19章 『黄昏の眷族』を統べる者 23
俺の力に驚いたのか、やみくもに向かってくることをしなくなった『黄昏の眷族』たち。
俺を避けて、遠巻きに左右から帝国軍の方へと走っていく者たちもいる。しかしそういう者たちは、見た限り士気の低い者が多そうだ。冒険者たちに任せても問題ないだろう。
さて、向こうが様子見になったのなら、今がチャンスということになる。俺は両手を広げ、声を張り上げた。
「『黄昏の眷族』たちよ聞け!! 俺はお前たちの王、レンドゥルムとの一騎打ちを望む!! レンドゥルムよ、俺と戦え!! 腰抜けでないのであればな!!」
自然と煽るような言葉が出てしまうのは、少し興奮スキルが表に出てきているからかもしれない。血が滾るとでも言うのだろうか、確かにいつになく自分が高揚しているのを感じる。
俺の言葉を聞いて、『黄昏の眷族』たちが一斉に身体を震わせた。俺の力に怯えているのかと思ったが、そうではなかった。
『黄昏の眷族』たちの後ろから、凄まじい、それこそ衝撃波のような闘気がほとばしった。これは以前一度経験した覚えがある。たしか『魂力』とかいう、相手を選別するために『黄昏の眷族』が放つ闘気だ。周りの『黄昏の眷族』たちはこの『魂力』にあてられて震えたのだ。
「グググ、よくぞそこまで吠えたものよ。我らに潰されるしか能のない、弱き者の分際で」
遠巻きにしている『黄昏の眷族』の隊列が、ざっと左右に分かれた。できた道の向こうに立っているのは、一体の、人間に近いシルエット。
『黄昏の眷族』の王、レンドゥルム。長らくその名だけを耳にしていた存在が、ようやく俺の目の前に現れたのであった。
「こそこそと後ろに隠れている奴が言う言葉ではないな」
「確かに多少は強いようだな。その戯言がどこまで続けられるのか、試してやるのも面白そうだ」
『黄昏の眷族』の王は、ゆっくりとこちらに進んできた。
身長は俺よりやや高いくらいか。人間としては大柄な部類に入るが、『黄昏の眷族』としてはむしろ小さい方だろう。
均整がとれた四肢、全身鋼のように筋肉に覆われているものの、全体的にはどちらかというと細い印象を受ける。
肌がやや赤みを帯びている以外、見た目は本当に人間に近い。頭部は、額から上が流線型のヘルメットを被ったような形状になっていて、それが頭髪の代わりになっているように見える。顔立ちは若い男のそれで、酷薄さと傲慢さが混じった目の光を除けば、ハンサムと言っていい造形であるかもしれない。
上半身は裸で、金のネックレスなどアクセサリー類をいくつかに身に着けている。下半身は上等そうな黒のズボンを履き、やはり上等そうな革のブーツを履いている。
両手は完全に素手だ。こちらを格下と見ての余裕だろうか。
いずれにしても、その身にまとう強者のオーラともいうべき存在感は圧倒的であった。並の冒険者なら先ほどの『魂力』で動けなくなっているだろうが、上位ランクであっても、目の前にこの『黄昏の眷族』が現れたらそれだけで戦意を失いかねない。それくらいの威圧感が全身から放射されている。
「俺はソウシ・オクノだ。お前がレンドゥルムか」
「なぜ貴様は、我の名を知っている?」
「ゲシューラから聞いたからだ」
俺の言葉……というか「ゲシューラ」の名に反応し、レンドゥルムの全身から再度『魂力』がほとばしった。
「グググ。なるほど、こちらの動きを邪魔されていたように感じたのは、ゲシューラがニンゲンに力を貸していたからか。まさかアーギが返り討ちにあっていたとはな」
「アーギを返り討ちにしたのは俺だ。ゲシューラが力を貸しているのも俺に対してだ」
「……ほう。ということは、ゲシューラは近くにいるのか」
「ああ。ただお前と仲良くやるつもりはないと言っていたが」
「グググ、まったくふざけた女だ。しかしそれならば、お前を潰せばゲシューラはもう我から逃げられぬということ。悪い話ではない」
「前向きなんだな。それで一騎打ちは受けるのか?」
「ゲシューラに、挑めば我は断れぬとでも聞いたか。愚かなニンゲンよ。あの女は我の本当の力を知らぬ。口車に乗せられるとは愚かの極み」
「俺もまだ準備運動程度しか身体を動かしていない。本当の力を知らないのはお互い様だ」
「路傍の石ごときが何度もふざけた口をきく。一騎打ちは受けてやる。その口ごと粉砕してやろう」
「それは助かる」
最後の言葉は特にそのつもりもなかったのだが、どうやら煽り言葉になってしまったようだ。
レンドゥルムは整った顔を醜く歪めて、笑いとも怒りともつかない表情を見せた。
「貴様らは離れていろ! 今からこのニンゲンと一騎打ちを行う!」
王の命を受け、『黄昏の眷族』たちが距離を取っていく。俺の後ろではまだ『黄昏の猟犬』と一部『黄昏の眷族』との戦いが続いているが、大多数の『黄昏の眷族』は一騎打ちを見守るようだ。
草原の真ん中で、レンドゥルムと10メートルほどをあけて対峙する。
向こうは素手のままだ。誰かが武器を持ってくるような様子もない。
「武器は使わないのか?」
「グググ、この身体すべてが武器となる。我は弱者とは根本的に異なるのだ」
「こちらは遠慮なく使わせてもらうぞ」
「当然だろう。それでも対等には程遠い」
俺が『万物を均すもの』と『不動不倒の城壁』を構えると、レンドゥルムはわずかに重心を低くした。
「では今この時、戦いの開始を宣言する!」
レンドゥルムの言葉は、以前ザイカルと戦った時に聞いたものと同じだった。『黄昏の眷族』が決闘をする時の正式な宣言なのだろう。
言い終わると同時に、レンドゥルムの身体が一瞬消えた。気づいた時には目の前に、拳を放つ寸前の、俺を見下すような顔の男の姿があった。
「ぐうッ!?」
辛うじて『不動不倒の城壁』で受け止める。金属で金属を打ち付けるような、地響きにも思える打撃音。今まで体感したことのない衝撃が、俺の身体が10メートルほど後ろへ滑らせる。
「今のを耐えるとは、口ほど程度はありそうだ」
口に笑みを張り付けて、さらにレンドゥルムが迫る。移動速度はラーニやマリアネの『疾駆・瞬』スキルくらいはありそうだ。
再度レンドゥルムの拳が『不動不倒の城壁』に叩きつけられる。大地を震わせるほどの打撃音。ただし今度は俺も踏ん張りを効かせた。それでも5メートルは押し込まれる。
レンドゥルムはそのまま次の攻撃に移ろうとする。それに合わせて俺は『万物を均すもの』を振り抜いた。
「グゥッ!」
さすがのレンドゥルムも槌頭の直撃は回避した。しかしそこから放たれる『圧潰波』の直撃を至近距離で受けて、細身の身体がほぼ水平に吹き飛んでいく。
俺はレンドゥルムを追って走りだす。手応えはあったが、致命傷には程遠い感触だった。吹き飛んだ時のレンドゥルムは、腕を交差させて防御の姿勢をとっていたのだ。
「なるほどッ! これは手下どもでは相手にはならぬな!」
地面に叩きつけられたはずのレンドゥルムが、ばねのように跳ねて宙がえりをしながら地上に立った。やはりそこまでのダメージは受けていないか。
俺がメイスの射程にとらえるより先に、レンドゥルムが手刀を振り上げた。その手刀の軌道上からなにかの力が生じ、地面をえぐるようにして飛んでくる。ちょうど不可視の刃が、地面に垂直に立って滑ってくるように見える。『不動不倒の城壁』で受けると、剣撃を受け止めたような音と衝撃が走り、俺の足が一瞬止められる。
「我が『斬界の刃』でも傷が付かぬか。その盾は邪魔だな」
忌々しそうに言いながら、レンドゥルムは不可視の刃『斬界の刃』を連続で放ってくる。
俺は受け止めながら前に出る。向こうは『疾駆』スキル持ちなので、高速で動き回られると手が出ない。ただこの『斬界の刃』とやらがレンドゥルム最大の遠距離攻撃ならば、俺の脅威にはなりえない。
何発目かを受け止めた時、レンドゥルムの身体がまた消えた。そう見えるほどの高速移動で俺の左に現れる。そこから慣性を無視したように蹴りを放つ。『翻身』スキルに似た力も持つようだ。
俺も『翻身』スキルを全開にして『不動不倒の城壁』をカウンター気味に叩きつける。蹴りと盾が交差し、凄まじい音と衝撃とともに、俺とレンドゥルムは互いに吹き飛ぶ。
「いい反応をするッ!」
瞬時に体勢を立て直したレンドゥルムは、疾風のように接近してくると、手足を閃かせて何度も重い打撃を加えてくる。一撃ごとに互いの身体は弾かれ、そして再び交錯する。
拳と盾、足とメイス、それらが交わるたびに重い金属音が空気を震わせ、衝撃波が地をえぐる。小細工もなにもない、力と力のぶつかり合い。
拳が迫る、メイスで払う、首を狙う足刀、盾で受けてメイスを返す、回避と同時に貫手、身体をねじって避ける、蹴りで追撃、メイスで迎撃、両者吹き飛び仕切り直し。
「ニンゲンの分際でそこまで戦うか! 我に下るなら使ってやるぞ!」
「断る」
レンドゥルムが『斬界の刃』を放つ。『不動不倒の城壁』で受けとめると、レンドゥルムはすでに目の前だ。蹴りか? いや拳、どちらでもいいか。メイスでカウンター。避けられた。また左に回ったか。裏拳気味に盾で払って……。
そこでレンドゥルムが妙な動きに出た。突きを放つと見せかけて、『不動不倒の城壁』の縁に手をかけたのだ。そのまま『不動不倒の城壁』を、俺が力を入れた方向にスッ……と押し込んだ。反発ではなく、こちらの力を後押しするような動き。その意外な動きに俺は反応できず、身体を一瞬泳がせてしまった。




