21章 アルマンド公爵領 04
公爵との対談が終わった後は、すぐに夕食となった。
公爵邸の食堂は非常に広く、食事も非常に豪華なものであった。
夕食の場では公爵がいろいろとメンバーに質問をして会話がとぎれることはなかった。公爵家の当主としては線が細い印象のあるアルマンド公爵ではあるが、客を飽きさせない話術などはむしろさすがに芸術芸能の都の領主といった様子であり、名ばかりの貴族である俺としても非常に勉強になった。
もっとも『ソールの導き』のメンバー自体が多彩なので、貴族家の当主として見た時これ以上の情報源はなかなかない。なにしろ冒険者ギルドのグランドマスター、オーズ国の巫女姫、エルフ重鎮の娘、皇帝陛下の妹、帝国侯爵の娘、獣人族里長の娘、そして『黄昏の眷属』までが揃っているのだ。
公爵としても実際に色々と話を聞きたかったということもあるだろう。質問の内容に政治なものが皆無で、各国各集団の文化芸能がメインであったのはいかにもといった感じではあったが。
気になったのは、令閨のゼオラーナ女史やミランネラ嬢は、メンバーの出自の話がでるたびに驚いたような顔をしていたことだ。特に『ソールの導き』と多少の対立もあったミランネラ嬢は、次第に顔色が悪くなっていくので気の毒なくらいであった。これで彼女が多少なりとも控え目な態度を取るようになってくれればこちらとしてはありがたい。
夕食の後は各自あてがわれた部屋に戻ったが、俺はメンバー全員に声をかけて会議の間へと向かった。メンバーが集まって話ができる場を貸してほしいと頼むと、公爵がそちらを用意してくれたのである。
会議の間は大きなテーブルがあって、その周りにソファが並ぶという、どちらかというとリラックスして話し合いをする場所のようだった。11人全員で座ってもまだソファには余りがあるのはいかにも公爵家といったところなのだろう。
「悪いな食事の後に。ここに来てから集まって話をする時間がなかったので少し話をしたい」
「私たちがこちらに来た目的を考えれば必要なことだと思いますし、問題ありませんよソウシさん」
とスフェーニアが答え、全員が首肯する。
俺は『アイテムボックス』から、帝都で購入した『防音の魔道具』を取り出して起動する。『防音の魔道具』は指定範囲内外の音漏れを防ぐ魔道具であり、こちらの音が外に漏れない代わりに周囲からの音も聞こえなくなる。防音の度合いも調整できるのだが、今回は完全に防ぐようにセットする。
「さて、さっそく本題に入ろう。フレイ、この家になにか怪しい気配はあったか?」
単刀直入に聞くと、フレイニルはわずかに眉を寄せて答えた。
「かすかにアンデッドモンスターのような、『冥府の燭台』のような、そういう気配は感じます。ただほんとうにかすかなので、今この家にそれらの存在がいるようには思えません」
「ということは、過去にこの家に怪しい存在がいたかもしれないと、そういうことになるか」
「そうだと思います。少なくともなにもないということはないと思います」
「ふむ、ありがとう。ラーニはどうだ? なにかニオイを感じたりはしたか?」
「今日会った人たちがあの『冥府の燭台』の操り人形ってことはないかな。そういうニオイがしてた人はいなかったからね。でもフレイが言うように、すごくうっすらと嫌なニオイがするから、『冥府の燭台』がいた可能性は高いと思うわ」
「そのニオイは家の中にまんべんなくある感じか?」
「ん~、どうかな。どこかからニオイが流れてくる感じもするんだよね。ただ家全体にうっすらとニオイがあるから、どこから来てるかはちょっとわからないかも」
「私が『浄化』を使ってからラーニに探ってもらえば、どこから流れてきているかわかるのではないでしょうか?」
フレイニルの意見にラーニも「それでいけるかも」とうなずく。
「方法として考えよう。ほかになにか気付いたことはあるか?」
全員に目を向けるが、反応する者はいなかった。
『冥府の燭台』に関してはフレイニルとラーニ頼みなところもあるので仕方ないだろう。
少ししてスフェーニアが手を挙げる。
「ソウシさんは夕食の前に公爵に呼ばれていたようでしたが、どのようなお話があったのですか?」
「俺たちのやってきたことを聞かれたのがメインだな。それとフレイの話も出たが、それは個人的な話になるのでフレイだけに話はしようと思う。ただこれだけは公爵自身はっきりと言っていたが、フレイを家に戻すとか、そういうことは考えていないそうだ」
「それは公爵家の当主としてはかなり不思議なことですわね」
と言ってきたのはマリシエールだ。皇帝の妹ともなれば、あちこちの貴族家ともやりとりをしているだろうし、彼らがどういった理屈で動くのかもよく分かっているだろう。
「家臣にはフレイを呼び戻すように言われてはいるらしい。ただ公爵本人はその気はないと言っていた。まあどこまで本気かは分からないが、俺が見たところでは嘘ではないようではあったな」
「ソウシさんは帝国侯爵ですから、口約束であっても反故にすることはないでしょう。公爵自身がそうおっしゃったのなら信じていいと思いますわ」
「ああなるほど、確かにそうだな」
自分の肩書きを考えれば、向こうも下手なことは言えないはずだ。そう考えると、今日公爵が言ったことは本心なのだろう。
俺がうなずいていると、ドロツィッテが口を開いた。
「さて、そうすると、今後この公爵邸で私たちはなにをするかだね。先に言ったフレイに『浄化』をさせてラーニが臭いを探るという話になるなら、公爵にはきちんと話を通さないといけない。しかし彼は私たちがここに来た理由をまだ正式には知らないから、まずはそれを知らせないとね」
「そうだな。まずは国王陛下からの委任状を見せよう。『冥府の燭台』については国王陛下から全貴族に通達がいっているとのことだから、そちらの調査だと言えば公爵も納得はするだろう。ただ解放奴隷が鉱山にいるという話をどうするかは難しいな。もし公爵自身がかかわっていたなら、なんらかの対応を取られてしまうからな」
「こちらの目的をはっきり伝えて協力を願うのが正道なんだけどね。公爵本人が無関係だったとしても、もし公爵邸内部に一連の事件の関係者がいた場合、彼らが対応をしてしまう可能性もある」
「確かにな。解放奴隷については、鉱山の話だけはとりあえず伏せておく。一応『冥府の燭台』との関係を疑っているという体で、まずは『冥府の燭台』の件から切り込もう」
「それでいいんじゃないかな。公爵が信用できそうだと判断がつけば、その時には鉱山の話をするというのもありだしね。まあそのあたりの判断はソウシさんに委ねるよ。それがどんな結果となっても私たちはバックアップするからさ」
ドロツィッテはそう言ってニヤッと笑った。
リーダーの判断に任せるというのはその通りなのだろうが、俺の『天運』の効果がそこに現れるとか思っていそうだ。
「フレイの件が済んだら、公爵には委任状を含めてすぐに調査の話をしようと思う。下手に先延ばしにしても様子を探っていると思われて相手の心証を損ねるだけだからな」
「さんせ~」
とラーニが言うと、皆も同調する様子を見せた。とりあえず公爵邸での動きは決まったか。
一旦会議はそこまでとし、フレイニル以外を部屋に帰した。
広い部屋に俺と二人きりになると、フレイニルは俺の方に向き直った。
「ソウシさま、お父……アルマンド公爵様とはどのようなお話があったのでしょうか?」
「ああそれなんだが、さっき少し話をしたが、公爵自身はフレイを家に戻す考えはないそうだ。もちろんフレイに戻るつもりがあれば別だが」
「私にそのつもりはまったくありません」
フレイニルはきっぱりと頭を横に振った。
「そうだな。もし無理にそう言ってきたら俺も断るつもりだ。ただ何度も言うが、公爵はそのつもりはないそうだ。自分にはその資格もないと言っていたよ」
「そう……ですか」
「それで、その上で公爵は、フレイに今までのことを謝りたいんだそうだ。そしてできればフレイと一緒に、フレイのお母さんの墓にお参りをしたいそうだ」
俺はその後、公爵から聞いた、一連の話をすべてフレイニルに伝えた。
基本的に公爵はフレイニルについてはなにも知らなかったという話である。
しかしそれがフレイニルにとって救いになるかというと、そのようなことはないだろうとも思われた。
結局のところ、公爵はそもそもフレイニルを気にかけていなかったという、そういう感じしか受けなかった。彼はそのことも含めて悔いているということを言っていたわけだが、それがフレイニルにとってどこまで意味があるものなのかは俺にはわからない。
俺が話し終わると、フレイニルは目をつぶってしばらく考えていたが、ゆっくりと瞼を上げ、青い瞳で俺を見つめてきた。
「……わかりました。公爵様の、お父様のお話は聞きたいと思います。お父様が私のことをご存じなかったことについては私が話をしてこなかったこともありますし、それにお母様のお墓にはお参りはしたいとずっと思っていました。ソウシさま、それでよろしいでしょうか?」
「もちろんだ。フレイの考えた通りにするのが一番だからな。もし不安があるなら俺が同席することも考えるが、どうする?」
その提案には、フレイニルは首を横に振った。
「いえ、これは私とアルマンド家の問題ですから、ソウシさまに頼っては意味がないと思います。私一人で会って話をしたいと思います」
「わかった。俺もそれがいいと思う。今のフレイなら、きっといい答えが見つかるだろう。ではそのように公爵には伝えるが、ほかになにか伝えておくことはあるか?」
「そうですね……。話をするのは、私とお父様だけというふうにしてもらいたいと思います」
「その場には他に誰もいないようにするということだな。条件として話をしておこう」
「はい、よろしくお願いいたします」
どうやらフレイニルにとっても、公爵にとってもいい形で話はできそうだ。もっとも始めからフレイニルは話をするつもりであったようだから、この決定は既定路線でもある。
しかし本当に、驚くほどにフレイニルは強くなった。出会ったばかりのころの、消えてしまうような線の細さはすっかりなくなった。
あとは、公爵と話をすることで彼女の人生に大きな区切りがつくことを祈るばかりだ。