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21章 アルマンド公爵領  12

 階段を下りた先には、人がすれ違えるほどの広さの通路があった。


 その奥からは、瘴気ともいうべき、粘りつくような気味の悪い気配が吹き付けるように漂ってくる。しかしモンスターなどの気配は今のところはない。


 俺はメンバーにうなずいてみせてから、そのまま通路を奥に進んでいった。


 地下通路は暗いが、奥の方はぼんやりと明るくなっている。どうやらその先では光が灯されているらしい。


 奥に行くに従って、瘴気のようなものはさらにその濃度を増してくる。この先に何かがあるとして、それは間違いなくロクなものではないと確信できるほどの気持ち悪さだ。


「ソウシさま、恐ろしいほど邪なものがこの先にあります。そしてやはり、なにかがそこにいるようです。数は一つのようですが、今までに感じたことがないほど深く濃い闇です」


「それが本当にサラーサならラッキーなんだがな」


 俺は多少の強がりも含めて、そう軽口を叩いた。


 まあラッキーというのは嘘でもない。『冥府の燭台』の幹部を直接叩ける機会がようやく訪れたのなら、それに越したことはないのだ。


 通路はいよいよ明るさを増し、そして奥に広い部屋があることがわかってきた。その部屋にはいくつもの灯火の魔導具が設置されていて、部屋を照らしているようだ。


 俺は『不動不倒の城壁』を取り出し、構えながらその部屋へと入っていった。


 手荒い歓迎があるかと思ったがそんなことはなく、俺たち5人はすんなりと全員その部屋に入つことができた。


 その部屋は思ったよりも広いものだった。天井は高さ5メートルほど、床面積はバスケットボールのコートほどだろうか。床や天井は硬質なもので覆われていて、それはあのアルマンド公爵家にあった地下通路と同じ処理であるように見える。


 左右の壁に等間隔に灯火の魔道具が並び、奥の壁には奇妙な絵が描かれていた。それは大勢の人間が、一人の女性を前にしてひざまずいている場面を描いていたものであった。ただ奇妙なのは、跪いている人間は全員、骸骨やら身体が腐りかけている者やら剣で身体を貫かれている者やらばかりであり、要するに彼らは死者たちであるようだ。


 その絵を見て思い出されるのは、以前教皇猊下より聞いた、『冥府の迷い姫』の話であった。

 

 アーシュラム教会の経典によると、『冥府』、すなわち死者の世界には死者を癒す『姫』がいて、死者たちはその『姫』を求めて冥府をさまよい続けることになっているらしい。奥にある壁画はまさにそれを描いたものだろう。


『冥府の燭台』はその『迷い姫』を探しているという話であったので、この絵はその話をも裏付けるものとなりそうだ。


「ソウシさま、あそこに座っている人が邪な気配の持ち主のようです」


 不気味な絵に気を取られていると、フレイニルが横に並んできてそう言った。


 彼女が指さす先には机と椅子が横向きに置かれていて、椅子には一人の男が座っている。


 横顔を見る限り若そうに見えるが、灯火の魔導具の光がかすかに揺らぐと、その瞬間ひどく年老いた人間に見える時がある。


 灰色の髪は綺麗に整えられており、顔立ちも整っているが、その口元浮かぶのは、見る者に嫌悪を抱かせずにはいられない、薄気味の悪い笑みだ。


 身体つきは灰色のローブで見えないが、平均的な体格の男であるように見える。


 その男は机の上の紙に筆を走らせていたが、不意にその動きを止めると、筆を筆置きに立て、ふうを息を吐きだした。


「なぜここがわかりましたか?」


 その声は、口調こそモメンタル青年やドルマット子爵の時と同じであったが、あまりにしわがれたものだった。


「子爵の身体からお前の力がこちらに飛んでいくのが見えたそうだ」


「なるほど……。聖女というのはこちらが思ったよりも優れた者のようですね。いえ、そちらの聖女がとりわけ優れているのでしょうね。さすがにそこまでの力を持つとは思いませんでした」


「お前は『サラーサ』本人ということで間違いないな?」


 俺の問いに、男は顔をこちらに向けた。能面のような、表情の乏しい顔。口元にだけ浮かぶ笑みがひどく不釣り合いに感じられる。


「ええ、私が『冥府の燭台』の指導者たる『三燭』が一人、サラーサ本人に間違いありません」


「ならばお前をヴァーミリアン王国の監察官として逮捕する。大人しく捕まる気はあるか?」


 サラーサはゆっくりと立ち上がり、芝居がかった動きで両腕を広げた。


「もちろん抵抗しますよ。我らの悲願のため、私は立ち止まっている暇はないのです」


「では力ずくということになるな。フレイ、ラーニ、スフェーニア、絶対に逃がさないようにしてくれ」


「はいソウシさま」


「オーケー」


「わかりました」


 俺が『万物を均すもの』と『不動不倒の城壁』を構えると、フレイニルは『女神の祈り』を、ラーニが『紫狼』を、スフェーニアが『ビフロスト』を構える。


 サラーサも懐から短杖を取り出した。先端にバラの花のような飾りがあり、その真ん中に紫色の水晶が埋まっている。『ビフロスト』にも匹敵する強力な杖であると直感でわかる。


「直接戦うというのは教義にもとるのですが、今回は仕方ありませんね。『三燭』の力をお見せしましょう。そして皆さん私たちの駒となっていただきますよ」


「断る」


「そう言わずに」


 サラーサが杖を振ると、彼の周囲に円筒形の光が張り巡らされた。フレイニルの『結界魔法』に近いものらしい。


 直前に放ったスフェーニアの氷の槍が、その結界に阻まれて砕け散る。


 同時にラーニが『疾駆』で斬りつけていたのだが、その刃も高い音を響かせて弾かれてしまった。


「硬っ!」


「かなり強力な結界のようです」


「ならば俺が叩いてみよう」


 俺が足を踏み出そうとすると、サラーサがさらに杖を振った。


「それは困りますね。こちらが相手になりますよ。国を護り、国に裏切られた勇敢な愚か者たちの末路」


 床に禍々しい魔法陣が複数現れる。フレイニルの言葉を待つまでもなくアンデッドを召喚したのだろう。


 床の魔法陣から湧き出るように出現したのは四体のスケルトンだった。


 体格などは普通の人間ベースに見えるが、それぞれの装備が非常に充実していた。


 1体は長剣と盾、そして鎧を身につけた戦士、1体は大剣と鎧を身につけた剣士、1体は白銀の大きな杖を持ち、白いローブに銀のサークレットを身につけた聖職者、最後の1体は黒い短杖を手にし、青いローブをまとった魔導師である。しかも剣や鎧は明らかにオリハルコン製、杖も魔法の力を秘めたもので、要するにAランク冒険者パーティのアンデッドといった雰囲気である。


「なるほど、勇者とその仲間、みたいな感じか」


 先頭に立つ長剣と盾を持つスケルトンは、その武具の派手な装飾からいって普通の冒険者には見えなかった。勇者ということはないだろうが、名のある人間だったのは間違いなさそうだ。


「うくくっ、その者たちも特別な人間だったのです、貴方方と同じようにね。残念ながら信じる者に裏切られ、そのような姿に堕ちてしまったのです。ですが往時の力はそのまま。いい相手になると思いますよ」


「悪趣味だな」


 とはいえ少し厄介そうな相手ではある。これが地上であれば俺の『圧壊波』一発でケリがついたかもしれないが、さすがに地下室では『圧壊波』は危険だ。この部屋が崩れて生き埋めになるのだけは避けなければいけない。


 俺はニールセン青年に通路の方へ隠れているように指示をしつつ、メイスと盾を構え直した。

大変申し訳ありません

次の12日は所用により休載させていただきます

15日から再開いたしますのでよろしくお願いいたします


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