20章 『龍の揺り籠』、そして獣人の里へ 13
後衛陣によって一匹のベヒーモスが倒された一方で、マリシエール率いる前衛陣4人とマリアネも、もう一匹のベヒーモスと戦いを繰り広げていた。
こちらはメンバー全員が『疾駆』持ちのため、ベヒーモスの周囲を高速で移動しながら、ヒットアンドアウェイ戦法をとっている。
特にラーニとマリアネは『跳躍』『空間跳び』を駆使して空中から立体的に攻撃を仕掛け、完全にベヒーモスを翻弄していた。
ベヒーモスも巨体を振り回し牙と長い鼻で攻撃をするが、それらがマリシエールたちを捉えることはない。さらに要所要所でベヒーモスの攻撃をマリシエールが『告運』スキルで逸らして無効化すると、その瞬間ベヒーモスに大きな隙が生じる。そのタイミングで残り4人が一斉に攻撃を仕掛けると、ベヒーモスの防御をつかさどっている体毛が次々と飛び散っていく。
「ここですね」
わずかな体毛の切れ目を狙って、マリアネが鏢を次々と打ち込んでいく。何発目かが刺さったところで、ベヒーモスの動きが明らかに重くなった。『状態異常付与』の毒だろうか。
「マリアネナイスだよ!」
その機に乗じてカルマが大技『虎牙斬』を繰り出す。光をまとった大剣『獣王の大牙』が、ベヒーモスの後ろ足をザックリと半分以上切り裂いた。
「チッ、切り落とすつもりだったんだけどねぇ!」
カルマはそう叫びつつ、『疾駆』で大きくバックステップする。一瞬前までカルマがいた場所を、ベヒーモスの鼻先についた斧が通り過ぎる。
「今度はこっち!」
ラーニが『跳躍』し、体毛のはがれた部分に長剣『紫狼』の切っ先を突き刺す。『伸刃』スキルによって延長された刃が、深々とベヒーモスのわき腹を貫いた。
ブモッ!!
怒りに震えたベヒーモスが身体をねじるが、ラーニはすでに飛びのいた後だ。
さらに今度はサクラヒメが、『繚乱』と『舞踏』スキルでの凄まじい手数でベヒーモスの体毛を削っていく。
そのような感じでしばらく戦っていると、満身創痍となったベヒーモスは、完全に足を止めて動かなくなった。
「おしまいにいたしましょう」
最後はマリシエールが長剣『運命を囁くもの』をベヒーモスの眉間に突き刺し、こちらも無事討伐完了となった。
なお俺が受け持った一匹は素直に正面から突っ込んできたので、その鼻面にメイスを全力で叩きつけた。『万物を均すもの』の前では体毛の防御力などいかほどの意味もなく、ベヒーモスの前半分が吹き飛んでしまった。
見た目はかなりの迫力だったベヒーモスだが、戦いが終わってみればこちらの被害はほとんどない一方的な勝利となった。
「飛び道具とかない相手だったから楽勝だったわね。ただあの防御力はちょっと面倒かな」
ラーニが両手を頭の後ろに組んで、背筋を伸ばしながらこちらへ戻ってきた。
いつの間にか俺の隣に来ていたスフェーニアがうなずいて答える。
「あの毛皮の防御は私たちだから破れたのだと思います。ソウシさんの『将の器』、そしてフレイの『神霊の猛り』、この2つの強化スキルがなければきっと苦戦していたでしょう」
「あ~そうかも。そう考えるとやっぱりかなり強力なボスだったのかな」
「下手をするとこちらの攻撃が一切効かずに負けるということもあるかもしれませんね」
というスフェーニアの評価に、メモを取っていたドロツィッテも同調した。
「その通りだと思うよ。事実シズナの『精霊』がいい働きをしてくれなかったら魔法はほとんど効かなかったかもしれない」
「ふ~ん。まあAランクを超えるボスなんだしそれはそうか。それより宝箱はどっちなのかな。金か銀かでいろいろ変わるわよね」
「そうなんだ。あのベヒーモスがレアなのか通常ボスなのかは重要なところなんだけど……」
と話をしていると、3つの宝箱が出現した。すべて金箱なのだが、それを見てドロツィッテは複雑そうな顔をした。
「金ということはベヒーモスはレアボスか。通常ボスがなんなのかわからないままになってしまうのは困ったものだよ。まさか『ソールの導き』にこんな罠があるとは、さすがの私も考えていなかったね」
「でも金箱が出るのはラッキーなんだからいいでしょ。ねえソウシ、開けていいよねっ!」
「ああいいぞ」
許可を出すといつものラーニとシズナ、そして珍しくスフェーニアが開けに行った。
出てきたのは精緻な装飾が入った白い短弓と、漆黒の毛皮でできた丈の短いマント、そしてその毛皮そのものの素材の3つ。今回はドロツィッテが『鑑定』をする。
「ええと……この毛皮はベヒーモスのあの防御力を再現できる素材みたいだ。こちらのマントは『極点の賢者』という名前で、『全属性魔法耐性+5 金剛壁+5』の効果付きだ。いやこれもまた凄まじいね。で、こちらの弓は『月天弓』、『貫通・極+3 必中+3 聖属性+5』の効果付き。アンデッドに対して強そう、なんて評価じゃ収まらない驚きの武器だ」
目を輝かせながらメモを取りはじめるドロツィッテ。
その横に立って同じように目を輝かせているスフェーニアが、俺のほうをチラチラと見てくる。
「その『月天弓』はスフェーニアのものだな。試してみてくれ」
「ありがとうございます。これでようやく弓もランクにふさわしいものになりそうです」
スフェーニアは『月天弓』を手に取ると、構えてみたり弦を軽く引いてみたりして、その具合を確かめ始めた。どうやら満足のいくものだったらしく、少しすると弓をおろし、笑顔を俺に向けてきた。
「不思議なくらいに手に馴染む弓です。それに聖なる力も感じますので、これまで以上にソウシさんの、そしてパーティのお役に立てるようになると思います」
「スフェーニアの魔法と弓にはずっと助けられている。これからもよろしく頼む」
「はい。しかしこの弓は、こちらの『ビフロスト』と同じようにエルフの宝になるくらいの逸品です。これらをソウシさんからいただいたとなれば、『聖樹の洞』も認めざるを得ないと思います」
と、スフェーニアうっとりしたような目で短杖『ビフロスト』と『月天弓』を眺めて言う。彼女が口にした『聖樹の洞』というのは、エルフの支配階級であるハイエルフが住む『奥里アードルフ』にある行政府のことである。それが『認めざるを得ない』というのはなにを指しているのか……まあなんとなくわかってしまう気もするが、俺は「そうか」と答えるのみにとどめた。
さてもう一つの毛皮のマントだが、今のところマントを着用しているのはスフェーニアだけである。ところがエルフは習俗的に毛皮の装飾品は好まないらしく、ハイエルフである彼女もできれば身に着けるのは避けたいらしかった。
では他に欲しい者はいないかと声をかけたところ、意外にもゲシューラが手を挙げた。
「これはなかなか美しい毛皮だ。それに『黄昏の庭』の冬に着用するのにも丁度よい」
ということで、満場一致で彼女のものとなった。彼女はもともと直視するのもはばかられるほどの薄着なので、マントをつけてくれるのは俺としても安心できる。
なお毛皮の素材だが、素材としては間違いなく優れているのだが、どうも冒険者の装備を作るのには適さない感じであった。
なのでドロツィッテの、
「これは皇帝陛下のマントを作るのに丁度いいんじゃないかな。陛下の命を守る防具としても非常に優れたものになると思うよ。多分国宝になるんじゃないかな」
という言葉で帝室に献上することが決まった。
さて、このボス撃破をもって今回の『龍の揺り籠』攻略はタイムリミットになった。正直地下30階でもヴァーミリアン王国の王都にあるAクラスダンジョンのような厳しさがないので、このダンジョンはまだまだ深い階層がありそうだ。
ただなんというか、これは完全に俺の勘なのだが、このダンジョンは踏破できないような作りになっている気もする。まさに俺がやっていたゲームのエンドコンテンツのような、そんな雰囲気があるのだ。もっともそんな説明は間違っても皆にはできないが。
「ソウシさま、これで地上に戻るのですね」
俺が妙なことを考えていると、フレイニルがそばに来て見上げてきた。その顔が妙に寂しげなので気になってしまったのだが、そういえば結局フレイニルの杖は出なかったのだ。
「今回はここまでにしよう。大丈夫、フレイニルの杖は必ずどこかで新しいものが手に入るさ。それまで俺が一緒にダンジョンに入るから」
「ソウシさま……。はい、ありがとうございます。でもソウシさまが一緒にいてくださるなら、私は新しい杖はいらないかもしれません」
「新しい杖が手に入ってもずっと一緒にいるから安心してくれ」
そう言ってフレイニルの頭をなでてやっていると、ラーニやカルマが妙に生暖かい視線を投げかけてくるのに気付いた。
まあたしかに、俺は少しフレイニルには甘いのかもしれない。




