19章 『黄昏の眷族』を統べる者 09
翌朝、朝食を済ませた俺たちは、全員で街の中央にある侯爵邸を訪れた。
侯爵邸は、貴族の館というより軍隊の官舎のようなたたずまいの建物だった。
その玄関にて出迎えてくれたのは、使用人数名を従えた、まだ20歳前後に見える青年である。どことなくモメンタル青年との血縁を感じさせる、細面の美男子だ。
「初めましてオクノ伯爵様、ファルクラム侯爵家、当主代行のライエンタル・ソーグランと申します。ファルクラム家の次男でしたが、ソーグラン家に婿入りした身の上の者です」
「初めましてソーグラン様、冒険者のオクノと申します。この度の件につきましては、心よりお悔やみ申し上げます」
「ありがとうございます。オクノ伯爵様には、母と兄を外道の法より救っていただき大変感謝をしております。まずはこちらへ」
皇帝陛下の話にも出てきたモメンタル青年の弟君は、早くも呼び寄せられて侯爵家を取り仕切っているようだ。この若さでこれほどのイレギュラーをなんとかしろというのはいくら貴族とはいえ相当無茶な話だ。年上であり形だけでも貴族の俺としては協力をしなければならないところだろう。
侯爵邸に入り、応接の間に案内される。
一通りの世間話の後、ライエンタル青年はいよいよ本題に入った。
「昨日、帝都より連絡が来まして、いよいよ『黄昏の眷族』の侵攻が近いというお話を聞きました。その数も3000はいると聞いております。しかもこの情報はオクノ伯爵様自身が入手されたものとか」
「ええ。こちらの領に来る途中で街道を封鎖しようとしていた『黄昏の眷族』に遭遇しまして、彼らから聞きだしました」
「それは戦ったということですか?」
「いえ、彼らは『黄昏の眷族』の中でも穏健派のようで、積極的に戦うつもりはなかったようです。こちらにも彼らと交渉ができる者がおりまして、それで話を聞いた次第です」
「なるほど……」
と言いながら、ライエンタル青年はちらとゲシューラのほうを見てからうなずいた。
「ところでその、『黄昏の眷属』が3000という数に私も大変驚いてしまいまして、当領の兵を率いる将軍にも話をしたところ、絶望的な戦力ではないかということになりました。オクノ伯爵様は多くの『黄昏の眷属』と戦ってきたとうかがっていますが、オクノ伯爵様から見て実際のところはどうなのでしょうか?」
「帝都からはマリシエール殿下が多くの高ランク冒険者を引き連れて来ると聞いています。それと『黄昏の眷属』も半数は穏健派のようです。しかも彼らはもともと集団になる者たちではなく、現状レンドゥルムという強力な王が力でまとめているだけのようです。ですのでその王を叩けば勝算は十分にあるでしょう」
「『黄昏の眷属』を力でまとめ上げる王……。人間が勝てる相手なのでしょうか」
「やってみなければわからないところはありますが、私が挑むつもりでいます。もちろん勝算があってのこととお考えください」
と若き領主代行を励ますために多少のリップサービスをすると、ライエンタル青年は多少安心したような表情を見せた。
「オクノ伯爵様は武闘大会でマリシエール殿下を破り、しかもその後現れた巨大な悪魔も一撃で倒したとうかがっております。我が領でもできる限りのことはいたしますが、相手が『黄昏の眷属』の軍となるとあまりにも戦力が足りません。伯爵様の力にすがることをお許しください」
「こういったことのために冒険者は存在するのです。我らが矢面に立つことに関して、ソーグラン様が引け目を感じる必要はありませんよ。むしろ領主としては、『黄昏の眷属』との戦に不安を感じる領民の慰撫にこそ力を尽くさないとならないでしょう。これは単なる役割分担なのです」
「ありがとうございます。伯爵様の今の言葉を聞いて、兄が最後、伯爵様に大会で当たって救われたのも良き運命だったのだと理解しました」
青年は目頭を押さえてそう口にした。
そこまで言われるとさすがに俺もいたたまれない気持ちになるが、遺族がそれで納得できるなら俺の心持ちなどどうでもいいことだ。
しばらくしんみりとしてから、青年は再び話を始めた。
「申し訳ありません、少々感情的になりました。今回伯爵様をお呼びしたのは、その『黄昏の眷属』の件もあったのですが、それとは別に兄と母についてのことも相談をしたかったからなのです。具体的には、この邸内に例の『冥府の燭台』の手の者や、残したものがないかどうかを調べていただきたいからなのです。皇帝陛下からもオクノ伯爵様が率いるパーティに頼るように言われておりまして」
「それについては私も気になっているところです。こちらのフレイニルが怪しい気配を探るのに長けていますので、よければこの後屋敷を一通り回って探ってみましょう」
「ありがとうございます。使用人も玄関前に集めますので、よろしくお願いします。それと一部領軍の兵士たちについても調べていただければと思います」
ライエンタル青年は席を立つと、使用人たちに指示を出し始めた。雰囲気としては抜き打ちの調査に近い形になるようだ。
調査はすぐに始めることにした。俺とフレイニル、そしてラーニが中心となって、ライエンタル青年に先導され館をあちこち動き回ることになった。
まずは玄関で使用人のチェック、こちらはまったく問題はなかった。
次に館の各部屋を回る。気になったのはやはり侯爵の執務室、それと侯爵、モメンタル青年の私室だ。フレイニルが感じるほどのアンデッド的な気配がまだ残っているらしい。ただ実際にアンデッドがいるわけではなく、ファルクラム侯爵とモメンタル青年……というよりは、その死体を操っていたイスナーニとサラーサという『冥府の燭台』の術者の力の残滓だろうということになった。
少しだけ動きがあったのは、別棟の倉庫に近づいた時だった。
フレイニルが「あっ」と声をもらしたのだ。
「どうした?」
「あの倉庫から良からぬ気配がいたします。それもかなりの数です」
「アンデッドがいるのか?」
「いえ、恐らくアンデッドを召喚する道具だと思います。動いている気配がありませんので」
「すごいな、そこまでわかるのか」
と俺は感心してしまったが、一方でライエンタル青年は非常に不安そうな表情を見せる。
侯爵家の倉庫は、学校の体育館ほどもある大きな建物だった。中には大きな棚が何列も並び、そこに一抱えもあるような木箱が整然と並べられている。
「基本的には武具や馬具などが収められている倉庫です。私がいたころと同じならば、新しいものはこちらに納められるはずですが……」
ライエンタル青年が案内してくれた棚には、確かに他よりは新しい木箱が並んでいた。
「フレイ、わかるか?」
「はい、これとこれ、それとこちらの箱です」
ライエンタル青年の許可を得て、フレイニルが指示した箱を開けてみる。するとそこにはA4版くらいの大きさの石板、いわゆる『召喚石』が大量に収まっていた。俺がメカリナンで見たものと同じである。間違いなくアンデッドを召喚するためのものだろう。
ライエンタル青年は気味の悪そうな顔で、その奇妙な道具が入った木箱を見下ろしている。
「これがアンデッドを召喚する道具……なのですか?」
「ええ。私が以前他の国で見たものと同じですね。この板一枚で10体ほどのアンデッドを召喚できるようです」
「一つの木箱に100枚はありますね。とすると合計300枚、3000体のアンデッドですか。街中に放たれれば恐ろしい被害がでそうです」
「『黄昏の眷族』との戦いの時に仕掛けられたら大変なことになっていたでしょう。しかしこれがここにあるということは運び込んだ人間がいるということです。跡をたどれば出所がわかるかもしれません」
「なるほど、おっしゃる通りですね。人を使って調べさせましょう。基本的に出入りの商人は決まっているはずですから、違う者が出入りしていれば目立つはずです」
「お願いします。こちらも『冥府の燭台』の足取りはできる限り知っておきたいところですので」




