19章 『黄昏の眷族』を統べる者 20
領都を出発し、2日目の昼。
俺たちの目の前には、左右を山脈に挟まれた、背の低い草が一面に生える広大な緑の平原が広がっていた。
まさに『回廊』ともいうべき土地であるが、その遥か奥には、頂が雪に覆われた、峻険な山岳地帯が立ちはだかっているのが見える。
その山の方からは、冷たい風が、『黄昏の眷族』の不穏な気配を孕みつつ向かい風で吹き付けてくる。
「なるほど、ドロツィッテが言っていた通り、たしかにあれを越えて北の海岸線に行くのは自殺行為だな。多少被害が増えたとしてもここで野戦をするしかなさそうだ」
「『黄昏の眷族』はあれを越えてくるというのですから、それだけでも驚異的な話ですね」
スフェーニアが遠くに目を凝らしながら答える。
「なにか見えるか?」
「ええ、はるか遠くですが、集団がこちらに向かって進んできていますね。空を飛んでいる者もいるようですから、『黄昏の眷族』で間違いないでしょう」
「事前に色々やっていたみたいだったが、戦そのものは小細工はしない感じか」
「3000の『黄昏の眷族』が一斉に『黄昏の猟犬』を呼べば3万以上になりますから、数で押す気でしょう」
『黄昏の猟犬』自体Cランクのモンスターなので、こちらの非冒険者の一般兵にとってはそれだけで脅威である。もちろん冒険者であっても決して侮れるモンスターではない。
「距離からすると、ぶつかるのは明日の朝になりますね」
というスフェーニアの判断を証するように、帝国の一般兵が野営の準備を始めた。前面に拒馬槍のような障害物を設置したり、穴を掘ったりと陣地の構築も開始している。実は俺も頼まれて、大量の物資を『アイテムボックス』に入れてきていたりする。
野営準備を指揮する将官がやってきて、俺が運んできた物資の集積場所を指定してくれた。そちらに行って『アイテムボックス』からすべての物資を取り出して並べると、その量を見て兵士たちが全員目を丸くしていた。
日が暮れるまではトレーニングをして過ごした。俺が『万物を均すもの』を素振りしていると、『ポーラードレイク』のジェイズや『睡蓮の獅子』のソミュール女史など、Aランクパーティの冒険者が集まってきたので、ダークメタル棒の布教活動を行った。ちなみに『ソールの導き』式スキル鍛錬法は、すでにドロツィッテの手によって広められている。
夕食は各パーティでそれぞれとる形であった。明日決戦となれば、やはり最後は仲間で過ごすのが冒険者流ということになるのだろう。
俺たちはいつものように車座になって料理を食べることにした。ドロツィッテとマリシエールは公的な立場があるので、さすがにこの場にはいない。
「あ~いよいよかぁ。まさか冒険者になってこんな戦いに参加するなんて思ってなかったからちょっとドキドキするかも」
少し浮かれたように言うのはラーニだ。緊張とか不安を誤魔化すためにそんな態度をとっているのかと思ったが、どうもそんな様子もない。
「ラーニはお気楽だねえ。普通はもっとこう、戦を前にして緊張したりするもんじゃないのかい?」
「カルマだって平気な感じでしょ。相手が大群なんてもう慣れてるんだし、いまさらどうとも思わないわよ」
「まあそうなんだけどねえ。他のパーティの連中見ると、浮かない顔をしてるのもちらほら見かけるからねえ。やっぱりウチは特別なんだって感じるね」
「それはそうじゃろう。わらわも戦など話でしか聞いたことはないが、あまり心配もしておらんからのう。ソウシ殿がいればすべてどうにかなる気がするのが大きいのじゃろうな」
シズナがそう言いながらチラッと俺の方に目を向けると、スフェーニアも同調する。
「それは本当にその通りでしょうね。それに私たちはパーティとしての活動期間は短いですが、密度があまりに濃いですから。他の冒険者に比べて一人一人の力も飛び抜けていますし、自信が持てるのは当然と思います」
「それについてはグランドマスターも認めていますから。それに例のトレーニング法をずっと続けているのも大きいと思います。一度引退した私がここまで強くなれるとは思ってもいませんでしたし、『ソールの導き』に入れたのは本当に幸運でした」
珍しく饒舌になるマリアネに向かって、カルマがニヤッと笑いかける。
「マリアネが幸運なのは、強くなったことだけじゃないんじゃないのかい?」
「それはお互い様でしょうカルマ。とにかく色々な意味で幸運でしたよ」
少しだけ眉を曲げてマリアネはそっぽを向いた。
微妙な間があってから、サクラヒメが話を引き継いだ。
「それがしも、思えば最初に『ソールの導き』と会ったところから幸運でござった。あの時の大型『サラマンダー』も、あのままでは命が危うかったであろう。3度も命を救われて、その上このようにパーティの一員になれるなど、これ以上良き運命もござらぬ」
「あ~そういえばそんなこともあったわね。『至尊の光輝』については思い出したくもないけど、あれがサクラヒメとの出会いだったんだよね」
ラーニは懐かしむように言うが、その一件からまだ一年も経っていないことに驚くばかりだ。
俺の隣に座っているフレイニルもそう思ったのか、深くうなずいて言った。
「私がソウシさまに助けていただいてから、本当に色々なことがありました。『ソールの導き』がこれほど大きくなるとも思っていませんでしたし、ソウシさまの運命を引き寄せる強さを感じます。もちろん、私にとってもソウシさまとの出会いは最高の運命だったと思っています」
「フレイは最初見た時からそんな感じだったからね。私もあそこで2人に声かけて本当にラッキーだったし。でもまだまだやらなくちゃならないことはあるから、こんなところで立ち止まってる場合じゃないわよね!」
「まったくラーニはせっかちじゃのう。まずは足元から固めねば、つまらぬ形でつまづくこともあるのじゃぞ」
「あっ、なんかシズナが真面目なこと言ってる」
「これでもオーズの巫女じゃからの。そういう勉強もさせられたのじゃ。あまり役には立っておらぬがのう」
とシズナが自嘲する。
それを聞いてか、それまで料理に集中していたゲシューラがふとこちらを向いた。
「そういえばオーズという国にも是非行ってみたいものだ。ソウシよ、この後行くことはあるのか?」
「そうだな。たぶんこの戦が終わって少しすると、メカリナンから褒賞の件で呼び出しがあると思う。その時南に向かうことになるから、また行くこともあるだろう」
「そうか。シズナの話だとオーズは独特な文化を持つようだ。『精霊』や『精霊獣』というものも非常に興味がある。是非行ってみたい」
「わかった。サクラヒメも行ってみたいだろうし、予定に入れておこう」
「あっそれなら一度獣人の里にも寄ってね。カルマも久しぶりに帰りたいでしょ?」
「あ~そうだねえ。少し寄ってもらえると助かるかもね。色々報告しないといけないこともあるし」
「ああそうだな、俺も獣人の里には興味がある。そちらも行ってみよう」
どうも戦をする前から次の予定が埋まってしまったが、まだまだこの大陸で行くべき場所はあるようだ。
それにゆくゆくは、ゲシューラの故郷である『黄昏の庭』にも行ってみたい気持ちもある。そしてそれを実現するためには、今回の戦いによって『黄昏の眷族』たちと人間の間にどんな関係が新しく生まれるのかが大切になってくるだろう。
もし俺がこの戦の趨勢を担う人間であるのなら、そこまで考えて戦うことも必要になるのかもしれない。といっても、俺ができることなど限られてはいるのだが。




