20章 『龍の揺り籠』、そして獣人の里へ 07
セーフティゾーンも大理石様の石で作られた広い部屋であった。
当然俺たち以外のパーティはいないので、誰にも気兼ねすることなく野営をすることができる。というよりテントすら設営しなくていいので非常に楽だ。ただし風呂やトイレ用の小型テントは当然たてているが。
取れたての『ティタノボア』の肉を堪能した後、皆でお茶と甘味を楽しんでいると、ラーニがフレイニルの膝をつついた。
「それでさ、結局フレイって、アルマンド公爵家とかいう貴族とどんな関係なの? フレイがその公爵家の出身ってことよね?」
いつもの無遠慮かつクリティカルな質問に、しかしフレイニルは微かに笑いながら対応した。
「そうですね、私はアルマンド公爵の娘になります。私の母は公爵の側室で、アーシュラム教の熱心な信徒だったのです。そのこともあって私もよく教会に出入りをしていたのですが、気がつくといつの間にか聖女候補にされていました」
「ふぅん。まあフレイを聖女候補にしたっていうのははわからなくもないわね。見た目からもピッタリだと思うし」
「そ、そうでしょうか?」
少し頬を赤らめて、なぜか俺の方を見てくるフレイニル。
俺がうなずいてやると、フレイニルはさらに恥ずかしそうな顔をしながらラーニのほうに向き直った。
「聖女候補になった後は王都に来てたんでしょ?」
「そうです。名誉なことだから王都の大聖堂で修業をしなさいと言われて、王都へ移り住むことになりました」
「それがどうして冒険者になんかになってたの?」
「ある日私は『覚醒』したのですが、その時に聖女として必要なスキルを持っていないことがわかったのです。それで聖女としての資格がないと言われて、教会を追い出されるような形でバリウス子爵領の町まで連れてこられたのです」
「え~。冒険者になってすぐにスキルなんて持ってるわけないのに。フレイは文句を言わなかったの?」
「その時はなにもわからなくて、ただ言われるがままでした」
「でもその公爵様だって普通止めるよね。お母さんだっていたんでしょ?」
「母は少し前に亡くなってました。父……公爵とはもともとそこまで話をしたことはないんです。そもそも聖女候補として外に出したのも、公爵家の名を高めるための道具みたいな扱いだったからなんだと思います」
「ええ~、それってひどい話。公爵のところに行ったら文句を言ってやらないといけないわねっ」
ラーニが意気込んで言うが、フレイニルは静かに首を横に振った。
「いえ、もう私にとってあの家のことはどうでもいいんです。むしろおかげでソウシさまに出会えましたから、お礼を言いたいくらいです。それにラーニたちともパーティを組めて今は毎日が楽しいですし、私はこれが自分のあるべき姿なんだと思ってます」
「あ~、そういう考え方もできるのかぁ。だったらありがとうございましたって言ってやるのもいいかもね。きっと悔しがるんじゃないかなあ」
「ふふっ。でも公爵がどのように考えているのかはわからないですから。行ってみて、話をしてから考えますね」
そう余裕をもって答えるフレイニルの横顔には、会ったばかりの時の頼りなさは影も形もなかった。
俺とともに旅をして一番変わったのはフレイニルかもしれない。もしそうなら、リーダーの俺としても喜ばしいことではある。公爵領に行ってどのような話が出てくるのかはわからないが、俺の立ち位置は常にフレイニルの側にありつづけようと、そんな恥ずかしいことをひそかに心に決める。
フレイニルの話が終わり場が落ち着くと、再び雑談が始まった。
俺がお茶を飲みながらフレイニルとシズナの神話などに関する談義に耳を傾けていると、スフェーニアが俺の隣に座ってきた。
スフェーニアは肩を寄せ、耳打ちするように言った。
「ところでソウシさん、今日も宝箱からはいい装備品が出ていましたね」
「ん? そうだな。さすがに金箱からはいいものが手に入るな。さすがに3つ同時は大盤振る舞いだと思ったが」
「実は私、弓のほうがそろそろ物足りなくなってきているのですが」
「ああ、そういえば今使っているのはBランクの装備だったか。職人に作ってもらえばよかったな。しかし弓職人となると、やはりエルフの里のほうが……」
「いえそうではなく、やはりソウシさんのお力によって、戦いの時に手に入れたものが欲しいのです」
そう言いながら、人形のように美しい顔をすっと近づけてくるスフェーニア。『ソールの導き』は俺以外全員美形ではあるが、ハイエルフという種族の特性かスフェーニアの顔立ちは人を超えたようなところがある。ゆえに必要以上に近づかれると、俺としても少し体を反らさざるを得ない。
「ま、まあ、言いたいことはわからなくもないが、こればかりは運だからな。明日以降でいいものが出るのを願っておこう」
「ふふっ、それで大丈夫です。ソウシさんは運をも味方につけている人ですから、これで間違いなく手に入るでしょう」
嬉しそうに微笑みながら、スフェーニアは俺の手を取って胸にあてる動作をした。
彼女がこのような直接的な行動をするのは珍しい気がする。俺とほかのメンバーとの関係性が微妙に変わってきたからか、新しくマリシエールとドロツィッテが加入したからか、彼女にも思うところがあるのかもしれない。単に初めてのクラスレスダンジョンで気分が高揚しているだけかもしれないが。
「へえ、そういう感じで新しい装備品が手に入ることもあるのかい? それなら私の杖もそろそろ変えたいと思っていたんだけど、ソウシさんどうかな?」
耳ざとくドロツィッテがそんなことを言ってくるが、彼女の持っている『理知の杖』というのは相当な逸品だとマリアネから聞いている。
「その杖を超えるものは難しいと思うぞ。細剣の方なら出るかもしれないが」
「もちろんそれでも構わないよ。ただどうやら、『ソールの導き』だと、レアな宝をもらえるのが色々と大切みたいじゃないか。さっきのラーニの首輪の件もあるしね」
そう言いながら、ドロツィッテは意味ありげにラーニの方を見る。視線に気づいたラーニは首輪を触りながら「これいいでしょ!」と言って嬉しそうな顔をする。後ろの方でカルマが拗ねたような顔をしてるので、首輪こそもう一つ必要かもしれない。
「それは知らないが期待せずに待っててくれ。武器と言えばシズナの方もそろそろ物足りないか?」
「そうじゃのう。わらわも魔法の力がついてきたゆえ、今の杖だと物足りないかもしれん。期待させてもらおうかの」
確かシズナの杖は物理効果のある『精霊』向けのものだった。ランクもほかのメンバーの物に比べて低いので、シズナ自身の魔法の力が上がってきた今、こちらも必要かもしれない。
ふと視線に気づいてそちらを見ると、フレイニルが『聖女の祈り』を胸に抱くようにしながら、俺の方をじっと見ていた。
「フレイはその杖を気に入っているようだな」
「はい、この杖は素晴らしいものです。『聖女の祈り』という名前も、とても気に入っています。ですがソウシさまが新しく手に入れられたものなら、私はそちらも使ってみたいと思います」
「そ、そうか」
なぜがフレイニルの視線に、今までにない強い力を感じる気がする。このあたりも彼女が成長した証ということなのだろうか。




