19章 『黄昏の眷族』を統べる者 22
『黄昏の眷族』と『黄昏の猟犬』、3万を超える集団はなおも前進を続ける。
彼我の距離約300メートル。もはや俺の目にも、『黄昏の猟犬』の口からのぞく牙が見える距離だ。ドロツィッテが「礫系魔法用意!」と叫ぶ。
200メートル。向こうの先頭はすでに魔法の有効射程内だが、ドロツィッテはまだ引き付けるつもりのようだ。
100メートル。ドロツィッテの「撃て!」と同時に、冒険者部隊の魔導師から、凄まじい数の岩の槍が放たれた。
スフェーニアとシズナ、ゲシューラももちろん同時に魔法を放っている。彼女たちだけで岩の槍は300本を超えているだろう。
ゆるい放物線を描きながら飛翔する岩の槍は、目を赤く輝かせ、牙を剥いて走ってくる『黄昏の猟犬』の群れの上に、集中豪雨のように着弾した。
悲鳴が上がり、貫かれた『黄昏の猟犬』は次々と黒い霧になって消えていく。召喚獣ならではの現象だ。
魔導師たちは次々と魔法を放つが、その数倍の『黄昏の猟犬』が、ものともせずにこちらに迫ってくる。やはり数の暴力というのはいかんともしがたい。
距離が50メートルを切ると、『黄昏の猟犬』は口から火の玉を吐き始める。それらは拒馬槍を破壊し、冒険者の戦列にも到達する。冒険者側も、盾役がその火の玉を受け止めたり、魔法で土壁を築いたりして防御をする。もちろん『ソールの導き』の正面付近の火の玉は、すべて俺の『吸引』スキルによって軌道を変えられ、『不動不倒の城壁』に吸い込まれていく。
こちらの魔導師や弓手の遠距離攻撃と、『黄昏の猟犬』が吐く火球が無数に交錯し、その中で彼我の距離は確実に縮んでいく。もはや『黄昏の猟犬』が吐く息の音すら聞こえるほど。そろそろ俺が出ていいタイミングだろう。
「俺が出る。正面付近はすべて吹き飛ばすから、皆は攻撃を左右に振り分けてくれ。スフェーニア、カルマ、後の指揮は任せる!」
「お任せくださいソウシさん」
「おう、任せてもらっていいよ!」
他のメンバーの応援にも押され、俺は『万物を均すもの』と『不動不倒の城壁』を手に、赤黒い濁流にも見える『黄昏の猟犬』の群れの中に一人足を踏み出した。
「ふっ!」
『万物を均すもの』を水平に、半円に一振りする。
極まった『衝撃波』と新たに得た『圧潰波』スキルが合わさり、単純な腕力や身体強化スキル群の効果も乗って、すべてを均す力の波が、爆発的に広がった。
その波に巻き込まれたものは、、土も石も、草も『黄昏の猟犬』も、すべては透明な壁にぶち当たったかのように圧し潰され、単一の物体に変えられて吹き飛ばされる。
そして残ったのは、俺を中心に広がる、半径約30メートルの、半円状のクレーター。我ながら凄まじい威力だ。連発したら地形が変わってしまうかもしれない。
後ろで大きな歓声が聞こえた。俺は『万物を均すもの』を天に掲げると、振り返ることなく前に進む。
『万物を均すもの』を一振りするたびに、数百匹の巨犬が悲鳴も上げる暇もなく肉塊に変わり、草原にクレーターが刻まれていく。
『黄昏の猟犬』は多少の知性も感じられたので、ここまで差があれば俺から逃げてもおかしくはない。しかし極まった俺の『誘引』スキルがそれを許さない。『黄昏の猟犬』は誘蛾灯に集まる虫のごとくに引き寄せられ、そして俺に一撃を与えることもなくこの地上から消えていく。
俺一人で一万匹以上は平らげたろうか、進む先に敵の本体、『黄昏の眷族』の隊列が現れた。
まず襲ってきたのは、翼を持った連中だ。
『コレ以上進マセルワケニハ行カヌ!』
と声を上げ、三つ又の槍を持って急降下してくるのは、ツノがついたトカゲ頭の『黄昏の眷族』たち。あのミギティマ率いる一団だった。
勇ましいセリフと裏腹に、ミギティマの目には悲壮な覚悟が浮かんでいる。彼らはそもそもこの戦いには積極的に参加しているわけではない。その上ミギティマは俺に勝てないと知っている。目の前で先ほどの力を見たらなおさらだ。
無論俺としても彼らの命を奪うのは本意ではない。ではどうするか。
簡単なことだ。この戦場から退場してもらえばいい。
俺は彼らを引き付けて、『万物を均すもの』を空に向けて一振りした。
見えない巨人の手に叩かれたかのように、全身をひしゃげさせて空に打ち上げられるミギティマたち。かなり痛い思いをするだろうが、彼らは胸にある魔石――ゲシューラは『生命石』と呼んでいた――さえ取り出さなければ死ぬことはない。
『圧潰波』を受けたギティマたちの一族約30人は、放物線を描きつつ、遠くの地面に墜落していった。
その後も飛行部隊は次々と襲ってきたが、すべて同じ末路をたどった。同じ翼をもつ『黄昏の眷族』でも数種類いるようで、中には以前戦ったアーギのように身体が人間に近い者や、逆に完全にコウモリのような姿の者もいて、『黄昏の眷族』の特殊性がよくわかる。
彼らの中にはミギティマと同じように話がわかる者も、アーギのように通じない者もどちらもいたはずだ。だが区別がつかない以上、全員まとめてしばらく大人しくしていてもらうしかない。
飛行部隊の中には、遠距離から魔法を放ってくる者もいた。いずれの魔法もAランク冒険者に匹敵するか超えるほどの火力だったが、俺の『圧潰波』の前には風に惑う木の葉に等しい。少しでもこちらの射程に入れば同じ末路を辿るので、接近することもできず遠巻きに魔法を放ってくるのみだ。
そうこうしているうちに、『黄昏の眷族』の地上部隊と接触する。
先頭付近にいるのは、ゲシューラと同じ下半身が蛇の戦士たちだった。男女混合の一団で、男は斧や剣などの近接武器を持ち、女はゲシューラと同じく素手で魔法を使ってくるようだ。
理知を感じさせる顔には、ミギティマと同じく悲壮感が浮かんでいる。彼らも『黄昏の眷族』である以上強い力を持った者たちであろうが、残念ながら目の前にいる俺は、彼らから見ても悪鬼羅刹のような存在のはずだ。望まぬ戦いで当たる相手としては最悪以外の何物でもないだろう。
男の戦士が、女の魔導師を守るように前に出てくる。蛇の下半身で滑るように走るそのスピードはかなり速い。女魔導師が先制して風の刃を放つ。だが『不動不倒の城壁』には傷一つつけられない。
「悪いな」
『万物を均すもの』が唸る。新たなクレーターが地面に刻まれ、範囲内にいた『黄昏の眷族』は巨人に蹴飛ばされたかのように飛んでいく。姿はとどめているのであれで死ぬことはないだろう。しかしそれはそれで凄まじい生命力だ。
次から次へと、『黄昏の眷族』たちは殺到してくる。人型の虫のような見た目の連中は、明らかに強烈な殺気をまとっていた。見えない飛び道具を飛ばしてきたので、ドワーフの里で戦ったミランとかローヴェとかいった奴の同族だろう。話の通じない連中だったはずだが、まとめて『圧潰波』で吹き飛ばす。2人ほどが『疾駆』で接近してきていて、そいつらは直接『万物を均すもの』で粉砕してしまった。生命石も砕けているはずなので、間違いなく即死だっただろう。
長身痩躯で、手の長い人間に近い奴もいた。初めて戦った『黄昏の眷族』ザイカルの同族のようだ。全員が能面みたいな顔で感情が読み取りづらいが、俺と相対する前から及び腰になっているので、どうやら消極的な連中のようだ。ザイカルだけが例外的に好戦的だったのかもしれない。『疾駆』に加えて手刀による高速の連撃を加えてくる。ザイカルが使った『夢幻蒼茫』という技の下位版のようだが、接近戦しかできないのであれば相手にならない。『万物を均すもの』が直撃しないように気をつかって、なるべく遠くに飛ばしてやる。
「ナンダコイツハ!?」
「我ラ『黄昏ノ眷族』ヲ凌グニンゲンガイルトイウノカ!」
「コノヨウナ化物ガイルトハ聞イテイナイゾ!」
4、5百人ほど吹き飛ばしただろうか、さすがの『黄昏の眷族』たちも俺の異常性に気づいたようで、遠巻きにこちらの様子をうかがうようになった。遠距離から飛び道具を使う者もいるが、『吸引』と『不動不倒の城壁』のコンビネーションを崩せる者はいない。




