20章 『龍の揺り籠』、そして獣人の里へ 02
話がいち段落すると、それまでお茶を静かに飲んでいたフレイニルが俺に顔を向けた。
「『龍の揺り籠』の後はどうなさいますかソウシさま。『冥府の燭台』の後を追われるのですよね?」
「それは例の、ファルクラム侯爵領に召喚石を運んできた商人の情報が来てからだな。皇帝陛下の方でも足取りを追っていて、ある程度まではわかっていると昨日陛下もおっしゃっていたから、そろそろギルド経由で知らされるんじゃないかと思う」
「そうですか。彼らがまたなにか動きを始めるのではないかととても気になります。どちらに行くことになりそうなのでしょうか」
「商人の言葉に南の訛りがあったそうだから、ヴァーミリアン王国方面から来たのはほぼ確実なようだ。だからまた王国に戻ることになるんじゃないか」
「では王国に戻るのですね。『冥府の燭台』のことがなければ、帝国内をもう少し見て回りたかったのですけれど……」
「こちらへはまた来ることもあるだろう。俺もまだまだ帝国は見て回りたいしな」
『帝国』というくらいなので、この国は本当に領地が広い。当然その領地には征服された国なども含まれるので、そういった国も一度は訪れてみたいと感じているところだ。
「まあでもこれからこっちは寒くなるし、南に行くのはちょうどいいんじゃないのかねえ。アタシは寒いのはやっぱりちょっと苦手だよ」
と身体を震わせるのは虎獣人美人のカルマだ。ネコ科の獣人だから、というわけでもないが、彼女が寒いのが苦手なのはイメージ通りだ。
「まあでもせっかく王国に戻るならさ、ソウシさん、前にも言ったけど一度獣人の里に寄ってもらえないかねえ。アタシもラーニもそれなりに立場がある人間だったから、ここらで少し顔は出しておきたいんだよ」
「ああ、もちろんそのつもりだ。俺も行きたいとは思っていたし、王国にいた時は色々事件続きで一気に帝国まで来てしまったからな」
「ホントは私はあんまり戻りたくないんだけどね~」
「そりゃラーニは自業自得だから仕方ないねえ。族長にはよ~く頭下げるんだね」
「頭を下げるということは、出てくる時になにかしたのかえ?」
鬼人族の巫女シズナが興味深そうなのは、自分と同じかもしれないと期待してるのだろう。
「あ~まあ、獣人同士でパーティ組んで地元で活動しろとかつまらないこと言われたから喧嘩して出てきちゃったんだよね。だってせっかく『覚醒』したのに里の猟師扱いとかないと思わない?」
「同じように家を出たわらわには、その気持ちはよくわかるのう。ただわらわの場合、ソウシ殿に拾ってもらわねばわらわは大変なことになるところじゃったから、なんとも賛同しがたいのじゃが」
「それに関しては私も似たようなところはあるかな~。ソウシとフレイに出会うまでは全然だったし」
と舌を出すラーニに、ハイエルフ美少女のスフェーニアがうなずきながら同調する。
「それは私も同じですね。でも、だからこそ親御さんには今の状況を報せたほうがいいと思いますよ。私も父と母に伝えられたからこそ安心して『ソールの導き』で活動できていますし。シズナもサクラヒメも同じでしょう?」
「まっことその通りじゃの」
「スフェーニア殿の言う通り。筋は通さねば、冒険者として大成しても足りぬところがあるということになろう」
「もう、わかったわよ。ソウシ、里には必ず寄ってよね。族長には『ソールの導き』のことをいっぱい自慢してやるから」
「ああわかった、必ず寄ろう。それとマリアネの家にもな」
と俺が言うと、ゲシューラ以外の全員がマリアネに注目した。
さすがのマリアネも少し恥ずかしそうな顔をしつつ、「ええ、お願いします」とぼそっと答えた。
「はぁ~、さすがマリアネ、いつの間にかそういう話を通してたんだねえ。いや結構結構」
「スフェーニアの言葉ではないが、筋を通すのは必要なことじゃな」
カルマとシズナがうんうんとうなずいたりしているのを、フレイニルが不思議そうに眺めている。彼女にはまだそういう話の裏はピンと来ないのだろう。
「フレイニルは南だとどこか行きたいところはあるか?」
「私はソウシさまのいらっしゃるところならどこでも。あ、でも、メカリナン国には行ってみたい気がします。お話だけしか聞いていないので」
「メカリナンもそろそろ新国王の元で落ち着いてきたところだろうし、たぶん近い内に俺が呼ばれると思う。その時には全員で行くとしよう」
「ソウシ様は4つの国において並ぶもののない英雄でいらっしゃいますからね。楽しみです」
とフレイニルがニッコリと微笑む。
言われてみれば、俺はすでに帝国、王国、オーズ国、メカリナン国と4国にわたって英雄視されている人間になる。その上『黄昏の眷族』には……というのは今は考えないようにしよう。
今後の行き先を再確認したところで、少し考え事をしていたマリアネが口を開いた。
「ところで、帝国から王国に入り、そこから獣人の里に寄ってメカリナンに行くとなると、ルートとしてはアルマンド公爵領を通ることになりますね。場合によっては迂回してもいいかもしれませんが」
「アルマンド公爵領か……」
俺はそう口に出しつつ、フレイニルの横顔を見た。
アルマンド公爵領は、言うまでもなくフレイニルの実家であるアルマンド公爵家が治める土地である。
フレイニルは事実上実家からも追放されるような形で冒険者になっていて、彼女自身公爵領に行きたいと口にすることは一度もなかった。というより彼女が実家のことを口にしたこと自体ほぼない状態で、俺も他のメンバーも、あのラーニさえもあえて触れないようにしていた。
さらに言えば、フレイニルがアーシュラム教会の次期聖女とまで言われるようになった今、追放したアルマンド公爵家としても、フレイニルをそのままにしておくという可能性は低かった。もちろん『ソールの導き』はすでに複数の王の後ろ盾を得ている状態であるから、公爵とはいえ一貴族が簡単に手を出せるものでもないのだが。
「余計な面倒があってもつまらないから、もしメカリナンに向かう時は迂回して行くか」
「わかりました。すると獣人の里の後は、一旦ロートレック伯爵領からバリウス子爵領のほうに向かうことになりますね」
「あ、それって懐かしい名前だね。なんか昔を思い出すな~」
「昔ってまだ1年も経ってないじゃないのさ」
などと獣人2人が言っている横で、フレイニルが俺の方に、決意のこもった目を向けてきた。
「ソウシさま、もしよろしければ、アルマンド公爵領に寄っていただけませんか?」
「いいのか?」
「はい。このことはずっと逃げているわけにもいかないと思うのです。私がソウシさまとずっと行動を共にするためにも、一度しっかりと区切りをつけたいと思います」
「わかった。それなら公爵領にも入ることにしよう。なにがあってもフレイは俺たちの仲間だから、フレイは自信をもってことに当たってくれ」
「ありがとうございます。必ず昔の自分と決別をしたいと思います」
フレイニルが両手の拳に力を込めてそう言うと、なんとなく訳を察したメンバーが、フレイニルに温かい目を向け始めた。
怖いもの知らずのラーニが、「なんかよくわからないけどフレイは一度キチンと事情を話してねっ」とフレイニルに詰め寄ったのは予想通りであった。




