19章 『黄昏の眷族』を統べる者 13
翌日は、ドロツィッテ女史に依頼された『将の器』スキルの検証を行った。
場所は領都を北に出たところの平原である。
『ソールの導き』は俺とフレイニル、マリアネ、そして現場には到着したばかりのザンザギル侯爵も来るということで、サクラヒメが参加した。
他のパーティはジェイズ率いる『ポーラードレイク』、ソミュール女史率いる『睡蓮の獅子』ほかA、Bランクパーティが30ほど、それとザンザギル侯爵を含めて各領から来たパーティがやはり30ほど参加をした。
当然帝国軍の将兵も1000名程が参加となり、俺が思ったよりはるかに大きな話になってしまった。
もっともそれを口にしたところ、ドロツィッテ女史に、
「戦の準備を怠るような冒険者や将兵はいないさ。これでも数を絞ったほうなんだ。あまり大勢が動くと市民が驚いてしまうからね」
と教えられたが。
検証については、俺が真ん中の先頭に立ち、平原の先を睨んだ状態で、他の冒険者や将兵に動いてもらって各々自己診断をしてもらうことにした。
結果としては、『明らかに能力が向上している』ということで話がまとまった。
3割も向上していたら普通に動いているだけでもはっきりとわかるだろうから、プラシーボ効果ということもないだろう。むしろマリシエール殿下など、「闘技場よりもはっきりと向上したことがわかりますわ!」と子どものようにはしゃいでいて、『睡蓮の獅子』のメンバーを驚かせていた。
検証は成功裏に終わり、その場はかなりいい雰囲気で解散となった。
もっとも『将の器』は、冒険者や一般の将兵にとっては「すごいスキルがあるものだ」くらいの扱いだろうが、皇帝陛下をはじめ上層の人間にとってはそれで済ませていいものでもないだろう。いまさらこれで俺に対する扱いが変ったりはしないと思いたいが、逆に彼らの胃にはそれなりの負担がかかることになるかもしれない。
ともあれ宿へと戻ろうとした俺を、ドロツィッテ女史が呼び止めた。
「すまないソウシさん、ちょっとギルドまで来てもらっていいかな。実は気になる情報が今朝入ってきてね」
「わかりました。情報というのは『黄昏の眷族』関係ですか?」
聞き返すと、ドロツィッテ女史は意味深な笑みを口元に浮かべた。
「いやそれが、どうも近くに新しいダンジョンができたみたいだっていう話でね。ソウシさんたちにはすごく心当たりがある話だろう?」
ギルドに行って詳細を聞いた後、俺は宿に戻って皆を集めた。
「『彷徨する迷宮』かあ。随分と久しぶりな気がするわね。前はエルフの里の近くでサクラヒメと会ったときだもんね」
俺が一通り話をすると、ラーニが両手を頭の後ろで組みながら感想をもらした。
結局ドロツィッテ女史からギルドで聞いた話は「領都の西に急にダンジョンが現れた」「見つけたパーティが入ってみたが、1階はDランク、2階はCランクのアンデッドが出現した」ということだけだった。だが俺たちにとっては、それだけで十分な情報ではある。
他のメンバーがうなずく中、一人未経験なゲシューラだけは訝しそうな顔をする。
「済まぬがその『彷徨する迷宮』というのはどのようなものなのだ? 我は初めて聞くのだが」
「あっそうか。ゲシューラとはその後に会ったんだもんね。『彷徨する迷宮』っていうのはね……」
とラーニが説明すると、ゲシューラは興味深そうに何度もうなずき、尻尾で床を叩いた。
「なるほど、『彷徨する迷宮』とは、かのライラノーラが住まう場所のことであったか。我も悠久の住人ライラノーラとは是非とも話がしてみたいものだ」
「それがしもライラノーラ殿とはまた戦ってみたいでござるな。あれほどの手練れはそうはおらぬゆえ」
サクラヒメが違う方向で賛同すると、カルマがやや呆れたような顔を俺に向けてくる。
「しかしまさかこんなタイミングで出てくるとはねえ。これもソウシさんの『天運』のおかげかい?」
「たぶんそういうことになるんだろうとは思う。ただ今回はちょっと時期が悪すぎるな。ライラノーラには色々話を聞く予定だったんだが、さすがに大きな戦の前だとな」
「でも戦の前に強いスキルを得られるのは大切じゃない? 話を聞くのは後でもできるでしょ」
「ラーニの言うことももっともかも知れません。もしソウシさんの『天運』が働いているのなら、やはり『黄昏の眷族』との戦の前に入るべきではありませんか?」
ラーニとスフェーニアの意見に、俺も「たしかに」と答えるしかなかった。
「それにソウシさま、『彷徨する迷宮』が戦の終わりまで開いているとも限りません。1日で踏破できるダンジョンなら、やはり入っておくべきかと思います」
「フレイの言うとおりじゃな。どうせ『黄昏の眷族』が上陸したとして、1日2日でここまで来るわけでもない。さっさと行ってスキルをもらってしまった方がいいと思うがのう」
フレイニルとシズナまでがそう言うので、『ソールの導き』としての行動は決まった感がある。
「わかった。明日『彷徨する迷宮』に入ろう。目的はスキルの獲得、ライラノーラとの話は最低限にしよう」
「さんせ~。どんなスキルが来るか楽しみね!」
「これでソウシさまがますますお強くなれば、怖いものはなくなりますね」
「すでに勝ったつもりなのが、わらわたちの恐ろしいところじゃのう」
そんな感じで解散をしようとすると、宿の店員が来て来客を告げた。
店員がやたらとそわそわしていたので気になったのだが、入ってきたのはドロツィッテ女史と、なんとマリシエール殿下だった。
「やあ済まないね。そろそろ結論が出るころだろうと思ってお邪魔したよ。それで入るのは明日でいいかな?」
開口一番そんなことを言ってくるドロツィッテ女史に、マリアネが呆れた顔をする。
俺は苦笑いしながら答えた。
「ええ、そうなりました。大きな戦いの前ですが、スキルを得た方がいいだろうという結論です」
「当然の話だと思うよ。そこでソウシさんに聞きたいんだけど、『将の器』スキルに空きはあるかな?」
「空き……ですか?」
「わたくしはすでに『ソールの導き』の一員だと思っておりますので、あると信じていますわ」
マリシエール殿下のワクワクしたような顔を見て、俺はその意味を察した。
「……そういう意味でしたか。たしかにあと2人分受け入れられる感覚があります」
あの闘技場の時の戦いの後『将の器』スキルがレベルアップしたようだ。おかげでマリシエール殿下が『ソールの導き』に入るという話はすんなり受けられたのだが、もう一枠がそう使われることになるとは思わなかった。
「なら問題ないね。私とマリシエール殿下も『彷徨する迷宮』に付き合わせてもらうよ。もちろん『ソールの導き』の一員としてソウシさんに従うからよろしく」
「わたくしも大きな戦の前に、ソウシ様と共に戦う経験を積んでおきたかったのです。よろしくお願いしますわ」
ということで、『ソールの導き』は遂に11人体制となってしまった。
いや、ドロツィッテ女史はさすがに今回のみのスポット参戦だろう。
と思いたいところだが、その意味深な笑顔を見るとどうもそれは甘い見通しな気もしないではない。
まあ今は『彷徨する迷宮』だ。ライラノーラも前より強化されているだろうし、決して気は抜けない。兜の緒を締め直して挑むとしよう。




