20章 『龍の揺り籠』、そして獣人の里へ 28
この里に入ってすぐに感じたことではあるが、獣人族は全体として情熱的というイメージのある人たちだった。
なのでゼンダル氏に、
「こういう時に騒ぐのは当然だろうよ! むしろこんな時に宴をしねえなんて勿体ないわな!」
と力強く言われてもすんなり納得できた。
雰囲気としては以前訪れたドワーフの里に近いのだろうか。ただドワーフたちはどちらかというと飲む方に力を入れるが、獣人族は食う方に力が入っているようだ。あとは酔った勢いでケンカを始めている者たちも複数いた。
もっともゼンダル氏に言わせると、あれは宴の場を借りて普段言えないことを言い合い、それですっきりしようという獣人族独特のコミュニケーションや人間関係の醸成法らしい。長らく家と仕事場を往復していただけの俺としては、異文化を知るのはとても面白いと感じるところである。
さて、その宴自体は里の広場で行われているのだが、俺と『ソールの導き』メンバーは各種族の族長たちとともに、焚火を囲んだ主賓席に座っている。
右にゼンダル氏、左にマーリさんが来てやたらと世話をしてくれるので、俺はかなり恐縮していた。
「いやいや、力比べした時にどうあがいても勝てねえ相手だとは思ったが、あの時も全然本気じゃあなかったんだな!」
宴が始まってから俺の肩に腕を回したままのゼンダル氏が、酒臭い息を振りまきながらガハハと笑った。
「ええまあ、そういうことになりますね」
「なんでそんな小声なんだよ。強え男なんだからもっと堂々としていいんだぜ。貴族様なんだしよ」
「ずっとこういう感じでやってきたのですぐには変わりませんよ。貴族というのも正直柄じゃないんです」
「なるほどなあ。だがそういう奴の方が俺としては信じられるぜ。カルマも安心して任せられるってもんだ」
笑いながら俺の体を揺すってくるゼンダル氏。ボディランゲージが激しいが、これは俺じゃなかったら大けがする人間もいるんじゃなかろうか。
「ところでマーリよ、そっちの娘はどうなったんだ? ソウシさんに預けんだろ?」
「さすがにあそこまでの力を見せられたらどうにもなんないね。あんなの一緒に旅してきてずっと見せつけられたら、ラーニだってそりゃ首輪つけられて喜ぶようになるよ」
マーリさんは半ば呆れたような口調でそう言うが、顔つきにはいままで見え隠れしていた屈託もなくなっていて、むしろすっきりとした表情になっている。
「ソウシさん、あんな娘だけどよろしく頼むよ。族長の方はこっちで上手くやっとくからさ」
「ありがとうございます。ええと、その、ラーニさんは、必ず大切にいたしますので」
どうも正面からはっきりと頼まれると、答えに詰まってしまうのは俺にまだ覚悟が足りないからだろうか。正直ラーニに関しては俺もまだ年齢差がどうしても気になってしまう。
「しかしラーニが貴族様になるとはねえ。ゼンダルのところもそうだけど、私たちも貴族様の親戚って扱いになるのかね」
「そうなると思います。ただ私は領地を治めるような貴族でもないので、どの程度の意味があるのかはわかりませんが。そういえば、獣人族の貴族や、貴族に嫁入りした人などはいないのですか?」
「私が知る限りじゃ聞いたことないね。獣人族と人族は昔から色々あったからね。この国はそういうのが少ないからいいけど、貴族様の中にはまだうるさいのがいるからね」
マーリさんはかなり曖昧な表現を用いているが、結局人種間の対立や差別のようなものがあるということだろう。
そう考えると、侯爵でありながら人族も獣人族もエルフも鬼人族も魔人族も……なんていう俺は、相当に例外的な存在になりそうだ。恐らくそれ以前に『数』の面で例外的になりそうだが。
「で、ソウシさんたちは明日もう出て行っちまうのか? カルマがそんなことを言ってたが」
ゼンダル氏の言葉に俺はうなずく。
「ええ。やはり奴隷から解放された獣人族失踪の裏には、あの『冥府の燭台』が関わっていそうな感じでしたからね。明日にはアルマンド公爵領に向かいたいと思います」
「それは俺らにとってはありがたいことだけどよ……ソウシさんはそうやって今まで旅をして、あっちこっちの事件とかを解決してきたんだろ?」
「なぜかそういう感じになってしまうんですよ。これは自分が持っているスキルも関係していて、私自身がどうこうという話ではないんです」
今まで確かに色々な事件や戦などを経験してきたが、どれも俺にとっては『天運』に用意されてきたイベントを上手く切り抜けてきただけという感覚が強い。
ただまあ、そこで結局目立ってしまうのは、俺の持つ規格外の力に依るところも大きいが。
なので自分としては謙虚に振舞っているつもりもないのだが、マーリさんは少し不満そうだった。
「なに言ってるのさ。ラーニから聞いた話とかを合わせると、ソウシさんの人柄と知恵もあって切り抜けてきてるってのはよくわかってるよ。ラーニはそういうところも気に入ったみたいだからね。貴族だからって偉ぶってるようなのは嫌いだけど、ソウシさんはもう少し偉そうにしてもいいと思うよ。そうじゃないと舐められるからね」
「マーリさんの言うことはもっともだと思います。ラーニさんの身にも関わることですし、変えていきたいとは思います」
「まああのメイスを見せられて舐められる奴がいるとも思えねえけどな!」
ゼンダル氏が激しく俺の背中を叩いて笑う。その打撃音に、喧嘩をしていた若者2人が驚いた顔でこちらを振り返る。
そんな話をしていると、宴の場に太いロープが一本運ばれてきた。俺がゼンダル氏と力比べをしたあのロープと同じものだ。
「あれはなにが始まるんですか?」
「もちろん力比べよ。獣人族の間じゃ宴の出し物の定番でな。若いのが自分の力を見せつけて、好きな娘の気を引こうって算段よ」
「ああなるほど。そういう文化はとてもいいですね」
「だよな。俺もアレに出てマルザを手に入れたんだ。そういやノレッカも強かったなあ」
ゼンダル氏が少し遠い目をして言うと、マーリさんも「そうだったね」と少しだけ昔を懐かしむような表情になった。
『冥府の燭台』ワーヒドゥのしたことは許されることではないが、川に落ちて行方不明という扱いだったノレッカ氏を故郷に返したという意味では、多少の意味もあったのかもしれない。
とちょっとしみじみしていると、酔った若者が数人こっちにやってきた。
その中の、狼獣人の青年が頭をさげた。
「すんません、皆がソウシさんの力を見たいって言ってんで、力比べに出てもらえないっすか?」
「え? いや、自分は……」
「あのカルマとラーニが惚れたソウシさんの力を見たいんすよ」
「いや惚れたっていうのは……」
俺が渋っていると、ゼンダル氏が耳打ちしてきた。
「若いのが可愛くなっちまったカルマとラーニを見て惚れちまってんのさ。諦めさせるためにもソウシさんが力を見せた方がいいぜ」
と言ってきたので、これも罪深い男の責務と思って、青年たちの申し出を受けることにした。
当然1対1で俺に敵うものは誰もおらず、なぜか獣人族が別の方でヒートアップして、最終的には1対20の綱引きまでになっていた。
それでも簡単に勝ってしまう俺を見て宴は最高潮に盛り上がったので、それはそれで良かったのだが、その場にいた獣人族の娘さんたちの俺を見る目に熱がこもっていたように見えたのは……勘違いであることを祈るのみである。




