20章 『龍の揺り籠』、そして獣人の里へ 04
2日後、マリシエールとドロツィッテを加えた『ソールの導き』11人は、帝城の地下の一室へと来ていた。
皇帝陛下と宰相閣下、そして騎士団長のドミナート侯爵に先導されて何重もの厳重な扉を通ってたどりついたその部屋には、冷気をはらんだ空気がよどんでいた。奥には縦横5メートルはある荘厳なオリハルコン製と思しき両開きの扉が鎮座していて、この部屋が非常に特別なものであると声高に主張している。
うっすらと金色に輝く扉を前に、多少なりとも緊張をしている俺たちの前で、皇帝陛下も心持ち表情を引き締めつつ語りかけてきた。
「こちらが帝国唯一のクラスレスダンジョン『龍の揺り籠』の入り口となります。正確には、この扉の向こうにある洞窟がダンジョンの入り口で、この扉自体は3代前の皇帝が作らせたものですね。そしてこの扉は、一度開いて冒険者を中に入れた後、外側から閂をかけます。ですので、内側から開くことはできません。ダンジョンから出るには、5階ごとに存在する『転送の魔道具』にてこの部屋に直接戻るしかありません。ご承知おきください」
「承知いたしました」
「マリシエールがすでに20階までは到達しておりますし、『ソールの導き』の皆さんならそこは問題ないでしょうね。3日間で行けるところまで行くとのことでしたが、くれぐれもご無理はなさらぬように願います。もっともソウシ殿がいらっしゃれば、なんの問題もないとは思いますが」
話しているうちに余裕ができたのか、皇帝陛下はかすかに笑い、そしてドミナート団長に「扉を開けてください」と指示を出した。
オリハルコン製の扉には、電柱ほどの太さの、これもまたオリハルコン製の閂が両の扉をしっかりと封じている。
常人では動かすこともできないようなその閂を、もとAランク冒険者でもあるドミナート団長がゆっくりとスライドさせて外していく。
「では皆様の無事のお帰りをお待ちしております。どのような宝物が見られるのか、私も大変楽しみにしております」
「ありがとうございます。必ず戻ってまいりますので、しばしお待ちいただければと思います」
俺はそう言ってメンバーを振り返った。全員うなずいているのを確認し、「よし、出発する」と宣言する。
「では行って参ります」
皇帝陛下に挨拶をすると、俺と『ソールの導き』のメンバー11人は、ドミナート団長が開いてくれたオリハルコンの扉を通って、『龍の揺り籠』へと足を踏み入れた。
天然の洞窟のような通路を5分ほど歩いていくと、周囲の様子がいきなり変化した。
通路の床や壁が、磨き抜かれた大理石のような石材で作られた、高級感のあるものに変わったのだ。
いかにもハイクラスなダンジョンといった雰囲気だが、これは以前潜った『王家の礎』とまったく同じものであった。実は経験者であるマリシエールに話を聞いたのだが、地下5階までの出現モンスターも、5階ボスの『ケルベロス』も含めて『王家の礎』とまったく同じであるらしい。
先の皇帝陛下の話にもあったようにマリシエールが地下20階まで踏破していることもあり、今日は一日で地下10階まで行く予定である。なおその地下20階というのが『龍の揺り籠』での最深到達記録だそうだ。
ともかく幅が10メートルはありそうな大理石の通路を11人で歩いていくと、さっそく『気配察知』に感がある。
正面からぞろぞろと歩いて来たのは、大剣を担いだ巨躯の鬼『オーガアデプト』。鍛えられた上半身は筋肉の塊で、一体一体がAランク冒険者並みの実力を持つ。『王家の礎』では一回の戦闘で3、4体の出現数だったが、今回は『ソールの導き』フルメンバーなので脅威の30体オーバーだ。普通に町一つどころか、小国の軍くらいなら壊滅させられる戦力である。
「『ソールの導き』の特殊性はすでに感じているところですが、まさかオーガアデプトがこんなに出てくるなんて驚きしかありませんわね!」
と口にする割には嬉しそうなマリシエール。すでに長剣『運命を囁くもの』を抜きはなって構えている。
「よし、いつもの通り魔法で先制。フレイは『神の後光』を頼む」
「はいソウシさま、『神の後光』!」
オーガアデプトの隊列が淡い光に包まれ、かすかに弱体化のうめき声が聞こえてくる。
その間に俺、ラーニ、カルマ、サクラヒメ、マリシエールの前衛組が前に出る。マリアネは中衛だ。フレイニル、スフェーニア、シズナ、ゲシューラ、ドロツィッテは後衛。その後衛組を、シズナが呼び出した4体の『精霊』鉄人形が守るように囲む。こちらも総勢11人プラス4体だ。しかしいまさらながらに、15対30というのはダンジョンでの戦闘とは思えない。
まずは後衛組の魔法である。フレイニルは先制の後に精神集中に入っているので、まずはスフェーニアとゲシューラが雷魔法を放つ。
「『ライトニング』!」
スフェーニアの声とともに放たれた二本の稲妻がそれぞれ5、6体のオーガアデプトを打ち据え、直撃を食らったものはそれだけで即死する。側雷撃にやられたものもその場に倒れほぼ虫の息だ。
「『ヘルフレア』を食らうがよい」
続けてシズナが上級火魔法である『ヘルフレア』を放つ。直径1メートルほどの火炎弾が高速で飛翔し、オーガアデプトの群れの真ん中に着弾して膨張、3体を巻き込んで炭へと変えた。
「これは実戦では初めての使用になるかな。『レーザー』!」
ドロツィッテの光魔法の魔法名は、俺が彼女の魔法を見てつい「レーザーみたいだ」と口走ってしまったことにある。当然この世界にはない言葉なのだが、ドロツィッテはその響きを気に入ってしまったようだ。ともあれ彼女の短杖がら放たれた青白い光線は、鋭利すぎる刃物のように3体のオーガアデプトを両断した。
後衛の魔法射撃によって10体以上が消滅したオーガアデプトだが、大剣を構え『疾駆』で一気に接近してくる。
しかし『ソールの導き』の前衛組は、その高速の動きにも余裕をもって対処する。
「Aランクの割に遅くない?」
ラーニは相手の倍速ほどの『疾駆』で突っ込み、長剣『紫狼』で瞬時に2体の首を刎ねる。その動きはもはや俺の動体視力でも追うのがやっとのレベルである。
「アタシの必殺剣を食らいなっ!」
カルマはカウンター気味に、その場で『獣王の大牙』を横殴りに振る。瞬間その刃の3倍ほどの光の刃が現れ、正面から3体のオーガアデプトを真っ二つにした。『虎牙斬』という必殺技スキルで、攻撃範囲を拡大しつつ切断力を極限まで高めるものらしい。
「それがしの力も捨てたものではなかろう」
サクラヒメが、薙刀『吹雪』を振るう瞬間3人に分かれたように見える。実際には左右のサクラヒメはいわゆる分身なのだが、この『繚乱』というスキルは数あるスキルの中でも飛びぬけて不思議なものである。
3人のサクラヒメが一斉にオーガアデプトに斬りかかると、さすがのAランクモンスターも一瞬戸惑ったような隙を見せ、為すすべなく斬り捨てられてしまう。
「久しぶりのオーガアデプトですが、これほど脆かったでしょうか?」
マリシエールは相変わらずの『告運』スキルと卓越した剣技によって、『オーガアデプト』の攻撃をすべていなしながら、踊るように『運命を囁くもの』を閃かせ、次々と鬼の首を獲っていく。
マリアネはなんの気配もなく『オーガアデプト』の群れの背後に回り込み、短刀『龍尾断ち』を振るって、先ほどの雷魔法で倒れていたものに次々と止めを刺していく。その動きはまさに暗殺者で、見ていて背筋がぞくりとするほどだ。
そのような感じで観戦していると、結局俺の前にたどり着けたオーガアデプトは2体だけだった。もちろん『万物を均すもの』の一振りで大剣ごと爆散する。
「わかっていたことですが、この一回の戦闘だけで、わたくしが以前入った時とはまったく違うダンジョンのようです。この先が非常に楽しみですわね」
魔石やドロップアイテムの『鬼の大剣』を回収しながら、マリシエールが浮かれたような声で言う。彼女も先の戦では不完全燃焼だったようで、今回の『龍の揺り籠』探索はかなり期待をしているようだ。
「少なくとも、モンスターの出現数でがっかりさせることはないだろうな。ボスに関しても色々とイレギュラーがあるはずだから、期待は裏切らないはずだ。ただそれがいいか悪いかはわからないが」
「この特性が『ソールの導き』をここまでのパーティにしたのでしょうから、素晴らしいことだと思いますわ」
「だよねっ。マリシエールもこれからもっと強くなれると思うよ。でもいつか私が勝つからね!」
ラーニがそう言って久々のサムズアップをすると、パーティ内に笑みが広がる。
Aランクモンスター30体を鎧袖一触にしたとはいえこの余裕。
頼もしいと言っていいのか、恐ろしいと言っていいのか。俺としては間違いなく前者であるが、外から見たら半々になりそうだ。




