20章 『龍の揺り籠』、そして獣人の里へ 17
その後、マリアネは何食わぬ顔で戻ってきた。
その後出てきた料理はかなり上等なもので、十分満足のいく食事ができた。聞くと特に俺たちが来たことで特別なものを出したわけでもないようだ。シェフはマリアネの兄だったそうだが、かなり腕のいい料理人なのだろう。
午後の行動は、少人数に分かれて行うことにした。
「子爵家に挨拶する組とギルドに行く組、それと町中散策組とに分かれようか」
「りょうか~い。私は町中散策組ね!」
「じゃあアタシもかな」
「わらわもじゃな」
ラーニ、カルマ、シズナは安定の食い道楽だ。
「それがしもともに行こう。美味しいものは『アイテムボックス』に入れるとよい」
サクラヒメの同行も決定のようだ。屋台の食べ物を大量に仕入れてもらうのもいいだろう。というか今昼飯を食べたばかりなのだが……まあ若い冒険者となれば仕方ないか。
当然俺とマリシエール、そしてフレイニルは子爵家挨拶組、マリアネとドロツィッテはギルド組だ。
残るはスフェーニアとゲシューラだが、
「私たちは宿で休んでいますね」
ということになり、その後各組分かれて行動を開始した。
子爵家への挨拶は型どおりの感じでつつがなく終わった。レッグストン子爵は俺と同年代の紳士で、にわか侯爵の俺に対してもあなどったところは一切なく、模範的な領主という雰囲気の人物だった。
驚いたのは彼が『黄昏の眷族』との戦いの件や、『ソールの導き』の活躍などに異様に詳しかったことで、やはり帝国は情報伝達が非常に進んでいると実感させられた。
子爵邸から宿に戻る途中、冒険者ギルドの前を通りかかったので寄ってみることにした。なお俺もマリシエールに倣って口元を隠してみたが、フレイニルがそれを見て「素敵ですソウシさま」などと言うので、マリシエールに温かい目を向けられてしまった。
冒険者ギルドは特に他の町と変わることもない様子であった。掲示板に一通り目を通すが、特に目立つ依頼や情報はない。
「ソウシさん、いらしていたのですね」
奥の部屋からマリアネが出てきて、俺のほうに歩いてきた。
「せっかくだから寄ってみたんだ。特に変わった情報もなさそうだな」
「『悪魔』が出現することは何度かあったそうですが、大型のものではなく被害はほとんど出ていないようです。それと、地上に現れるモンスターが以前より増えたという話があるようです。以前からそのような話はありましたが、王国より南にあるギルドではその変動が大きくなっていると報告が上がっています」
「それはかなり気になる情報だな。教皇猊下から聞いた『魔物の王』の話はすでにドロツィッテも知っているんだろう?」
もうだいぶ前の話になるが、ヴァーミリアン王国の王都でアーシュラム教会に関わるトラブルに巻き込まれた時、教皇猊下と話をする機会があった。その時『彷徨する迷宮』に関わる情報として、教会の現聖女が、『魔物の王が降臨する』という神託を得たという話を聞いているのだ。あの時はまだ『黄昏の眷属』という直近の脅威があったために後回しにしていたが、どうやらその話が再び出てくることになるのだろうか。
「ええ、あの話はグランドマスターには伝えてありますし、グランドマスター経由で皇帝陛下にも伝わっているはずです。グランドマスターもこの情報は重要性が高いと見ているようです。今すべてのギルド支部に連絡をとって情報の収集を始めたところです」
マリアネがそう言って、奥の部屋のほうにちらと視線を向ける。恐らくそちらでドロツィッテが『通話の魔道具』を使って精力的に情報を集めているのだろう。
「そちらはドロツィッテの情報待ちだな。それより――」
「あれっ? もしかしてマリアネ? こっちに帰ってたんだ!」
俺が言いかけた時、ギルドに入ってきた冒険者パーティのうちの1人、20歳くらいの女性が急に声を上げてこちらに近づいてきた。
マリアネはそちらを見て、微妙に表情を緩めた。昔の友人だろうか。
「ユアン、久しぶり。ルアールには今日来たところ。そちらも元気そうでなによりね」
「まあね。Dランクで余裕をもってやってるだけだからこっちは問題ないかな。マリアネはギルド職員になったって聞いたけど?」
「ええ、冒険者としては先が見えたところでパーティが解散して、そこでちょうどスカウトされたの」
「ふぅん。マリアネなら入れてくれるパーティはいくらでもあったと思うけど?」
「私自身が冒険者を続ける気がなかったから。でも少し前に復帰して、今は冒険者としてはAランクになったから」
「え~!? それってすごいじゃない。あ、それで家族に報告に来た感じ?」
その質問に、マリアネは俺のほうをチラッと見た。
「そうね。他にも報告したいことがあって」
「ふぅん。ところでこちらの人たちは? 見かけない顔だけど……」
「今私が所属しているパーティのメンバー。こちらがリーダーのソウシさん。もちろん全員Aランクよ」
俺たちが軽く会釈をすると、ユアンと呼ばれた女性は少し驚いたような顔をした。
「Aランクパーティなんてほとんど見たことないけど、なんていうか……すごく強そう。あ、私ユアンです。マリアネと幼馴染なんです」
「初めましてソウシです。マリアネさんにはお世話になっています」
「ソウシさん、Aランクのソウシさん……なんかどこかで聞いたことがあるような……?」
ユアン嬢が思い出すようなしぐさを見せたので、マリアネが珍しく慌てたように言葉をついだ。
「ところでユアン、ラピアたちも元気にやってるの?」
「あっもちろん。といってもみんなもう結婚してて、子どももいるからなかなか会えないけどね。マリアネはそういう話は?」
「ああ、ええ、まあ、そういう話もなくはないわ」
再度俺の方をチラッと見るマリアネ。
それでユアン嬢はなにかを察したようで、ニコッと笑ってマリアネの肩を叩いた。
「なんだ、そういうことね。それじゃこっちに帰ってもくるわよね。あ、でも商会のお坊ちゃまがまだ諦めてないとか言ってたから少し大変かもだけどそこは頑張ってね。それと時間があったら一度ご飯食べに行こうよ」
「ええ、久しぶりに話もしたいわ」
ユアン嬢はマリアネの返事に満足したのか、手をひらひらさせてパーティの方へ戻っていった。
マリアネが多少バツの悪そうな顔を俺に向けてくる。
「すみません、幼馴染なのですが、昔から落ち着かない娘で」
「いや、昔のマリアネのことがわかるようで楽しいよ。それで、マリアネはこの後実家に帰るんだろう?」
「ええ、そうさせていただけると助かります」
「助かるというか、それが普通だから気にすることじゃないさ。それで、俺も挨拶に行こうと思うんだが、いつがいいだろうか? 今夜だとさすがに慌ただしいだろうし」
「それなのですが、実は昼の時に今夜ソウシさんが来ると伝えてしまったのです。すみません、言うのが遅れました」
「ああいや、ご両親がそれでいいなら俺は問題ない。ただそうだな、なにかお土産を――」
と言うと、マリアネはクスッと笑った。
「いえソウシさん、庶民が侯爵閣下になにかいただくというのは色々と気を遣うものなので今日のところは大丈夫ですよ。今回は挨拶だけということにしておいてください。そうでないと父も母も色々と慌ててしまいますので」
「そういうものか」
よく考えるまでもなく、いきなり英雄兼侯爵兼総督とか意味のわからない人間が来たら、普通の人間なら腰を抜かしてしまうだろう。
俺自身そんなものを誇るつもりは毛頭ないが、自覚がないまま他人に接するのも避けないといけないのだろうな。




