19章 『黄昏の眷族』を統べる者 21
夜討ち朝駆けなどという言葉もあるが、翌日は何事もなく夜が明け、日が昇った。
平原の向こうには『黄昏の眷族』の集団が見える。3000という数は広い平原からするとそこまで多くは見えないが、さすがに圧迫感のようなものは段違いに強い。もちろん、彼らは直前で『黄昏の猟犬』を召喚するだろうから、今の数はそもそも問題にならないのだが。
遠くからレンドゥルムなる者が見えないかと目を凝らしてみたが、奥の方にいるのかそれらしい者は見つからなかった。
もしかしたら今俺が一人で突っ込んでいけば決闘に応じてくれるのではないかとも考えたが、
「相手が冷静なうちはこちらの策に乗らない可能性も高いですから、今はやめたほうがいいと思います。向こうが一斉に攻撃してきたら、さすがにソウシさんでも苦戦するでしょう」
とスフェーニアに真剣な顔で言われたので思いとどまった。自分としては行けそうな気もするのだが、まあ少なくとも戦いが始まるまでは大人しくしていようと思い直す。
「さて、そろそろ始まるだろう。ソウシさんたちも準備はいいかな?」
冒険者の指揮をしていたドロツィッテが、ふらりと俺のところにやってきた。さすがのグランドマスターも、その端正な顔に多少の緊張は隠せない。
「こっちはいつでも行ける。向こうの前列がこちらに届くタイミングで俺は突っ込むから、そこはなるべく魔法などを撃ち込まないように伝えておいて欲しい」
「それはもう伝達済みさ。ソウシさんが一人で突撃するって話をしたら、皆驚いていたけどね」
「それはまあそうだろうな。『ソールの導き』は俺以外、2つに分かれてスフェーニアとカルマがそれぞれ指揮をする。ドロツィッテはどうするんだ?」
「ここが冒険者部隊の真ん中だからね。私もここで踏ん張らせてもらうよ」
「フレイの絶界魔法がかなり強力な防壁になるから、その陰から魔法を使うといい。そういえばマリシエールはどうするつもりなんだろうか」
「そろそろ前に出て来るんじゃないかな。色々考えて、今回は『睡蓮の獅子』のリーダーとして参加することにしたみたいだよ」
「ああ、その方がいいだろうな。ここは慣れたパーティで戦うべきだ。『睡蓮の獅子』も前衛がソミュールさんだけでは戦えないだろう」
と話していると、件のマリシエールが、『睡蓮の獅子』のソミュール女史ほか3名を連れてやってきた。
「ソウシ様、今回の戦い、わたくしは『睡蓮の獅子』として参加いたします」
「俺もその方がいいと思う。スフェーニアたちとも連携してやってくれると助かる」
「ええ、この場を死守するよう全力を尽くしますわ。ですからソウシ様は、前だけを見て進んでいただければと思います」
「そうさせてもらうよ。さすがに今回は俺もそこまで余裕がないからな」
「ふふっ、まったくそうは見えませんわ。恐らくこの戦場で一番落ち着いていらっしゃるのはソウシ様だと思います。それくらいいつも通りに見えますから」
「そう見えるなら、俺の芝居が上手いということだ」
そんな冗談を言っていると、
ドォーン、ドォーン
と、部隊の後方から大きな太鼓の音が響いてきた。
見ると『黄昏の眷族』の部隊が前進を始めるところだった。いよいよ戦の開始ということである。その場にいた全員に緊張が走り、各自武器を構え直して戦闘態勢をとる。
『黄昏の眷族』たちは前進しながら横に広がっていった。個々の『黄昏の眷族』のまわりに、黒い煙のようなものが立ち上ると、そこには細長い体形の赤黒い大型犬が次々と現れる。『黄昏の猟犬』は絨毯にシミが広がるようにその数を増やしていき、数分後にはこちらの軍勢に匹敵するほどの数になった。見る者によっては悪夢のような光景であろう。
「ソウシさま、ついに始まるのですね」
フレイニルが俺の横に来て、青い瞳で見上げてくる。その目には不安の色はなく、俺に対する信頼が溢れているように見えた。
「そうだな。もう後には退けない。やれることをやるだけだ。フレイ、俺が帰るべき場所を残しておいてくれ」
そう言って頭をなでると、フレイニルは目を細めつつ、力強くうなずいた。
「はいソウシさま、必ずソウシさまがお帰りになる場所をお守りします。ですから必ず、私たちのもとへお帰りください」
「ああ、約束しよう」
そう答えてから、俺は後ろに並ぶラーニたちを見渡した。
「俺は必ず戻る。皆も必ず無事でいてくれ。それだけが俺の願いだ」
「オーケーソウシ、こっちは任せて、ガンガン前に行っていいよ。適当やってたらこっちの方が多く手柄をあげちゃうからね」
「ソウシさんの雄々しいお姿を、必ずこの目に刻みます。鬼神のように戦ってください」
「こちらは万全の態勢で臨みますから心配はいりません。ソウシさんのお力でこの戦いに終止符を打ってください」
「まあわらわたちはあまりソウシ殿については心配はしておらぬがのう。むしろここでやり過ぎて、さらに大変なことにならぬことを祈るばかりじゃ」
「たしかにねえ。ソウシさんの歩いた後には草一本残らない気がするよ。アタシはむしろ『黄昏の眷族』に同情するね」
「ソウシならレンドゥルムに必ず勝てるだろう。奴に関しては、必ず胸の生命石を奪って滅ぼすようにせよ」
「それがしもソウシ殿を信じているでござる。この場から一歩も退かず戦うゆえ、必ず戻られよ」
「皆頼もしいな。では戦う準備をしようか」
なんというか、戦いに臨むことよりも、彼女たちの言葉のほうが俺の心を動かすような気がする。これが仲間とか家族とか、そういうものなんだろうと今さらながらに感じる。
俺が見ていると、フレイニルは『絶界魔法』で、前面に薄く輝く光の壁を作り出した。幅5メートル、高さ3メートルほどの壁が3枚、等間隔に横に並ぶ。
フレイニルはさらに精神集中し、『神霊魔法』の『神霊の猛り』を発動した。ライラノーラ戦後に使えるようになった魔法で、範囲内の味方を強化する魔法である。もちろん『範囲拡大』『多重魔法』『充填』『遠隔』などのスキル効果もあり、『ソールの導き』を中心に、1000人ほどの冒険者がその効果を受ける。密かにすさまじい魔法である。
一方シズナはその場で『精霊』を呼び出している。大型のネコ科のような形状の、全身が金属で覆われた『精霊』である。『精霊獣化』スキルによる変化で、機動力重視の攻撃型になるらしい。『精霊共鳴』スキルのレベルが上がり召喚数は4体。これだけでかなりの戦力である。
なおゲシューラに『黄昏の猟犬』を召喚させる案もあったのだが、混乱を招くので却下された。
俺はそれらを見届けて、再度戦場の方へと目を向ける。
『黄昏の猟犬』はすでに1キロを切ったところまで近づいていた。『黄昏の眷族』本体はまだずっと後ろである。空中に飛行するタイプの『黄昏の眷族』も300人ほどいるようだ。あのミギティマたちもその中にいるに違いない。
残念ながらレンドゥルムの姿は確認できない。ゲシューラによると、特別身体が大きかったりするわけではないらしい。ただ俺が突っ込んで目立っていれば、必ず向こうから接触してくるだろうとのことだった。見た目の特徴は聞いているので、現れればわかるだろう。




