21章 アルマンド公爵領 13
『冥府の燭台』の幹部、『三燭』の一人サラーサが呼び出したのは、4体のスケルトンだった。
長剣と盾、そして鎧を身につけた戦士、体は大剣と鎧を身につけた剣士、白銀の大きな杖を持ち、白いローブに銀のサークレットを身につけた聖職者、黒い短杖を手にし、青いローブをまとった魔導師。
Aランク冒険者パーティのアンデッドといった様子だが、特にリーダーと見える剣と盾の戦士の装備は極めて高ランクのもので、明らかに「訳あり」の四人組ということが見えた。ゲーム的な感覚で申し訳ないが、俺としては「勇者とその仲間」というのがもっとも腑に落ちる。
問題は、もしその直感が正しいのであれば、彼らは俺たちにも匹敵する人間であった可能性があることだ。
「フレイは『後光』、攻撃は俺が引き付ける。ラーニ、スフェーニア、攻撃を頼む」
「はいソウシさま」
「任せて」
「お任せを」
俺が『誘引』スキルを全開で発動すると、四体のスケルトンのうち、前衛職2体が『疾駆』で一気に距離を詰めてきた。その動きはAランクでも上位、帝国の武闘大会出場者レベルにある。
うっすらと金に輝くオリハルコン製の長剣と大剣が閃き、俺が前に出した『不動不倒の城壁』に叩きつけられる。とてつもない音量の金属音が響き、凄まじい衝撃に俺の身体がわずかに押される。
二人の戦士は左右に分かれて俺を挟み撃ちにしようとする。右の剣士をメイスで追い払い、左からの斬撃は盾で受ける。そのまま盾を押し込むが、『疾駆』で後ろに躱された。
俺の攻防と同時に、スフェーニアが連続で矢を放って魔導師を牽制する。魔導師は杖を掲げようとしていたが、矢を受けて大きく体勢を崩した。
スフェーニアの弓『月天弓』は『聖属性+5』のスキルを備えている。上位アンデッドであってもかなりのダメージを受けるようだ。
一方でラーニは聖職者アンデッドへと『疾駆』で接近していた。しかしラーニの『紫狼』の刃が届くより先に、聖職者アンデッドの杖から3本の光線、聖属性魔法『聖光』がほとばしる。
その光がラーニを貫くかと見えたその瞬間、ラーニの姿が消え、同時に聖職者アンデッドの横に現れた。『空間跳び』という瞬間移動スキルである。
「もらいっ!」
ラーニはそのまま『紫狼』を一閃した。
が、なんと盾を持った戦士が間に割って入って盾で受け止めた。俺の『誘引』スキルを振り切ったのは彼が人間ベースだからだろうか。その動きに、彼らが生前パーティで動いていたことがうかがい知れる。
「『神の後光』!」
ここでフレイニルの魔法が発動、部屋全体が光に包まれ、4体のアンデッドの動きが一瞬止まる。
離れた所に立っていたサラーサまでも一瞬体勢を崩したようだ。
「なるほど、これが神属性魔法、私たちとは相性があまり良くないようですね。ならばこちらももう少し手を出しましょうか」
サラーサが杖を振ると、黒い火の玉が10発ほど射出された。
その技には見覚えがある。俺は『吸引』スキルを発動、その魔法すべてを『不動不倒の城壁』で受け止めた。だがその黒い炎は周囲に飛び散り、俺だけでなくメンバー全員の体に降りかかった。
「……っ!?、なにこれ!?」
「身体が……!?」
思った通り、それは『影獄』という、こちらの動きを阻害する状態異常付与の魔法だった。『状態異常耐性』スキルを無視して影響を及ぼすという恐るべき業である。
動きの鈍ったラーニに戦士アンデッドが襲い掛かり、スフェーニアが矢をつがえるのに手間取っていると、魔導師アンデッドが魔法を発動する動きを見せる。
剣士の大剣をさばくのに、俺も多少の不便さを感じる。が、以前より動けるのは俺が強くなっているからか、それとも今回は下半身までバランスよく阻害を受けているからか。
「うくくっ、いかに大陸最強とはいえ、私の技からは逃れられませんよ」
口もとの笑みだけを濃くするサラーサ。
「どうかな? フレイ、『浄化』を」
「はいソウシさま、『浄化』!」
フレイも動きが重そうだが、魔法の発動は身体の動きを必要とするわけではない。
『浄化』の光が周囲を包むと、俺の身体から粘りつくような気味の悪い力が消えた。ラーニ達も動けるようになったようだ。それに加えてアンデッドたちの動きが一瞬鈍った。フレイニルの『浄化』は相当に強力だ。
サラーサがわずかに眉を寄せているのも不快感を感じたからだろう。
「まさか私の影獄を破るというのですか? 聖女の力……忌々しいっ」
などと口にしつつ次の動きを見せないのは『影獄』も次を放つまでにインターバルを必要とするからだろう。
まあともかくも、俺の目の前の剣士アンデッドも、大剣を盾に叩きつけたまま身体をわずかに流した。無論俺にとっては致命的な隙だ。
『翻身』スキルによって瞬時に最高速度に達した『万物を均すもの』が、その体に叩きつけられる。常軌を逸したエネルギーをはらんだ巨大な槌頭は、オリハルコンの鎧ごと剣士アンデッドを粉砕、彼がいるべき場所へと還した。
ラーニは戦士アンデッドと切り結んでいる。実力はほぼ互角か。戦士アンデッドは確かに生前すさまじい使い手だったのだろう。
問題はその戦士アンデッドの後ろで、聖職者アンデッドが杖を振り上げ魔法を使おうとしているところだ。
「させません」
だがそこをスフェーニアの矢が襲う。一本の矢が胸に刺さると、聖職者アンデッドは大きく体勢を崩してよろめいた。無論魔法は強制的に中断される。
その隙に魔導師アンデッドが魔法を発動。50本以上の氷の槍を一斉に放つ腕は間違いなく当代の最上位魔導師の一角だったろう。
その魔法も、俺の『吸引』と『不動不倒の城壁』の合わせ技の前に完全に無効化される。
『ライトニング!』
そして代わりに放たれたスフェーニアの雷魔法の青い稲妻が、魔導師アンデッドを激しく打ち据えた。その一撃で上半身の骨がほとんど破壊され、魔導師アンデッドは床に崩れ落ちた。
ラーニはまだ戦士アンデッドと切り結んでいる。しかし一瞬の隙をついて『空間跳び』で瞬間移動したラーニが、相手の右に回り込んで剣を握る腕を切り落とした。
防戦一方になる戦士アンデッド。
俺はその隙に聖職者アンデッドに走り寄る。
「許せよ」
聖職者アンデッドは、その体格から元は女性だと思われた。だがそのような感傷で俺のメイスが鈍ることはない。一撃で終わらせるのがせめてもの情けだ。
聖職者アンデッドが俺のメイスによって天に還ると、戦士アンデッドの動きが止まった。その場に崩れ落ちるように膝をつき、うなだれたまま動かなくなった。それはもしかしたら、聖職者アンデッドの二度目の死を悲しむ動作だったのかもしれない。生前、戦士と聖職者は……という考えを、俺は頭を振って追い払った。
「終わりでいいよね」
ラーニもなにか察していたようだったが、『紫狼』で戦士アンデッドの首を刎ねた。最後のアンデッドは崩れおち、そして消えていった。
「ほう、古代王国では勇者とまで言われた者たちだったのですがね。まったく相手にならないとは思いませんでしたよ」
サラーサは結界の中で落ち着いた風を装っているが、その声にかすかな苛立ちと焦りが感じられた。
いつもの通り勝負は一瞬に近かったが、あの四人組のアンデッドは確かに強力なパーティだった。彼らがアンデッドモンスターとして俺の『誘引』やフレイニルの『浄化』などの影響を受けなければ、もう少し苦戦していただろう。
「さて、これでもう終わりか? それなら捕まえさせてもらうが」
「『三燭』というのはそこまで軽いものではありませんよ」
サラーサが再度杖を振るうと、床に無数の魔法陣が現れる。だがそこから新たなアンデッドが生まれるより早く、ラーニがサラーサに接近して『紫狼』を振るった。風の力をまとった刃が結界に食い込むと激しいスパークが生じる。
だがそこで弾かれたのはラーニの方だった。ラーニは強く吹き飛ばされたように見えたが、ひらりと一回転するときれいに地面に着地した。
「この結界硬すぎ!」
「その程度で破れるものではありません。さあ出てきなさい、地の底に国を築き、互いに食いあいし者の末路」
無数の魔法陣の中から現れたのは、やはり無数の巨大アリだった。大きさは個体によって差があるが、大きいものは軽自動車ほどもある。巨大アリはダンジョンでも戦ったことがあるが、どうもそのアンデッドのようだ。外骨格によるスケルトンという感じか。
だが部屋を埋め尽くすほどの数はともかく、戦力的にはさきほどの四人組とは比べるべくもない。
とすればこれは時間稼ぎの可能性もある。まだなにかサラーサには手が残されているということか。