20章 『龍の揺り籠』、そして獣人の里へ 03
それから数日後、俺は皇帝陛下に呼び出され、帝城の会談の間にて皇帝陛下と対面をしていた。
その場にはマリシエールもいたのだが、薄く紫色に輝く銀色の髪を持つ二人は両人ともに長髪なこともあり、並ぶと確かに兄妹だと強く感じさせる。
皇帝陛下は口元に笑みを浮かべつつ、軽く頭を下げた。
「お呼びして申し訳ありませんオクノ侯爵。ここ数日は家でお休みになっていらっしゃったようですが、お疲れはとれましたか?」
「はい、おかげさまでゆっくりと休むことができました。ただ冒険者として活動をしていないとどうも手持無沙汰で困りますが」
「ふふっ。今はまだ街に出ると大騒ぎになりますからね。しばらくは家にこもるのも仕方ないと思いますよ。と言いたいのですが、ようやく『冥府の燭台』に関係した商人の足取りが取れました」
「ありがとうございます。やはりヴァーミリアン王国からなのでしょうか?」
俺の問いに、皇帝陛下は机上に置かれた地図を示しながら答えた。
「ええ、そのようです。帝国から王国へ入り、カルマン伯爵領を南下、王都を経由せずに、獣人の里をかすめるようにして、いくつかの農村を経由しつつアルマンド公爵領方面へと向かったとのことです。ただ残念ながら公爵領の手前でその足取りは消えてしまったようで、そこまでしかわかりませんでした」
「公爵領の商人という可能性もあるということでしょうか?」
「ええ、その可能性もあるでしょうね。もちろん公爵領からさらに南下して、メカリナン国へ向かった可能性もあります。商人の中には、メカリナン国訛りを口にしていた者もいたそうですから」
「なるほど……。メカリナンと王国の王都でも『冥府の燭台』が動いていたことを考えると、そのあたりに『冥府の燭台』の拠点がある可能性も――」
そう言えば、王都で『冥府の燭台』が化けていた神官は、アルマンド公爵領から来たと枢機卿が言っていたはずだ。あの時は聞き流してしまったが、まさかこのような形でつながってくるとは思わなかった。
俺が途中で黙ってしまったのを不審に思ったのか、皇帝陛下が眉をひそめた。
「どうしました? オクノ侯爵のほうでも、なにか思い当たる節がおありになりましたか?」
「ええ。王都で出会った『冥府の燭台』の一人は、アルマンド公爵領から来たと言っていたのです。今回の話でそこがつながりましたので、少し驚いていました」
「なるほど。それがオクノ侯爵の持つ『運』の力なのかも知れませんね。ともあれ、私はこの情報をヴァーミリアン国王にも伝えます。あちらでも相応の対応を取るでしょうから、もしオクノ侯爵も向かわれるつもりがあるなら、少し時間を置いて行った方がいいかもしれません。その方が情報も集まっているでしょうから」
「承知しました。実は『ソールの導き』のメンバーの故郷に寄りつつ向かうつもりだったのでちょうどいいかもしれません。アルマンド公爵領にも行くつもりでしたし、メカリナン国からもそろそろ呼び出しがかかるころなので、そちらも行くことになると思います」
「なるほど、聖女様はもとはアルマンド公爵家の御息女でしたね。そちらも色々と事情があるようですが、もし揉めるようなら私の名を出していただいても構いませんよ」
そう言って目を細めて笑う皇帝陛下は、少しだけいたずらっ子のような雰囲気を醸し出していた。
マリシエールがそれを見て笑っているので、もしかしたらそれが皇帝陛下の元の性格なのかもしれない。
「そうならないように気を付けます」
「ふふふっ、もっともマリシエールが一緒ということになれば、オクノ侯爵がなにも言わずとも向こうが勝手に斟酌するかもしれませんけどね」
さらに楽しそうに笑う皇帝陛下。今度はマリシエールも一緒に笑うことはなく、恥ずかしそうに顔を下に向けてしまった。
その冗談にはさすがに俺もそれには返す言葉もなかった。渋い顔を作ってうなずくことしかできない俺を見て、皇帝陛下はさらに楽しそうな顔になる。
言われてみれば、たしかにマリシエールが『ソールの導き』の一員になるという意味が俺自身まだよくわかっていなかったようだ。それを察してこの冗談を口にしたのだとしたら、やはりこの若き皇帝は、才にあふれた青年と言うしかない。
「それとメカリナン国の呼び出しというのは、もしかして王都奪還戦の論功行賞ですか?」
一方で、この質問をしてきた時の皇帝陛下は為政者としての顔を見せる。
「ええ、その予定です。さすがに戦の直後はそれどころではないということもあり、先延ばしにしていたのです」
「すると、メカリナン国でも爵位を賜ることになるのでしょうね。新しい王もまだお若いようですし、もしかしたら助けて欲しいと請われるのではないですか?」
「新王陛下には優れた後見人がいるので私は必要ないでしょう」
「ああ、ラーガンツ侯爵でしたか、彼女の噂はこちらまで届いていますよ。かなりの女傑とか。ソウシ殿も彼女とは当然やりとりはあったのでしょう?」
再びいたずらっ子のような目を向けてくる皇帝陛下。
マリシエールがなにも気づいていないのが救いだろうか。
「え、ええ。メカリナン国に迷い込んだ時は色々とお世話になりました」
「ふふっ、お世話に、ですか。彼女としてもソウシ殿との出会いは天祐だったことでしょうね。戦が泥沼と化すところを救われたのですから」
「……そうかもしれません」
俺はそう答えつつ、メカリナンに行ったときにあのラーガンツ侯爵とどんな話になるのかは、かなり気になるところでもある。
ともあれメカリナンの話もそこまでとなり、その後俺は皇帝陛下に『龍の揺り籠』について相談をした。
当然ながらその場で入場許可が下り、明日準備をして明後日に入るという話でまとまった。
「ソウシ様、もちろんわたくしもご一緒してよろしいのですよね?」
「もちろんそのつもりですが、申し訳ありません、マリシエール様の都合をお聞きしていませんでした」
「都合など無理やりにでも合わせます! どこまで潜れるのか楽しみですわ!」
今回のやりとりでも奥の深さを見せていた皇帝陛下だったが、目を輝かせる妹を前にしてはさすがに苦笑いするしかないようだった。




