅した。秘密の通路と合わせて考えれば、逃げるには十分役に立つモンスターではあった。


 部屋の奥では、ニールセン青年がサラーサの死体を忌々しそうに見下ろしていた。


 俺が近づいていくと、青年は息を吐いて、済まなそうな顔を見せた。


「悪い、ついカッとなってやっちまった。捕まえるつもりだったんだろ」


「確かに捕まえるつもりだったが、この男が素直に捕まるとは最初から思ってはいなかった。逃げられそうになったのは俺のミスだし、むしろ君はよくやってくれた。礼を言いたいくらいだ」


「そうか……。で、どうすんだこいつ」


「死体は回収しておこう」


 俺は答えながら、床に転がっているサラーサの頭部を見下ろした。目を見開いて虚空を睨んでいるその顔は皺だらけの老人になっていた。恐らくそれがサラーサの本当の姿だったのだろう。


 手を伸ばしてその髪をつかもうとすると、サラーサの皺に囲まれた目がギョロリと俺を睨みつけてきた。驚いたことにまだ生きているらしい。一瞬身構えたが、どうやらそれ以上は動くことはないようだ。


「……まさかまさか、私がこのような形で討たれるとは思っていませんでしたよ」


「その状態で生きているということは、やはりお前は普通の人間ではないんだな」


「うくくっ、『三燭』は死を超越した存在なのです。といっても、さすがにこの状態では長くは生きられませんがね」


「超越か。その割にお前自身は弱かったようだが」


「貴方たちのおかげで余計な力を今まで使わされてきましたからね。それも含めて忌々しい存在ですよ、貴方たちは」


「なるほど、そういうことか」


「まあ、私はここで死んでも『迷い姫』様に会いに行くだけですからね。超越というのは死なないという意味ではないのです」


「この壁の絵がその『迷い姫』とやらか」


「そうです。彼女は近いうちに現世に姿を現します。イスナーニとワーヒドゥがいずれそれを実現するでしょう。私の死すらも糧にしてね。その時私もまた現世に戻ってきますよ」


「全部あの世に追い返してやるさ」


「うくっ、その言葉、覚えておきましょう。再び相まみえた時、貴方がその言葉を口にできるかどうか楽しみにしていますよ。ああそれと、少ししたら教義にもとることが起きるかもしれません。部下にそう命じてありますので。うくく……っ」


 その言葉を最後に、サラーサの瞳から急速に光が失われていった。


 するとその頭部も身体も急速に干からびていき、最後はミイラのような状態に変化した。俺の感覚からすると不思議な現象が数多く起こるこの世界だが、それでも初めて見る現象だ。それがまたサラーサが人間を逸脱した存在であった証なのだろう。


 いや、彼の復活がもし本当に起きるのであれば、彼の逸脱ぶりはこれから目にすることになるのかもしれない。なにしろアンデッドがいる世界なのだ。一度死んだ彼が別の形で蘇ってもなにもおかしなことはない。


 ともあれ、サラーサの首をじっと見ていたフレイニルが目をつぶり、そして俺を見上げてきた。


「ソウシさま、この付近の邪な気配は完全に消えたように思います。サラーサは完全に消滅したのではないでしょうか」 


 彼女がそう言うなら、ひとまずサラーサは消えたのだろう。復活の真偽はさておき、これで『冥府の燭台』の三人の幹部のうち一人は倒したことになる。

 

「よし、この部屋を調べて、あるものをすべて回収してマリシエールたちと合流しよう」


「そうですね。そろそろマリシエール様達もこちらに来る頃でしょうし。それにさきほどの最後の言葉も気になります。今のところなにも感じられませんが」


「教義にもとる、か。またロクでもないことをしそうだな。急ぐか」


 俺はラーニとスフェーニアにも部屋を調べるよう指示をして、それからまだサラーサの死体を見下ろしているニールセン青年の肩を叩いてから、サラーサが物書きをしていた机の方へと向かった。


 アリスケルトンのせいで机は倒されていて書類も散乱していたが、読めなくなるほど破れているものはなかった。机の引き出しには冊子が入っていて、どうもそれは帳簿のようだった。


 それらを回収しながらさっと目を通すが、どうやら公爵邸から持ち出した資金とその使い道などが記入されているようだ。ただ気になるのは、その資金のいくばくかが公爵領の鉱山へ送られているらしいことだった。


 こういうのが目につくということは、今までの経験からしてなにかあるしるしである。無論それは『天運』スキルへの信頼でもあった。


「……やることが終わったら、鉱山に急いで向かうか」


 サラーサの死体も含めて『アイテムボックス』への収納を終えると、俺はもう一度奥の壁画に目を移した。


 それはスフェーニアが、目を細めて絵の一部をじっと見ていたからなのだが……。


「どうしたスフェーニア、なにか気になるのか?」


「あの『迷い姫』ですが、誰かに似ていると思いませんか?」


「似ている?」


 スフェーニアが指さす先には、サラーサも口にしていた『迷い姫』の姿がある。


 白銀のロングヘア、神秘的な美貌、紅を引いたように赤い唇、そしてその唇からのぞく犬歯。


「なるほど、確かに見たことがあるな」


 その横顔は、俺たちが何度か顔を合わせたことのある女吸血鬼、『彷徨する迷宮』の主・ライラノーラに酷似していた。

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