21章 アルマンド公爵領 11
高ランク冒険者の肉体は、二階から飛び降りた程度の衝撃では傷ひとつも負うことはない。
俺は子爵邸の前庭に着地すると、すぐに召喚の石板を地面に置いた。
石板の魔法陣が一際光を強めると、その周囲の地面に5つの大きな魔法陣が浮かび上がった。その魔法陣の中からせりあがってくるように、馬にまたがった首無しの鎧騎士が現れる。右手に赤黒い槍、左手に兜を抱えたその禍々しい姿は、戦い慣れた身であってもいまだに迫力を感じるものだ。
俺の背後に着地音が響く。
フレイニル、ラーニ、スフェーニア、マリアネ、そしてニールセン青年も下りてきたようだ。
「おいおいおい、デュラハンってAランクじゃねえか。しかも五体って……オクノ侯爵閣下よ、大丈夫なのかこれ?」
「問題ない。それより街中のほうが気になるな」
「ソウシ様、通りの方でも多数のアンデッドモンスターの反応があります。ただデュラハンほどのものはありません」
「ならそっちも大丈夫か」
「……あっ!?」
フレイニルが急に大きな声を出した。
しかしそれを詮索する間もなく、デュラハンたちが一斉に動き出す。
「ソウシ、端の一匹は任せて!」
「逆の一体は私がやります」
ラーニ、マリアネがそれぞれ一体ずつに向かっていく。すでに彼女らはAランクモンスターを1対1で倒せる力がある。
「一体は私が」
スフェーニアが『先制』で雷魔法『ライトニング』を炸裂させると、轟音と共に放たれた青白い稲妻が一体のデュラハンの上半身を引き裂いた。
後は俺が『圧壊波』を放てば終わりである。上半身を狙ったので庭園へのダメージは最小限だ。
ラーニは炎の魔法剣で空中からデュラハンの上半身を両断し、マリアネは『状態異常付与』で動きを止め、背後から鎧騎士を解体して討伐を完了していた。
「デュラハンが一瞬で全滅かよ。意味がわかんねえ……」
ニールセン青年が後ろで呆けたような顔をしている。
だが今気になるのは、先ほどのフレイニルの上げた声だ。
「フレイ、今の声はなにかあったのか?」
声を掛けると、フレイニルは真剣な顔でうなずき、南の方を指さした。
「はい、あちらの方に邪な気配が去っていったのが感じられたのです。それはたぶん、あの子爵様にとりついていたサラーサという者の気配だと思います」
「サラーサが近くにいたということか?」
「いえ、そうではなく、子爵様にかけていた術の力が使い手の元に戻っていったような感覚です。ですから、あちらの方にサラーサがいるのだと思います。しかも戻った先は町の中です」
「もしかしたら奴らの拠点かもしれないな。急いで向かうか」
ラーニとスフェーニア、マリアネを呼び寄せて今の話を伝えると、三人は即座にうなずいた。
「それはすぐに行かないとね!」
「ええ、すぐに向かいましょう」
「私はグランドマスターのほうの援護に向かい、そちらが片付き次第、さきほどの方角へ向かうように伝えます」
「頼む。何かあれば騒ぎになっているはずだから、それを目印にしてくれ」
向こうには獣人のカルマもいるし、俺たちの後を追うのは簡単だろう。
ということで、行くのは俺とフレイニル、ラーニとスフェーニアの4人となり、マリアネは連絡役ということになった。
「親父をやった奴がいるならオレも行かせてくれ」
ニールセン青年も共に来る資格はあるだろう。そもそもこの町の次の領主でもある。
俺はうなずいて、フレイニルが指さした方向に走り出した。
町の南の方はアンデッドが出現していることもなく、特にあわただしい様子もなかった。
北の通りではまだマリシエールたちは他の冒険者たちと戦っているだろうが、フレイニルの言葉を信じるなら強力なモンスターは出現していないようなので問題はないだろう。それ以前に多少強いモンスターが出てきても、彼女らならなんの問題もなく討伐できるだろうが。
南の通りにも冒険者がいて周囲を警戒している様子が見えたが、恐らくドロツィッテの指示によるものだろう。彼らは通りを全力で走る俺たちを見て驚いていたが、俺たちはそれを無視して走り続けた。
フレイニルが指示した場所までは5分ほどでたどり着いた。
そこは南の中央通り沿いにあって、南門に近い場所に立つ3階建ての大きな商館だった。
今その建物に、灰色のローブを着た人間が丁度入って行くところだった。あの灰色ローブが『冥府の燭台』の関係者であるならば、目の前の商館が『冥府の燭台』の拠点ということになるのだろうか。
「ソウシさま、この建物で間違いありません。中にとても邪な気配を感じます。気配そのものはとても小さいのですが、ひどく闇が深いもののように感じられます」
「召喚の石板はあるか?」
「はい。それもとても多くあるようです。不思議なことに動いてはいないようですが」
「ふむ、倉庫になっているのかもしれないな。ニールセン君、この建物がどのようなものかわかるか?」
「いや、オレがガキのころからあった建物だが、特に気になるところはなかったと思うぜ。普通の商館だったはずだ」
「そうか。まあとりあえず入ってみるか」
「おう」
俺が先頭になって、商館の入り口に入っていく。
すぐに灰色ローブを着た女が、慌てたように近づいてきた。こちらはかなり物々しい雰囲気のはずだから当然ではある。
「申し訳ありません、こちらの建物は関係者以外立ち入り禁止です」
「私はヴァーミリアン国王陛下より監察官に任じられている王国伯爵のオクノ、そしてこちらはドルマット子爵家のニールセン・ドルマット当主代行である。今からこの建物を強制捜査する。我らの邪魔をするなら相応の裁きが国王陛下より下される。下がりたまえ」
「し、しかし……」
「失礼する」
俺は多少演技がかった言葉を使い、女性を押しのけて奥へと入っていく。その時の感触で、女性が『不動』スキル持ち――すなわち『覚醒者』であることがわかった。
騒ぎを察して灰色ローブの男女がさらに奥から現れるが、俺は彼らをも押しのけて進んでいく。やはり全員『覚醒者』のようだが、俺の力に対抗できる者はいない。本気でこちらを押し出そうとしてくるが、俺が身体を振るだけで彼らは吹き飛んでしまった。
「彼らは全員『覚醒者』のようだ。注意してくれ」
一応フレイニルたちに注意は促しておく。とはいっても感触から言って彼らはせいぜいDランク冒険者相当だろう。俺たちの相手になることはない。
ただここで問題なのは、もし彼らが『冥府の燭台』の関係者であれば、『冥府の燭台』が『覚醒者』を集めているという事実を示しているということだ。気配からいくとこの商館には50人ほどの人間がいるようだが、全員が『覚醒者』となればそれだけでかなりの戦力である。
「ソウシ様、邪な気配は地下にあるようです」
「地下か……。入り口が隠されている可能性もあるな。フレイ、ラーニ、地下への通路を探ってくれ」
「はいソウシさま」
「了解!」
いつもの『浄化』と臭い探知を2人が開始する。
と、廊下の奥から体格のいい灰色ローブの男が現れた。雰囲気的に灰色ローブたちのリーダーのようだ。
「何事だ!?」
「我々は王家の監察官だ。黙って見ていたまえ」
「なんだと? そのような虚偽が通ると思うな!」
「虚偽かどうかは後で確認するといい。邪魔をするなら相応の措置を取る」
「貴様!」
大男が腰の長剣を抜いた。
この瞬間彼は王家に弓引く反逆者である。などと考える俺は、すでに身分制社会に馴染み始めてきてしまっているのかもしれない。
俺がそのまま前に出ると、大男は刃を閃かせて斬りつけてきた。それは脅しではなく、殺すつもりの一撃だった。
俺は刃を右手で掴み、左拳を大男の腹に突き刺した。大男は白目を剥いてその場に崩れ落ちたが、運が良ければ生きているだろう。
一撃でリーダーが倒され、俺たちを後ろから追いかけてきていた灰ローブの集団がどよめいた。俺が威圧を込めてそちらを睨むと、彼らは凍り付いたようにその場に立ち止まった。
「ソウシ、こっちが怪しいみたい」
ラーニが鼻をヒクつかせて進んでいき、とある部屋へと入っていった。
そこは倉庫として使われている部屋のようだった。いくつかの大きな木箱が置かれ、壁には棚があってそこにもいくつかの箱が並んでいる。
「ここからすごく嫌なニオイが漂ってくる」
ラーニが床に置かれた大きな木箱を動かすと、そこに地下に続く階段があった。
階下からはよからぬ瘴気のようなものが、俺でもわかるほどに濃く吹き上げてきている。
「そこは……!」
「導師様をお守りしろ!」
灰ローブの人間たちが倉庫の中に入って来ようとする。
が、彼らは入り口で、見えない壁にぶつかったかのように動きを止めた。
「何だ!? 何かがあるぞ!」
「くそ、後ろから押すな! 何かに遮られているんだ!」
もがきつつ騒ぐ灰ローブたちから、俺はフレイニルへを視線を移した。
「これはフレイの『絶界魔法』か?」
「はいソウシさま。よろしかったでしょうか?」
「ああ、いい思い付きだ。しかしこんな使い方があったとはな」
俺はフレイニルにうなずいて見せ、それからほかのメンバーに合図をして、地下への階段へと足を踏み下ろした。




