21章 アルマンド公爵領 03
その後『ソールの導き』の活動について帝国で起きたあれこれまで話すと、アルマンド公爵は背もたれに身体を預けつつ、目をつぶって深くうなずいた。
「すばらしいご活躍です。そして私、いえ、私たちはオクノ侯爵と、『ソールの導き』の皆さんには心から感謝をしないとならないようですね。3000もの『黄昏の眷属』など、私の想像が及ばないお話です。もし彼らが王国に攻めてくるようなことがあれば、この領も早晩支配下に置かれていたことでしょう」
「あの場には腕利きの冒険者が数多くいましたので、我々がいなくても押し返せた可能性はあります。ただ被害は相当なものになったのは間違いないと思います」
「本当に恐ろしいことです。そしてその恐ろしいことがまだ続いているとも聞いております。オクノ侯爵のお話にも出てきた『悪魔』や『冥府の燭台』ですか。王家からも情報は来ておりますし、『悪魔』についてはこの領の近くでもすでに出現しておりまして、こちらも対応をしているところです」
「公爵閣下の軍で対応されているのですか?」
「基本的にはそうですね。もちろん冒険者にも依頼を出して討伐をしてもらうこともあります」
アルマンド公爵は、そう言いながらも苦しそうな顔をする。
第一印象でも感じたのだが、彼自身はどちらかというと文人肌、というより文化人気質の貴族のようだ。もちろん仕事として領の保安などは行っているのだろうが、得意とするところではないのだろう。
不思議なのは、物腰が穏やかで、一見すると肚に一物を持っているような人物には見えないことだ。
事情があったにせよ、フレイニルを一顧だにせず見捨てたとは信じがたい。
などと思っているのが顔に出てしまったのか、公爵は居住まいを正していよいよ本題に入った。
「ところでオクノ侯爵、『ソールの導き』の一員であるフレイニル様についてなのですが、当然私の娘であるということはご存じでいらっしゃいますね」
「ええ。彼女と出会って、かなり早い段階で知りました」
「彼女は私についてはなにか言っていたでしょうか?」
「彼女の口から公爵閣下自身の話を聞いたことはほとんどありません。ただ教会から追放された時に、なにも助力がなかったというお話だけはわずかに聞きました。それ以外で、彼女がこちらの家について話をすることもほぼありませんでした」
「そうですか……。いえ、そうでしょうね」
公爵はそう力なく言うと、手で目のあたりを押さえ、しばらくのあいだ沈黙をした。
やがて手を下ろすと、再び語り始めた。
「フレイニルは、私と側妻の間の娘なのです。側妻は敬虔なアーシュラム教の信者で、フレイニルが生まれてからも、あの子を連れて積極的に教会に通っていました。そのことがあってフレイニルが聖女候補に選ばれたのですが、その直後に側妻は亡くなってしまったのです」
「……」
「問題だったのは、その時すでにゼオラーナとの間にミランネラがいて、彼女らがフレイニルの聖女候補入りに難色を示したことです。本来なら、側妻の娘であるフレイニルが聖女候補となって家を出るのは、ゼオラーナやミランネラたちにとっては悪い話ではなかったはずなのです。なにしろフレイニルが聖女となれば、公爵家を継ぐのはミランネラとその夫になることが決まるわけですから」
「なるほど、確かに」
「側妻が亡くなって、聖女候補として家を出るまでの間に、フレイニルは随分とゼオラーナたちに酷い扱いを受けていたようです。しかし私は、そのことを彼女が家を出るまでまったく知りませんでした」
「……」
「それどころか、フレイニルが教会を追い出されたと知ったのもかなり後のことです。ミランネラが『覚醒』し、『救世の冒険者』の一員になったことでそちらの対応や助力に気を取られ、フレイニルのことをないがしろにしていたのも確かです。今思えば、愚かだったとしか言いようがありません」
公爵はそこで溜息をついた。
「だいぶ後にフレイニルが追放されたと知って、私は彼女に連絡を取ろうと冒険者ギルドに言伝を頼んだりもしました。ただ、それに対してなんの反応もなかったので、フレイニルはこちらと接触をしたくないのだろうと思いました。ですので、何度か言伝をした後はそっとしておくことにしました。ミランネラの方も聖女になるということで、そちらにまた気を取られていたということもあります」
「あの王都の一件ですね」
「そうです。当然あの場には私も行くはずでした。しかしその直前、南のメカリナン国で大きな動きがあり、私はこの領地を離れられなくなってしまったのです。そしてゼオラーナと共に戻ってきたミランネラから、聖女交代の儀の顛末を聞きました。フレイニルが侯爵の率いる『ソールの導き』の一員として活躍していて、しかも教皇猊下に聖女と名指しされるほどになっているというのもその時に初めて聞いたのです」
「そうですか……」
言われてみれば、こちらが気にしていた割に今まで公爵からの干渉はまったくなかったのだ。しかしそういう裏事情があったのであれば納得はできる。メカリナンについては俺がかかわったことでもあるし、不思議なつながりを感じるところもあった。
しかし公爵がそこまで情報を知らないというのも不自然である気がする。彼が嘘をついている可能性もなくはないが、つく意味のある嘘とも思えない。それに今の話で、少し気になるところもあった。
「公爵閣下、さきほど冒険者ギルドを通してこちらに連絡を取ったとおっしゃっていましたが、間違いありませんか?」
「はい、家宰に頼んだので間違いありません」
「そうですか……。実は我々の元に閣下の連絡が届いたことは一度もないのです。こちらは専属職員もいますし、もし出されているのであれば届かないということはないと思うのですが」
「それは本当ですか? であれば、家宰が出していなかったと……?」
「わかりませんが、確認はした方がいいかもしれません」
「実はその家宰は先日病気を理由に引退して家に戻ってしまったのですが、連絡を取ってみましょう。ところでその、話を戻しますが、先ほど申し上げたようないきさつもあり、私は一度フレイニルに謝りたいのです。それはご理解いただけると思うのですが、いかがでしょうか?」
そう聞いてくる公爵は、すがるような目つきで俺を見てきた。
どうも話を聞いていると、彼は本当に父親としてフレイニルに謝罪をしたいという風には見える。
正直なところ、アルマンド公爵についてはもっと打算的な、ある意味貴族らしい貴族を想像していた。しかし実際の彼はそれとは正反対の、むしろ情緒的な人間であるようだ。
これがもし演技であるならそれはそれで恐ろしいところだが、俺も冒険者としてそれなりに感覚が鋭敏になってきていて、彼の言っていることが嘘ではないということも感じてはいる。
ただそれでも、フレイニルのことを思えば、単純にはいそうですかと言うわけにもいかなかった。
「そのお気持ちは理解できます。ただ、彼女がそれを望むかどうかは私にもわかりません。さらに言えば、私は『ソールの導き』のリーダーとして、フレイニルのことを非常に重要なメンバーだと考えています。もし公爵閣下がフレイニルに対して家に戻るよう強要なさるようなことがあれば、それを看過することもできません」
「ええ、その点は理解しております。はっきりと言えば、次期聖女となったフレイニルを公爵家の籍に戻すことは、家臣などから再三再四勧められております。公爵家の当主としても本来ならばそうするべきなのでしょう。ですが私にはその気はありませんし、その資格もないと思っています。ただ、私は父親として彼女に謝りたいのです。そして、かなうならば彼女の母の墓前に、彼女とともに花と祈りを捧げる機会をもらいたい。ただそれだけなのです」
公爵はそこで、俺に向かって深々と頭を下げた。
王家の血を引いている、この国でも国王の次に力のある人物がポッと出の英雄などに頭を下げるなど、相当な覚悟がないとできないというのはさすがの俺にもわかる。
ここまでされて応えないというのも、それはそれで情にもとる話であろう。
そもそも彼の申し出を受けるかどうかの決定権はフレイニルにあるのだし。
「……わかりました。フレイニルにそのお話を伝え、受けるかどうかを聞きましょう。公爵閣下が非常に心を痛めていた様子だったというのもお伝えいたします。その上で彼女が決めてもらうという形にしたいと思いますが、いかがでしょうか?」
「ええ、ええ、そうしてただけるならこれに勝ることはありません。ぜひよろしくお願いいたします」
すがるような表情で、再度頭を深く下げる公爵。
いやしかし、まさかこんな展開になるとは思いもよらなかった。
拍子抜け、などと言うと足をすくわれそうな気もするが、ともかくこの件はフレイニル次第ということで進めるしかないだろう。彼女がどんな決定を下すにしろ、俺はそれを支持するのみである。