20章 『龍の揺り籠』、そして獣人の里へ 05
地下1、2階はとにかくオーガアデプトの大群と何度も戦うことになった。
ドロツィッテ曰く「なんていうか、Aランクモンスターが本当にゴブリン並みの扱いで驚くね」とのことで、俺としてもまったく同じ感想である。
特に2階では最大40体のオーガアデプトが隊列を組んで襲い掛かってくるが、勢いに乗ってきた後衛組の魔法がすさまじく、前衛が接敵する前に半分以上が消滅しているくらいであった。
二分の一の確率でドロップするという『オーガの大剣』だが、俺の『アイテムボックス』に放り込んだ数は200本を余裕で超えているのではないだろうか。『オーガの大剣』自体はかなり強力な武具でそこそこの高値で取引されているらしいのだが、この本数を市場に出したら値崩れするかもしれない。
さて地下3階から出てくるのは、お待ちかねの『ティタノボア』である。前世では古代に存在した大蛇の名前だったが、この世界では巨大イノシシ型のモンスターである。小型ゾウなみの巨体が30体以上、『疾駆』で一斉に突っ込んでくる様子は普通なら恐怖どころか絶望的でしかないが、メンバーが討ち漏らしたとしても、俺の『誘引』スキルで吸い寄せられ『不動不倒の城壁』に頭から突っ込んできて自爆するだけである。
ティタノボアにとっては理不尽極まりない戦闘ではあるが、ドロップアイテムの『高級豚肉』はラーニ、カルマ、シズナの大好物なので容赦なく乱獲した。3、4階で一年分以上の量が獲れたと思われる。
「一部帝室や市中に回していただけると大変助かりますわ」
とマリシエールに頼まれたので、少しは売る予定である。食材はいくらあっても帝都では一瞬で消費されるので、もし今回の肉を全部放出しても値崩れなどは一切しないとのこと。
地下5階で出現するのは小型ドラゴンの『スモールドラゴン』。通路が恐ろしく広いのだが、それでも10体以上の小型ドラゴンがひしめき合う景色は悪い夢でも見ているようだ。
「ソウシ殿、ここはソウシ殿の力でさっさと突破してしまった方がよいのではないかのう?」
一回普通に戦ったのだが、あまりの乱戦模様にシズナがそんなことを言ってきた。ほかのメンバーも賛同したので、以後は俺の『圧壊波』ですべて肉片に変えて進んでいった。ブレスごとなすすべなく潰れていく小型ドラゴンには、モンスターながら同情を禁じ得ない。
ボス部屋前の扉までは、休憩を含めて4時間ほどかかった。『ソールの導き』としては少し遅いペースだが、ここまで倒してきたモンスター数を考えると異常なスピードではある。
ボス戦前の休憩を指示すると、マリシエールが少しだけわくわくしたような顔で近づいてきた。
「ボスは『ケルベロス』ですが、ソウシ様は以前レアボスと戦ったのでしたわね?」
「ああ、黒い奴だったな。なかなかの強敵だったとは思ったが、結局俺の相手ではなかったな」
王国のクラスレスダンジョン『王家の礎』で戦った『黒ケルベロス』だが、客観的に見れば強敵だったはずなのだが、最後は俺の一撃にほぼ決着がつく相手だった。今回出て来ても正直相手になるとは思えない。
「そのあたりはさすがソウシ様ですわね」
「マリシエールだって、普通のケルベロスでは相手にならなかったんじゃないのか?」
「ふふっ、確かにそうかもしれませんわ」
「じゃあここは戦ったことのない私たちに譲ってね!」
ラーニが横から入って来て、それもそうかという話になりながらボス部屋へと入っていく。
やはり大理石のような石で作られた広い空間、出てきたのは灰色の毛皮を持った三つ首の巨犬『ケルベロス』3体。前世では『地獄の番犬』と呼ばれていたモンスターだが、合計9つの獰猛な犬の頭がこちらを睨む様子は、普通ならそれだけで死を覚悟する絶望感がある。
「真ん中の一体は俺がやる。右はラーニとカルマ、左はサクラヒメとマリシエールで当たってくれ。マリアネは遊撃、後衛はスフェーニアに任せる」
「了解っ!」
「お任せください」
火球ブレスを吐いてくるモンスターなので、フレイニルが『絶界魔法』で薄く光る防御壁を構築する。
後はそれぞれスフェーニアとゲシューラが雷魔法で1体ずつをひるませ、シズナとドロツィッテが岩の槍でダメージを与えている隙に、前衛組が接近それぞれ格闘戦に入る。
俺は真ん中の一体に『誘引』をかけ、火球ブレスを吐きながら不用意に接近してきたところを『圧壊波』で吹き飛ばした。距離があったのでそれだけでは終わらなかったが、おかげで久々にピンと来て『強奪』スキルを使うことができた。お宝を奪った後に止めを刺すのは、我ながら罪悪感を感じないでもない。
残り2体だが、ラーニ、カルマ組は息の合った連携を見せていた。
「ほらこっち!」
ラーニが『跳躍』で飛び上がって、『飛刃』で斬撃を飛ばしてケルベロスの気を引く。
「もらった! おらぁっ!」
その一瞬の隙をついて、カルマが『虎牙斬』で前足を切断する。
機動力さえ奪えば後は一方的だった。全身を切り刻まれていくケルベロスには哀愁を感じるくらいである。
一方のサクラヒメ、マリシエール組だが、こちらは役割分担がはっきりしていた。
「その程度の力では、わたくしの守りは破れませんわ」
前足の一撃や火球ブレスを、マリシエールが『告運』スキルですべて受け流す。一歩も下がらずに巨大なモンスターの攻撃をいなせるのは、彼女自身の卓越した体技があってのものである。
「これがそれがしの全力っ!」
ケルベロスがマリシエールに気を取られている横から、サクラヒメが猛攻をかける。連続攻撃力アップスキルの『舞踏』、そして分身スキル『繚乱』の同時発動は、空恐ろしくなるほどの攻撃力を持っているようだ。ケルベロスのわき腹が一瞬でズタズタになる様子は、気の弱い人間が見たら気を失ってしまうほどの迫力がある。
なお途中でケルベロスはサクラヒメに反撃を試みていたようだが、背後から近づいていたマリアネの一撃で、『状態異常付与』の行動停止を与えられてどうにもならなかったようだ。
「皆様とても強くて、私の防壁もまったく意味がありませんでしたね」
皆の様子を見て、フレイニルが微笑みながら見上げてくる。
「フレイの防壁があるから皆自由に戦えるんだ。それとは別に皆が強いのも確かだな。『ソールの導き』はもう冒険者のパーティとしては一番強いのかもしれない」
「かもしれない、じゃなくて間違いなく最高位だよ。それも圧倒的にね」
ドロツィッテが苦笑いしながら肩をたたいてくる。
「ところでさっきのが『強奪』スキルだね。実際使うところは始めて見るけど、スキルの特性からすると、Aランクのボス相手に使えるのはソウシさんくらいだろうね」
「そうかもしれない。さすがに俺でもかなりの抵抗を感じるからな」
『強奪』スキルは相手の『アイテムボックス』に入っているアイテムを無理やり奪うスキルだが、『アイテムボックス』をこじ開けるのに腕力を必要とするという脳筋なスキルでもある。しかも相手の強さによって必要筋力が変化するので、Aランクボス相手に使えるのは俺くらいしかいないだろう。
「なにを手に入れられたのですかソウシさま」
フレイニルが俺の手元をのぞき込んでくる。
そこにあったのは、首飾り……というより犬の首輪に近い見た目のアクセサリだった。いかにもケルベロスが持っていそうなものである。
マリアネが近づいてきて『鑑定』する。
「『獄鎖の首輪』だそうです。金剛力+2、金剛体+2の付与効果があります。国宝級のものですね」
「上位スキル2つつきのアクセサリとは凄まじいね。間違いなく初めて見つかったものだろう。いやぁこれは楽しいね! ソウシさん、この調子でどんどん強奪してくれ!」
ドロツィッテが首輪を手にして玩具を見る子供の顔でにやにやしている。
さてこうなると、当然誰がつけるかという話になるのだが、なぜかラーニとカルマが異様に興味を示してきた。
「ふ~ん、これは効果からいって前衛がつけるべきだと思うけど、効果からいうと私がつけるのがいい感じかな? ね、ソウシ」
「いやいや、前に出てガンガンやるアタシの方が相応しいと思うよ。だよねソウシさん?」
なぜか今までにない圧に、俺はつい一歩下がってしまう。
しかしこのアクセサリ、見た目が完全に首輪だ。これは女子に着けるというのは俺としてはかなり抵抗がある。
「二人とも、これを着けるのに抵抗があったりしないのか?」
「なんでだい? むしろアタシにとってはすごくカッコいいものに見えるけど」
「そうそう。私も見た瞬間こういうのが欲しかったって感じたんだよね」
2人の気迫がいつもと違う気がするのだが、もしかしたら彼女たち獣人族には首輪になにか特別な意味でもあるのだろうか。人間の感覚だとあまりいいイメージがない物なのだが。
「それなら二人でくじ引きでもなんでもやって決めてくれ」
「できればソウシさんに決めてもらいたいねぇ」
「こういうのはリーダーが決めるものじゃない?」
などと言われたが、なんとか俺が決めるのだけは回避した。ただなぜか俺が着けるという条件付きでだったが。
結局異世界版じゃんけんの結果、ラーニが着けることになったようだ。
「じゃあソウシ着けてっ!」
尻尾をブンブンと激しく振りながら、満面の笑顔で『獄鎖の首輪』を渡してくるラーニ。後ろでカルマが泣きそうな顔をしているのが妙に気になる。
約束なので着けてやると、ラーニは離れ際に「これでもうソウシのものだからね」と囁いていった。その瞬間なにか取り返しのつかないことをしてしまった予感が脳裏を走ったのだが……。
その後現れた三つの銀の宝箱を開けると、『エリクサー』が2本と『オリハルコンソード+2』が出てきた。いずれも普通なら唸るようなアイテムだが、『ソールの導き』としては特に驚きもない。と言いたいところだったが、さすがにドロツィッテは驚いていた。
「このオリハルコンの長剣なんて、普通ならAランク冒険者が大金を積んででも欲しがるものなんだけどね」
「ギルドの買取りには出すから、誰かが使ってくれるだろう」
「ははっ。こんなの出されたらギルドの職員がひっくり返ってしまうよ」
『エリクサー』は『アイテムボックス』持ちのフレイニルとサクラヒメに一本ずつ渡す。いざという時の備えは大切である。
その後ボス部屋からセーフティゾーンに移動をして昼食を取り、地下6階へと向かった。




