20章 『龍の揺り籠』、そして獣人の里へ 14
『龍の揺り籠』の30階まで踏破した俺たちは、そこで探索を終えた。
転移装置で帝城の地下へ転移し階段を上り城の一階まで戻ると、日はすでに沈みかけており、夕刻の迫る時間となっていた。
俺たちの帰還に合わせて皇帝陛下が夕食などを用意してくれていたとのことで、その日は帝城にて夕食を取って一泊。翌日は朝一で皇帝陛下に『龍の揺り籠』での活動を報告した。
その場でいくつかの素材については献上をした。ドロツィッテやマリシエールの言った通り、『ヒュプノタイガー』と『ベヒーモス』の毛皮は初めて見つかったものということもあり評価が高かった。
「こちらのベヒーモスの毛皮は新たな国宝となるでしょうね。さっそくマントとして仕立てさせましょう。しかしソウシ殿たちにはもう、どこか領地を差し上げないといけないくらいのものをいただいていますね。せっかくですから『黄昏の庭』に近い土地はすべてソウシ殿のものにでもしましょうか」
と皇帝陛下も冗談を言っていたが、献上品も多すぎるとそれはそれで経済問題に発展しかねない。このあたりはダンジョン産の素材が無から有を生み出すものであるというのも大きい。
本来ならばダンジョン産の素材というものは、冒険者という人材が、自分たちの命を含め、様々な物を消費しながら少量を手に入れるものだ。ところが俺たちはその気になれば、ほとんどなにも消費することなく、いくらでも価値の高い素材を採取できてしまう。あまりやりすぎると各方面に軋轢を生みかねないというのは、少し考えれば理解できる。
献上品に対する下賜の一部として、以前献上したカオスフレアドラゴンの鱗を研究用にいくつかいただいたりして、俺たちは帝城を後にした。
その後は、帝都の家で3日ほど休んだ。
行く先はすでに決まっているので、準備などを含めた休日である。
ゲシューラは自分の部屋で色々と実験などをしていたようだが、その中で『カオスフレアドラゴン』の鱗が金属であることが判明し、ミスリルと合金にすることで非常に強靭で魔力と親和性の高い金属ができることなどが判明した。
ただ実際に実用レベルで合金を作り、さらに武器や防具にするにはドワーフの技術が必要らしい。そもそもカオスフレアドラゴンの鱗そのものが希少品なので、市場にインパクトを与えるような発見にはならないようだ。といっても史上初の発見であることに違いはなく、これはこれで大変な話である。
それと『ウェアドラゴンリーダー』の小さな鱗は、やはり防具の作成に有用な素材であった。『スケイルメイル』という鱗状の金属を並べて作る鎧が有名だが、この鱗を使えば高性能なものが作れるらしい。ただこちらはエルフの技術が必要になるとかで、やはり高度な素材は専門家にしか扱えないようだ。
なお強壮薬になるという『グレートアームズ』の『睾丸』だが、帝城勤務の薬剤師に見せたところ、ぜひ扱いたいというので買い取ってもらった。
「オクノ侯爵様ならご理解いただけると思うのですが、強壮薬は貴族には必須のものなのです」
と壮年の男性薬剤師に真面目な顔をして言われたが、後で考えたら、もしかしたら彼には勘違いをされていたのかもしれない。
そして4日目の朝。
旅の準備を整えた俺たちは、いよいよ王国にある獣人の里や、フレイニルの実家があるアルマンド公爵領に向けて出発するということになった。
家の前には4台の馬車が停まっている。3台は大型の4人乗り箱型馬車、1台は厚手の幌がついた荷馬車である。
マリシエールとドロツィッテも合流して総勢11人となった『ソールの導き』だが、さすがに有名になりすぎてしまったため、街中をそのまま歩くのは騒ぎになるとドロツィッテから忠告を受けたのだ。
ちなみに馬車を牽くのは馬ではなく、シズナが召喚した獣型の『精霊』である。馬のように世話のいらない労働力という意味でも『精霊』は非常に有用だ。
ゲシューラとドロツィッテが荷馬車に乗り込むと、残り9人はそれぞれ3人ずつ箱型馬車に乗り込んだ。一応先頭の馬車の御者席にはシズナが座り『精霊』の様子を見ることにして、残り3台は『精霊』が勝手に後を付いて行く形になる。
「ミルグレットさん、それでは家のほうはよろしくお願いいたします」
「はいオクノ侯爵様、こちらはお任せください。無事に旅を終えられ、お戻りになる時をお待ちしております」
俺は家宰の立場にあるミルグレットさんに挨拶をして、シズナに馬車を進ませるように頼んだ。
『精霊』は非常にスムーズな動きで馬車を牽き始める。この世界に来て初めて買った家……というにはあまりに大きい邸宅が、馬車の窓から次第に離れていく。
「ソウシさまと再び旅に出られるのをとても嬉しく思います。しかしソウシさまと初めてお会いした時に比べて、旅の形がまったく違うものになっているのには本当に驚きますね」
向かい合わせの席で、フレイニルがそう言って楽しそうに微笑んだ。
先頭を走るこの馬車の客室内には、俺とフレイニルの2人だけしかいない。御者席にはシズナがいるが、御者席は客室とは隔てられている。
「本当にそうだな。たった一年ほどでここまで状況が変わるとは思っていなかったよ。自分が貴族になるなんて考えたこともなかったしな」
「ソウシさまはなるべくして今の地位になられたのだと思います。それにその……ソウシさまはどのようなお立場になられても、私にとっては同じソウシさまですので」
「そう言ってもらえると俺としてもありがたい。仲間に貴族扱いされるのは御免こうむりたいからな。しかし俺の立場も変わったが、フレイもまったく変わってしまっただろう?」
フレイニルも会った時は家と教会を追い出された元聖女候補という立場だったが、今では教皇猊下にも認められるほどの次期聖女である。もっとも本人はアーシュラム教会の聖女になるつもりは今のところないようだが。
「私は聖女になるつもりもありませんし、母のいないアルマンド公爵家にもそこまでの心残りはありません。ソウシさまと共にありたいという願いはもとから変わっていませんから、私にとって今の状況は昔と変わりがないのです」
「なるほど……。そういう意味で言えば、俺も一年前となにも変わってないのかもしれないな。いや、皆と共に生きていきたいと考えるようになったから変わったともいえるか」
「ふふっ。ソウシさまらしいですね、そういうお気持ちのありようは」
そう言って目を細めるフレイニルの顔立ちは、出会った時より少し大人びたように見える。まあ一年も経ったのだから当然と言えば当然か。もっとも体つきなどはあまり変化がないような気がするのは、『覚醒者』特有の成長の仕方のせいなのかもしれない。
馬車はいつの間にか帝都の中央通りを南下していた。一時期の熱病のような戦勝ムードもようやく収まりつつあり、通りを行き交う人々の顔は明るいが浮かれたような感じはなくなっている。こちらの馬車はわざと地味に装っているので、俺たちが『ソールの導き』だと気づくものはほとんどいない。ただ全身金属の獣型『精霊』の姿を見て目を丸くしている者は多い。
やがて城門が近づくと、いよいよこの帝都から離れるという感慨が強くなる。この世界での国から国への旅は、前世と違って数か月単位で行うものだ。次にこの都に戻るのはいつになることか。まあしかし、そういう旅も悪くない。
帝国名誉侯爵にして『黄昏の庭』の総督などという肩書をもらってしまった以上、そしてこの先もそれなりに長生きするつもりがある以上、俺もいつかはどこかに落ち着くことになるはずだ。だからそれまでは、せいぜい冒険者としての生活を楽しませてもらうとしよう。




