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21章 アルマンド公爵領  06

 公爵の許可が出たので、フレイニル、ラーニ、マリシエール、ゲシューラと合流をして、早速公爵邸の調査をすることにした。


 もちろん公爵本人も同行し、どこにでも行ける態勢である。


「フレイニルに『浄化』を使ってもらって調べるという話もあったが、もしそれで臭いが完全に消えてしまったら手がかりがなくなってしまう。なのでまずはラーニに臭いを追ってもらおうと思う」


「はい、それがいいと思います」


「オッケー、じゃあとりあえずあちこち歩いてみよう」


 ということになり、ラーニを先頭に館を回ることになった。


 公爵邸はさすがに広く、使用人も多くいるが、ラーニはその中を、鼻をヒクヒクさせながら遠慮なく歩いていく。


 まず向かったのは執務室だった。その扉の前でラーニは立ち止まった。


「う~ん、少し臭いが強いのはここかな。中入ってもいい?」


「ええどうぞ」


 公爵は少し不安そうな顔をしながら扉を開ける。


 ラーニは中に入って一通り臭いを嗅いでいたが、


「ニオイは残ってるけどここは違うかな。多分この部屋には入って来てたと思うけど、でも出所はここじゃないわね」


 と言って執務室を後にした。


 公爵はホッとしたような表情をしながら、俺に耳打ちをしてきた。


「彼女は何を調べているのですか?」


「ああ済みません、説明をしていませんでしたね。ラーニは今、『冥府の燭台』の臭いを追っています」


「家の中に『冥府の燭台』の人間の臭いが残っているのですか?」


「人間ではありません。『冥府の燭台』に操られた元人間、と言うべきでしょうか」


「それを聞いただけで恐ろしくなりますね。しかしそのような者がこの家にいたとなると、さらに恐ろしい話ですが……」


 そんなことを話していると、ラーニは使用人室が並ぶ廊下に入っていった。


 真ん中あたりの扉の前で立ち止まり、その扉の取っ手をジッと見つめる。


「ここの部屋が一番ニオイが強い気がする。入ってもいい?」


「ええどうぞ」


 ラーニが扉を開けると、そこは使用人室としてはかなり広い部屋だった。


 ベッドがあり、机と椅子があり、クローゼットもあって、なお部屋の空間に余裕がある。


 ただ今は使われていない部屋らしく、カーテンが締まっており、埃っぽい匂いがした。


 ラーニはベッドなどの臭いを嗅いで、大きくうなずいた。


「うん、この部屋にいたのは間違いなさそう。このベッドとかニオイが染みこんでるし」


「そうか。公爵、こちらの部屋はどなたがお使いになっていたのですか?」


 俺が聞くと、公爵は少し青い顔をしながら答えた。


「この部屋は、長らく公爵家の家宰を務めたソルトラムが使っていた部屋です。まさかソルトラムが『冥府の燭台』の一員だったということでしょうか……?」


「家宰? 確か先日病気で引退なさったとおっしゃっていた方ですか?」


「ええそうです。とても信頼していた人間なのですが……。もしや『ソールの導き』に私からの連絡が届かなかったのも……?」


「可能性はありますね。フレイもそのソルトラム氏のことは知っているんだろう?」


「はい、存じています。よくお世話にもなりましたし。ただその時は、特になにも感じなかったのですが……」


「その時はまだ『覚醒』してなかったんだから当然だろう。それにソルトラム氏がいつから『冥府の燭台』の手にかかったのかもわからないしな」


「あ、そうですね。しかしもし本当に『冥府の燭台』が関わっているなら、絶対に許せません」


「本当にな。ラーニ、他にはなにかあるか?」


 見るとラーニが新たに部屋のあちこちを調べ始めている。どうもなにか気になることがあるようだ。


「うん、やっぱりこの部屋のどこかから、ニオイが流れてきてる気がするんだよね。ねえフレイ、『浄化』してもらっていい?」


「はい、やってみますね。『浄化』」


 フレイニルが、杖を掲げて聖属性魔法『浄化』を発動する。


 一瞬で部屋の空気が変化し、埃っぽい匂いが消える。相変わらず強力な効果がある魔法だ。


「うん、ニオイが消えたわね。さて、どこから臭ってくるのかな……?」


 ラーニは鼻をヒクヒクさせ、備え付けのクローゼットの方に近づいていった。


 扉を左右に開く。なにも入っていないが、ラーニはさらにその底板を叩き始めた。


 下に引き出しのないタイプなので、底板の下は床のはずだ。だが叩く音が妙に響く気がする。


「あ、この板とれるみたい」


 ラーニはそう言うと、底板の端を持って持ち上げた。


 本来ならそこには床があるはずなのだが……。


「これって……地下への穴、だよね?」


 ラーニの視線の先に、クローゼットの下には、真っ暗な穴が開いていた。


 人一人が下りていけそうな大きさで、見ると梯子がかかっているようだ。


「公爵閣下、これはもとから開いていた穴ではありませんね?」


 俺は一応アルマンド公爵に確認をしてみたが、彼がこれ以上ないくらいに目を見開いているのを見れば、答えは聞くまでもなかった。




「これは……どうされますの?」


 マリシエールが当然の問いを発すると、フレイニル、ラーニ、ゲシューラ、そしてアルマンド公爵までが俺の方に顔を向けてきた。


「入ってみるしかないだろうな。もちろん俺が行くから大丈夫だ」


「この奥からはそれほど嫌な気配はしませんが、それでも危険だと思います。お気を付けください」


「気配がないならただの通路なのかもしれないな。だけど慎重に調べよう」


「侯爵、くれぐれも気を付けてください。私もこのようなものがあるなどとはまったく知りませんでしたので……」


「ええ、わかっています。まともなものでないのは確かでしょうし、なにかあればすぐに戻ってまいりますので」


 俺はアルマンド公爵に答えて、『アイテムボックス』から懐中電灯の魔導具を取り出し、それを片手に、クローゼットの縦穴に足を踏み入れた。


 穴は意外と広く、人一人が余裕をもって入れるくらいで、奥側に梯子がかかっていた。


 俺はその梯子を、一歩一歩下りていく。


 上を見ると、フレイニルの心配そうな顔がある。俺は手を振ってから、さらに下へと梯子を下りていく。


 五メートルほど下りただろうか、下を見ると、底がすぐそこに見えてきた。


 どうやら横穴があるらしい。俺は底まで一気に下りて、梯子から地面へとゆっくりと足を下ろした。

   

 横穴は、やはり身体をかがめて歩けばそこまで進むのに難儀しない程度の大きさだ。


 光で照らして見ても奥が見えないので、かなり長いトンネルのようだ。ただモンスターなどの気配はない。


 どちらにしろ行くしかない。俺は上からのぞき込んでいるフレイニルに、


「横穴があるから入ってみる」


 と伝え、横穴に身体を潜り込ませた。


 土のトンネルではあるが、その表面はなにかで固められたように硬くツルツルとした表面になっている。この世界にある独自の技術か、それとも『冥府の燭台』の持つ技なのか。


 ともかく歩きにくくはなく、スルスルと奥に進めてしまう。


 前方には特になんの気配もない。完全に移動用の通路ということだろうか。


 20分ほど進んだところで突き当りが見えてきた。梯子があるのでどうやらそこから上に向かう穴があるらしい。


 横穴から縦穴に出る。上を見上げると木の板で蓋がされているようだ。地上への出口だろうが、さて一体どこに出るのか。歩いた距離からすると、公爵邸の敷地からは完全に出ているはずだ。


 梯子を上り、蓋の真下で気配を探る。出口の周辺は誰もいないようだ。


 木の板を持ち上げてみるが、かなり重い。蓋の上になにか載せられているからだろう。


 俺は徐々に力を込めていくと、重さが急になくなり、ドサリと大きな音がした。上に載せられていたものが横倒しになったか。


 俺は蓋を除けて、そのままゆっくりと穴から出た。


 そこは建物の中だった。


 天井は高く、周囲を見回すと棚に様々な箱が並べられていて、倉庫の中だということがわかる。


 しかも壁は石積みのしっかりしたもので、広さもかなりある。一般庶民の納屋とかそういうレベルではなく、雰囲気としては貴族の屋敷の倉庫に近い。


 さらに周囲を見回すと、両開きの扉があった。そちらに歩いていくと、外から人間の気配が近づいてくるのが感じられた。


 しかもかすかに殺気のようなものをまとっていて、恐らく冒険者か、元冒険者であろうと思われた。さっきの物音を聞きつけて様子を見に来たというところだろうか。


 ただこちらは、公爵の許可を受けて調査をしている人間であるので、逃げ隠れする必要もない。むしろあの穴の件を考えれば、向こうがマトモな人間でない可能性のほうが高いのだ。


 倉庫の扉が開いた。


 入り口の向こうで油断なく剣を構えているのは、貴族の平服を着た青年だった。短い銀髪の下には整っているが、多少精悍なところが見えるのはやはり冒険者だからだろう。


 驚いたことに、俺はその青年に見覚えがあった。と言っても、あまりいい部類の記憶ではない。


「誰だテメエは?」


「私はソウシ・オクノ、Aランク冒険者であり、王国伯爵、帝国侯爵でもある。君とはバルバドザで会ったことがあるな。確かニールセン君といったか」


 そう、目の前の青年は、バルバドザの街でスフェーニアに絡もうとして、俺と1対1で『模擬戦』を行って退けられた、問題児扱いされていたBランクの冒険者だったのである。

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