19章 『黄昏の眷族』を統べる者 16
スフェーニアの『ラーヴァサイクロン』――溶岩の竜巻の中から飛び出して来たライラノーラだが、それでもすぐに攻撃には移ってこなかった。
やはりそれなりのダメージを受けているらしい。
それでも構えを取ろうとする女吸血鬼に、ラーニ、マリアネ、カルマ、サクラヒメ、そしてマリシエールの5人が次々と斬りかかる。
『疾駆』を使った波状攻撃、ライラノーラは瞬時に両手に真紅の長剣を出現させ、すべての攻撃を受け止める。
しかし個々のスピードの差を上手く利用し絶妙な連携で攻撃する5人には、さすがの『最古の摂理』も分が悪いようだ。特にマリシエールの『告運』スキルはライラノーラの体勢すら崩してしまう。その隙をつき、いくつもの斬撃がライラノーラの身体に届き、彼女を覆う真紅の渦を少しずつ削っていく。
「参りましたわね。しかしここで終わっては試練になりませんわ。『血槍万威』!」
そう言うと、両腕で自らの肩を抱くポーズをとるライラノーラ。
次の瞬間、彼女のまとう真紅の渦は、無数の棘となって周囲に突き出した。ここからだとまるで真紅のウニだ。
その棘は前衛の5人の動きに対応し、高速で伸縮して刺突攻撃を開始した。凄まじい数の全方位攻撃に反撃できず、5人は距離をとって防御に徹する。しかし避けきれず、カルマとサクラヒメは攻撃を食らってしまう。ラーニ達スピード組も避けるだけでギリギリだ。
「離れろっ!」
叫びながら、俺は前に走っていった。こちらにも棘が伸びてくるが、『不動不倒の城壁』の前には砕け散るだけである。
「ソウシ任せたっ!」
ラーニ達がライラノーラから距離を取る。俺は範囲内にメンバーがいないことを確認し、『万物を均すもの』を振り切った。
爆発的な『衝撃波』が、ライラノーラを覆う真紅の棘をすべて砕いて吹き飛ばす。
そこに残ったのは、身体一つで立つ、真紅のドレスの女吸血鬼。美しい白皙の面には、無邪気な笑みが浮かんでいた。
「ふふっ、やっと二人きりになれましたわね」
ライラノーラの全身から、20本を超える、茨のような真紅の帯が現れた。それは獲物を探す触手のように、ライラノーラの周囲でゆらゆらと動き始める。
「では参ります、『血牙鞭』」
ライラノーラの踊るような動きにあわせ、無数の茨の鞭がしなる。一瞬の後、それらは赤い奔流となって俺の身体に叩きつけられてきた。
俺は『不動不倒の城壁』を前に出し、無数の鞭を受け止める。しかし触手のように不規則に動く鞭は、その何本もが盾を回り込んで俺の身体を打ち付けてくる。
俺は構わず『万物を均すもの』を振り切った。真紅の鞭は飛び散ったものの、ライラノーラはそこにはいない。
一定距離を保ちながらの『疾駆』を使った高速移動。そして隙をついての『血牙鞭』による鞭の飽和攻撃。
俺の『衝撃波』を封じつつ、じわじわとダメージを与える作戦か。武闘大会でのモメンタル青年がやったものと似た戦法だ。
しかしこちらには仲間がいる。長期戦はライラノーラには不利でしかないはずだ。
しかしメンバーをちらと見ると、複数のデュラハンと戦っていた。いつの間にか召喚していたらしい。
「申し訳ありませんが、小細工をさせていただきましたわ」
「これも試練というわけですね」
「そうお考えいただけるとありがたいですわね」
まあ俺としても、この戦法はいつか破らないといけないものだ。そしてその策はすでに考えてある。
俺は全身にダメージを受けながら、徐々に位置を移動していた。できるだけ仲間から離れないといけない。俺の力業を実行するには。
「『血牙鞭』をどれだけ当てれば倒せるのか、気が遠くなりそうですわ」
ライラノーラは楽しそうに言って、さらに赤い鞭の数を増やした。俺は『万物を均すもの』で無数の鞭を払いつつ、さらに仲間から距離を取る。そろそろいいだろう。ここからなら『衝撃波』はメンバーに届かない。この部屋が広くて助かったな。
「あら、なにか仕掛ける気ですわね」
「ええ、その通りです」
ライラノーラの動きがさらに加速する。俺の周囲を不規則に動き回り、血の鞭の暴風を叩きつけてくる。
俺は多少のダメージを無視して身体を大きくねじり、『万物を均すもの』を大きく振りかぶった。
「おおッ!!」
溜めた力を解放するようにして、メイスを横薙ぎに、そして身体を一周させる。
『衝撃波』による360度全周囲攻撃。これが俺の編み出した、モメンタル戦法への対抗策だ。
「甘いですわね!」
しかしさすが『最古の摂理』。この技の弱点を見切り、大きく跳躍して『衝撃波』を躱してきた。とはいえ彼女が空を飛べるのは前回の戦いでわかっている。
「ああッ!」
俺は『万物を均すもの』を振り上げる。身体能力上昇スキル、そして『翻身』スキルを最大限に発揮させ、慣性を無視した動きで瞬時に無数の『衝撃波』を上空に放つ。それはもはや逃げる隙のない、『衝撃波』のドームであった。
それでもライラノーラがもう少し高くまで飛んでいれば、あるいは決着にはならなかったかもしれない。しかし空中から反撃に移っていた彼女は、完璧なカウンターでその『衝撃波』を受けてしまった。
「なっ!?」
吹き飛ばされた彼女は天井に叩きつけられ、そのまま俺の目の前に落下してきた。
それでもなお起き上がろうとする彼女には、まだ戦う意思があるように見えた。
「失礼」
微笑む彼女の脳天に、俺は『万物を均すもの』を振り下ろした。




