20章 『龍の揺り籠』、そして獣人の里へ 15
王国への旅ではあるが、基本的には帝国領内の街道をひたすら南下することになる。
帝都に来るときはサクラヒメの故郷ザンザギル領に寄ったりドワーフの里に行ったりしたが、今回はほぼ一直線に王国との国境を目指している。
まず向かうのは、王国との国境の近くにあるルアールという町だ。
帝都に来るときに『カオスフレアドラゴン』を討伐した国境の町ガッシェラ。ルアールはそこから西に1日半ほど行ったところにあるらしい。もちろんそこがマリアネの故郷ということになる。
道中はかなり快適なものだった。実はゲシューラが馬車を改良しており、衝撃を吸収するサスペンションに似た機構が改良されていて、安定性も高く乗り心地もよくなっている。
その分重量は並の馬車より重くなっているようだが、『精霊』のおかげで余裕で牽引できているどころか、速度も並の馬車より出ている。さらには防音の魔道具を設置して車内の静粛性まで高めていたりするので、気分は前世の高級車といった感じである。
そんな旅の4日目、その日俺と同じ馬車に乗るのはマリアネとドロツィッテの2人だった。ちなみに馬車に誰と乗るかはローテーションになっている。11人もいると自然とグループ分けができるものだが、『ソールの導き』は意外にもそのグループ分けはゆるやかだ。
「マリアネの故郷のルアールはどんな町なんだ?」
「子爵家が治める町ですね。規模は王国のエウロンと同じくらいで、雰囲気も似ていると思います」
「エウロンか、行ったのは随分と昔に感じるな。そういえばマリアネと出会ったのはエウロンだったか」
「そうですね。ソウシさんのことは最初は変わった人だと思っていましたよ。私のそっけない対応も気にした風がありませんでしたから」
そこでふっと薄く笑うマリアネ。俺としても彼女のあの塩対応に自覚があったのは少し驚きではある。
そこをつつこうか迷っていると、先にドロツィッテがぷっと吹き出した。
「マリアネに自覚があったのは驚きだね。しかしソウシさんは、そんなマリアネにずっと対応を頼んでいたんだろう? それはやっぱりマリアネが美人だからかい?」
「仕事をキチッとやってくれたからかな。大切なのは態度じゃなくて仕事をしてくれるかどうかだしな。もちろんそれとは別に美人だとは思ってはいたよ」
「だそうだよマリアネ。よかったじゃないか」
とドロツィッテがニヤニヤ顔を向けると、マリアネはふいと横を向いた。
「ところでマリアネの家はどんな家なんだ。まさか結構大きな家だったりするのか?」
と聞いたのは、『ソールの導き』にはやんごとなき女性が多いからだ。マリアネもそれを理解してか目元を緩めて首を横に振った。
「いえ。私の両親も祖父母も料理人で、町では食堂をやっています。食堂としては大きな方ですが、驚くほどでもないと思います」
「跡取りとかはいるのか?」
「ええ。兄夫婦が跡を継ぐ予定ですので問題ありません」
「それはどういう意味で『問題ない』のかな?」
ドロツィッテが再びニヤニヤ顔を向け、マリアネは横を向く。
「そういうドロツィッテはどうなんだ? グランドマスターが一冒険者パーティに加入する形でついてきてしまっていいのか? サブマスターのアーロイさんが困ってると思うが」
「ははっ、それは今更だね。私もマリアネと同じで、そろそろ身を固めないとまわりがうるさいところもあるんだよ。実はあちこち出歩いているのはそれを避けるためもあるのさ」
「そのような話は初めて聞きますが」
マリアネがお返しとばかりに口を出すと、ドロツィッテは肩をすくめてみせた。
「あまり言いふらすことでもないからね。だいたい私がグランドマスターについたのだって先代が無理矢理押し付けてきたからだからね。とりあえずギルドを安定して運営できるようにまでは整えたんだから、多少は自由にさせてもらいたいところだよ」
「グランドマスターの放浪癖は多少で済むレベルではないと思います」
「放浪癖っていうのは酷くないかマリアネ。私は自分で直接見る必要があるものについて、自分の目で確認しているだけさ。今回『ソールの導き』に入ったのだって同じこと。ソウシさんは間違いなくこの大陸の行く末を決めるような事態に直面していくと思うからね。私としてはそれをこの目で見ない訳にはいかないのさ」
「グランドマスターが直接見る必要があるかどうかは考えないのですね?」
「直接見なければグランドマスターとしても正確な判断は下せないからね。それくらいデリケートな案件ということだよ」
「なるほど、そういうことにしておきましょう」
マリアネが冷ややかな視線を送り、ドロツィッテが再び肩をすくめる。
「前から思ってたんだが2人は仲がいいんだな。そういえばマリアネもずっとグランドマスターと直接やりとりができるような感じだった気がするが」
「まあね。マリアネは旅先で私が直接専属職員候補としてスカウトしたんだよ。まさかこんなことになるとは思ってなかったけどね」
「その節についてはグランドマスターには大変感謝しています。私もギルド職員になってこのような出会いがあるとは夢にも思っていませんでしたから」
「ふふっ、それはお互い様かもしれないよ。マリアネが目敏くソウシさんに目を付けてくれたからこそ、ソウシさんという特別な存在を早くに知ることができたからね」
当たり前の話だが、出会いの裏にも色々と興味深いつながりがあるようだ。そういったいくつかの偶然の上に今の俺たちがあるというのなら、その運のよさにも感謝をしなければならない。さすがにそこまでは俺の『天運』も関係はしていないだろうからな。
俺の『天運』がいたずらをしなかったからか、ルアールの町までは特にトラブルもなく10日ほどでたどり着くことができた。
ドロツィッテ曰く「帝都から国境まで馬車で10日で来られるなんて驚きだね。しかもこの馬車、皇帝陛下専用車より快適なんじゃないかな」ということなので、やはり『ソールの導き』らしく常識外れの旅ではあったようだ。
遠くに山と森と川を望むルアールの町は、たしかにエウロンの町と同程度の規模であった。
城門前で馬車を降り、馬車はすべて俺の『アイテムボックス』にしまうが、近くを歩いていた旅人がそれを見て目を丸くした。
城門は『ソールの導き』を名乗ると完全顔パスで通ることができた。俺たちはあまりに目立つ一団なので、門を守る衛兵だけでなく、入場待ちの人々からも好奇の目を向けられる。もっともこのあたりはすっかり慣れてしまった。というより、ここはまだ帝都より遥かに反応が少なくて助かるくらいである。
「で、ご飯はマリアネのところで食べることにして、まずは宿を取る感じかな?」
昼前の通りを歩きながら、ラーニが鼻をヒクヒクさせて周囲を見回す。おそらく美味そうな肉料理を出す屋台でも探しているのだろう。
「ソウシ様は侯爵ですから、本来ならば子爵家にもてなしてもらうことも可能なのですが、それは考えてはいないのですわね?」
マリシエールはさすがに顔が知られすぎているので、町中では一応顔を隠しぎみにしてもらっている。もっともその高貴な雰囲気はまったく隠し切れてはいないのだが。
「先触れも出さずにいきなり来ているし、お忍びという前提だからな。マリシエールは旅に出ていた時はどうしていたんだ?」
「『睡蓮の獅子』として活動していた時は、やはり宿に泊まることが多かったですわね。全員が貴族家の子弟でしたし、領主の世話になると色々と面倒もありましたので」
「ああなるほど。まあ俺たちも似たようなものか。とりあえず宿を取ってから飯を食おう」
ということで、町で一番上等な宿屋で部屋を取り、まずはマリアネの両親が経営するという食堂へと向かった。




