20章 『龍の揺り籠』、そして獣人の里へ 29
翌朝、俺たちはマーリさんやゼンダル氏らに見送られて獣人族の里を出発した。
出るときにマーリさんはラーニを抱きしめながら、
「結局ラーニの言うことが正しかったよ。だからしっかりソウシさんに付いていくんだよ。それと年1回でいいから顔は出しな」
と言っていた。
ラーニは恥ずかしそうに、「わかったから。また来るから。だからそのくらいにしようよ」と言っていたが、わずかに涙を浮かべていたようだ。久しぶりに会ってマーリさんの愛情を感じたのだろうか。
しかしラーニもそうだが、スフェーニアもマリアネもシズナもサクラヒメもマリシエールも家があり、家族がいる。彼女たちも時々はそれぞれの家に顔を出す必要はあるだろう。
ただこの世界は、実家に帰るのも長旅となってしまう。これほどファンタジックな世界なのだからもう少し移動が楽になる技術があってもいいと、現代日本人だった自分には感じられてしまう。
一方カルマは、母親のマルザさんに大量の衣服のようなものを渡されていた。
「ちょっと母さん、なんだよこれぇ」
「ウチで使ってた産着とかだよ。子どもができたら必要になるでしょ」
「それ気が早すぎだって。今の旅が終わるまでは子どもは作らないからさ」
「そんなのわからないでしょうが。黙って持っていきなよ!」
結局衣服類を押し付けられたカルマだが、なにをか訴えるような顔で俺を見てくる。
俺は仕方ないのでマルザさんに礼を言って、それら衣服を『アイテムボックス』にしまった。
スフェーニアやドロツィッテなど、察したメンバーがこちらを意味深な目で見てきたが、俺はあえて気付かないふりをした。
「ソウシさま、次は公爵領ですね」
これから向かう南西方向を見つめながら、フレイニルが横に並んできた。
その横顔に不安そうな様子はなく、ただ決然とした目の光があるのみだ。
「そうだな。まさか行くことになるとは思わなかったが、行くからには色々と見て回ることはしたいな」
「町としては王都に次ぐ大きさです。音楽や演劇などが盛んなところですから、ソウシさまには楽しんでいただけるかもしれません」
「それは楽しみだ。思えば俺たちは戦ってばかりで、芸能など楽しむこともしてこなかった気がするな」
「ソウシさまと一緒なら、音楽なども楽しめる気がいたします。しかしその前に、『冥府の燭台』については解決をしなければなりませんね」
「フレイニルのこともな」
俺の言葉にフレイニルはこちらを振り返り、ニコリと笑ってみせた。
「私はもう『ソールの導き』のフレイニルですから」
いったいその言葉には、どれほどの意味が込められているのだろう。
次の旅が彼女にとってよいものとなるよう力を尽くさねばと、俺は密かに心に決めるのだった。




