21章 アルマンド公爵領 05
フレイニルを部屋に帰し、俺は使用人に頼んで公爵の私室に案内してもらい、フレイニルが話をするつもりがあることなどを伝えた。
公爵は非常に嬉しそうな様子で、何度も俺に礼を言ってきた。
フレイニルと公爵の対談は明日の朝食後と決まり、俺は自分の部屋に戻って休んだ。
明けて朝。
朝食を食堂でとった後、それぞれ別行動を取ることにした。
ドロツィッテとマリアネはギルドへ情報収集に、スフェーニア、シズナ、カルマ、サクラヒメは町を見回りに、ラーニとマリシエール、ゲシューラは公爵邸で待機、許可が出次第公爵邸の調査をするという分担である。
フレイニルは、朝食後一度部屋に戻り、そしてすぐに使用人に呼ばれて公爵の執務室へと案内されていった。このあと父である公爵とのやりとりがあるはずだが、それに関して俺たちができることはもうない。
会議室でラーニたちと話をしたり過ごすこと一時間ほど、会議室の扉が開いてフレイニルが入ってきた。
その表情はいつも通り穏やかではあるが、目のあたりが少し赤くなっているのがわかる。
フレイニルは俺のところにきて、少し恥ずかしそうにはにかみながら笑顔を見せた。
「お待たせいたしましたソウシさま。もう大丈夫です」
「そうか……よかったな」
俺は手を伸ばし、そっとフレイニルの頬に触れた。
フレイニルはその手を取りながら自分から頬を寄せるようにし、しばらく目を閉じてじっとしていた。
その姿を優しげな表情で見ていたメンバー達だが、やはりラーニは我慢しきれなかったようだ。
「ねえフレイ、結局どういう話になったの? これからも一緒に行くのよね?」
「それはもちろんです。私はもう『ソールの導き』のフレイニルですから。父とお話をしましたが、家にはもう戻らないということをはっきりと言いました。そして父もそれを認めてくれました。ですから、これからもずっと皆と一緒に旅を続けます」
「そっか~。よかったね!」
「はい。これで私の中で、本当に色々と決着がついたような気がします」
そう言いながら、フレイニルは俺の隣に座ってくる。
「ソウシさま、ありがとうございました。ソウシさまのおかげで、私は本当に強くなれたのだと思います」
「フレイが強くなったのはフレイがそうありたいと願ったからさ。俺は少しばかりそれを手伝っただけに過ぎない。でもまあ、フレイの力になれたのならよかった。しかしフレイと出会ってから、ここに来るまで随分とかかってしまったな」
「そうですね。最初はこちらには近づかないというお話だったと思いますし」
「確かにそうだったな」
「でもこれで、これからは心置きなくソウシさまと共にいられます。これからもよろしくお願いします、ソウシさま」
「それはこちらのセリフだ。これからも頼りにさせてもらうよフレイ」
「はい!」
今までで一番屈託のない笑顔を見せるフレイニル。
家との関係を断つということは、本来ならばフレイニルくらいの年齢の人間にはかなりショックなことのはずだ。
しかしそれをフレイニルが前向きにとらえているのは、裏に『ソールの導き』とのつながりがあるからだろう。リーダーとしてそこは不安のないようにしてやらないといけないと、俺は心に刻んでおくことにした。
その後俺は公爵に呼ばれ、彼の執務室に向かった。
「ああオクノ侯爵、昨日はありがとうございました。おかげでフレイニルともきちんと話をすることができました。感謝いたします」
俺が部屋に入ると、公爵は笑顔で礼を言ってきた。
その顔はかなり晴れやかで、彼がフレイニルについて確かに悩んでいたのだということがうかがいしれた。
「お役に立てたのなら幸いですが、公爵と会うと決めたのは彼女自身ですので、感謝は彼女にしていただければ十分ですよ」
「勿論フレイニルにも感謝をしています。不甲斐ない父親に謝罪の機会を与えてくれたことは、本当にありがたいと思っています。その代わりいささか厳しい結果とはなってしまいましたが、それでも彼女の母の墓参りには一緒に行ってくれるそうなので、それだけで私としては十分です」
「厳しい結果」というのは、フレイニルが家を離れるということを指しているのだろう。確かに娘から三下り半を突き付けられるというのは、父親にとっては相当に苦しいことには違いない。
公爵は一瞬だけ悲しそうな、情けなさそうな顔をしたが、その表情をすぐに消して俺をソファに座るように促した。
秘書にお茶を用意させ、公爵自身も対面に座る。
「ところでオクノ侯爵と『ソールの導き』の皆さまですが、こちらの領にはやはり国王陛下の依頼でいらっしゃったのでしょうか?」
「もとはそうではなかったのですが、結局はそのような形になってしまいました。こちらをご覧ください」
俺が委任状を差し出すと、公爵はそれを受け取り、目を通してから溜息をついた。
「なるほど、わかりました。オクノ侯爵が監察官としてお調べになるのは、先日こちらに調査が入った、メカリナンからの解放奴隷の件でしょうか?」
「それも一つです。ただ、我々がもともとこちらの領に来たのは、あちこちで騒ぎを起こしている、とある組織を追ってなのです」
俺の言葉に、公爵はわずかに眉をひそめ、驚くようなそぶりを見せた。
「もしやそれは『冥府の燭台』のことを指しているのでしょうか?」
「その通りです。実は帝国でも『冥府の燭台』が活動していたのですが、その時使用された物品がこちらの領のほうから運ばれていたらしいのです」
「まさか『冥府の燭台』がこちらの領にいると?」
「わかりません。もしかしたらただこちらの領を経由しただけなのかもしれません。ともかく我々は『冥府の燭台』の足取りを追ってこちらに来たのですが、途中で解放奴隷の件を聞き、それとの関係も探ろうかと思っているところではあります」
「なるほど、そうでしたか……」
公爵は背もたれにもたれかかり、息を吐きだしてから話を続けた。
「解放奴隷については、当家の方でも調査は続けております。しかしなんの手がかりも得られていません。メカリナン国の使者から解放奴隷を預かり、宿の世話をしたあと、路銀を持たせて出発させたところまでは確認できているのですが、その先で確かに行方がわからないのです。周囲の山野なども調べさせましたが、特にめぼしいものは見つかりませんでした」
「なるほど」
「ただ『冥府の燭台』については、まったくなにもできていないのが現状です。一応陛下の助言に従い、聖属性魔法を使える冒険者を教会から派遣してもらったりはしておりますが、なにかが見つかったということはありません」
「そうでしたか。実はその件について、公爵閣下にお願いがあるのです」
「なんでしょうか?」
「我々に、この館の中を一度調べさせてはいただけないでしょうか? フレイニルが聖属性、神属性魔法を使うことはご存じと思いますが、彼女は邪なものに対して非常に優れた感知能力を備えています。そして彼女が、この館に『冥府の燭台』に似た気配をかすかに感じると言っているのです」
「なんと……? それはまことでしょうか?」
公爵は弾かれたように、身体を乗り出してきた。
「ええ。ただフレイニルが言うには、それは残滓のようなもので、今現在この館に『冥府の燭台』がいるということではないようです。しかしなにか手がかりになるものが見つかるかもしれませんので、是非調べさせていただきたいのです」
「……わかりました。そのようなお話であれば、お願いをいたしましょう。私の方はなにをすればよろしいでしょうか」
「特にはなにも。この後我々に館の中を自由に歩かせていただければそれで結構です」
「ではそのように取り計らいましょう。私も同行しても?」
「もちろんです」
ということで、意外とすんなり許可が下りた。
これもフレイニルが話をしたからだろうか。
ともあれこれからが本番だ。鬼が出るか蛇が出るか。大事にならないことを祈りたいところだが、それが聞き届けられないのは今までの経験からわかっている。
とすれば、後はどこまでの話になっているかだが……。
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