21章 アルマンド公爵領 07
「なんだと……?」
ニールセン青年は剣を構えながらゆっくりと倉庫の中に入ってくると、訝しげな目つきで俺の顔を見てきた。
その目がわずかに見開かれたのは、彼もまた俺のことを覚えていたからだろう。
「ああ思い出した。バルバドザでオレに恥をかかせたおっさんじゃないか。いや今なんて言った? Aランクで伯爵、侯爵だって?」
「そうだ。あの後色々あってな。『ソールの導き』というパーティ名はそれなりに知られていると思うが」
「噂は聞いたことある。そんな与太話……って言いたいところだが、アンタの強さはオレもよく知ってるからな。で、そのオクノ侯爵閣下はなんだってオレの家の倉庫なんかにいるんだよ」
そう言うと、ニールセン青年は剣を下ろした。
目つきはまだ疑ってる感じだが、状況を考えれば当然である。
「その前に一つ聞きたいんだが、この倉庫は普段使われているのか?」
「さあ知らねえ。オレも親父が倒れたって聞いて、冒険者やめて家に戻ったところなんだ。この倉庫は入るのすら初めてだ」
「そうか……」
俺の勘だと、彼は嘘はいっていないように見える。前に会った時と比べても、言動が多少落ち着いた以外の雰囲気は変わっていないので、彼が『冥府の燭台』の泥人形ということもなさそうだ。
俺は倉庫の奥に行き、その床に開いた穴を指し示した。
「俺はこの穴から出てきたんだ。こんな穴があることを君は聞いているか?」
「はあ? なんだこの穴、いや、話に聞いたこともないな」
「実はこの穴はアルマンド公爵の家の中につながっている。俺はアルマンド公爵に依頼されて穴を調べていてここに出てきたとうわけだ」
「意味がわからねえが、もしこの穴が公爵の家につながってんなら、緊急時の逃げ道とかなんじゃねえか」
「いや、公爵自身知らなかったようだからそれはないな。だから調査をしているんだ」
「ああそうか、調査って言ってたな。だがオレの親父は長いこと公爵家の家宰やってたからな。いざという時のために公爵様にも知らせてなかったという可能性はあると思うぜ」
「なに……?」
おっと、ここで話がいきなりつながってしまったようだ。
確かアルマンド家の家宰は少し前に病気で引退したという話だった。そしてニールセン青年の父親がその家宰であり、しかも彼は今実際に病床に伏した状態にあるらしい。
とすれば怪しいのはやはりその家宰か。
今の話からすると、ニールセン青年自身はまだ家に戻ったばかりのようだから、今回の件には無関係の可能性は高そうだ。だがそうすると、ニールセン青年からその父にこの話が行ってしまうのはまずい。
「どうする、親父に聞いてみるか? つっても今親父はここにいねえけどな」
「この家で療養をしているのではないのか?」
「いや、今は領地の方に帰っちまったからな。ここは領都の別宅って奴だ。オレも近いうちに領地に行く予定なんだ」
「そうか……。わかった。今回のことは公爵に報告をして対応を決める。それから話からすると、君は父上の代わりに君の家の当主になるのか?」
と聞くと、ニールセン青年は頭を掻きながら眉を寄せた。
「兄貴が死んじまったから急に回ってきた話なんだ。まあ冒険者稼業にしてもアンタと戦って、オレは大して強くねえと分かっちまったからな。そっちは引退して、家の跡継ぎになるってことを王家に申請することになるだろうな」
「そうか。ならあの穴についての報告は、君にも立ち会ってもらったほうがよさそうだ。済まないがこの後公爵邸に一緒に来てほしい」
「はあ……。なんだかよくわかんねえが、オレも貴族家生まれな以上爵位持ちには逆らえねえ。わかったよ、連れてってくれ」
少しはゴネるかなとも思ったが、どうやらニールセン青年はあの後悪くない方向に歩み始めたのかもしれない。
もっとも俺に対しては思うところはあったとして、爵位の上下がある以上文句が言えないのも確かであるが。
ニールセン青年の家――ドルマット子爵邸――からアルマンド公爵邸までは、歩いて5分ほどだった。地下通路は歩きづらかったので時間がかかったが、思ったより近かったようだ。
青年を伴って公爵邸に入り使用人に事情を話すと、会議の間で待って欲しいといわれた。そちらに全員集まって話をするらしい。
俺と青年が会議の間に入ると、すでにソールの導きのメンバーが、フレイニルたちを除いて揃っていた。
ニールセン青年の顔を見てスフェーニアがピクリと反応し、青年もスフェーニアを見て苦い顔をした。
「ああ、あの時は悪かったな。今日は別におっさ……オクノ侯爵に絡んでここに来たわけじゃねえから安心してくれ」
「そうですか。ソウシさん、事情があるのですね?」
「ああ、今回の件でちょっとな。詳しくは公爵閣下がいらっしゃってから話す」
俺が椅子に座ると、ニールセン青年はメンバー達から離れたところにドカッと腰を下ろした。
そしてチラッとメンバーの方に目を向けて、複雑そうな顔を俺に向けてきた。
「なあオクノ侯爵様。そちらの面子は全員侯爵様の仲間ってことか?」
「そうだ。全員『ソールの導き』のメンバーだ」
「はあ、なるほどなあ……。オレじゃ勝てねえわけだ。っていうことは、アンタはまだ冒険者をやってるんだよな?」
「ああ、まだしばらくは続けるつもりだ。いろいろとやることがあるみたいなんでな」
「そうか。まあ『ソールの導き』の噂は随分と流れてくるから、そのいろいろってのもおっかねえ話なんだろうな。ってことは、オレがここに呼ばれたのもデカい話になるからか?」
「その可能性はある」
俺の答えにニールセン青年は目を大きくし、そして溜息をついた。
「マジか……。冒険者やめたと思ったらこれとかオレもツイてねえな」
「ちょっと重い話になるかもしれない。覚悟はしててくれ」
「アンタにそう言われるとおっかねえわ」
少しして、フレイニルとラーニ、マリシエール、それからアルマンド公爵が部屋に入ってきた。
「おおオクノ侯爵、穴から戻ってこないので心配しましたよ」
「申し訳ありません。穴は外へとつながっていまして、そちらから出て地上から戻ってきました」
「ではその話がまずあるわけですね。それとそちらはもしかしてソルトラム……ドルマット子爵の子息ではありませんか? ニールセン君でしたか、随分と久しぶりですね」
公爵に言われ、ニールセン青年は立ち上がって丁寧な礼をした。
さすがに直属の上司になる相手というのは彼も知っているらしい。
「お久しぶりです閣下。ドルマット家の次男、ニールセンでございます。この度、父が病床に伏したという話を聞き、冒険者をやめて家に戻った次第です」
「おおそうですか、確かに冒険者をしているという話でしたね。兄上については残念でした。ところでソルトラムはどうしているのですか?」
「私がこちらの家に来た時にはすでに領地へと戻っておりました。この後私も一度そちらへ向かうつもりです」
「そうですか。しかしニールセン君がここにいる理由がわかりません。オクノ侯爵からお話があるのですね?」
顔を向けてくる公爵に、俺はうなずいてみせた。
「はい、そうなります。まずは報告をいたしましょう」
「お願いします」
公爵が席につくと、後から入ってきたフレイニルやラーニたちもそれぞれ椅子に座った。俺の隣に来たフレイニルは、小声で「心配いたしましたソウシさま」と伝えてくる。
俺は裾を引っ張ってきたフレイニルの手を握ってやってから、公爵に報告を始めた。
今回でカクヨム最新更新分に追いつきました。
今後はカクヨムと同様、3日に一度の更新となります。
次の更新日は明日で、それ以降3日ごとになります。
ご了承ください。
10日に2巻が発売された「おっさん異世界最強」ですが、この度1巻2巻ともに重版が決定いたしました。
これも皆様の応援のおかげと感謝をしております。
ありがとうございました。
今後も「おっさん異世界最強」をよろしくお願いいたします。




