19章 『黄昏の眷族』を統べる者 08
その後隊商の一行と別れた俺たちは、翌日午前にファルクラム領の領都に到着した。
なお『ポーラードレイク』は先の隊商に追加で護衛に雇われ、遅れて来る予定である。
領都は、武門ファルクラム侯爵家の都で、なおかつ『黄昏の庭』に近い土地ということもあり、堅固そうな城壁を擁する城塞都市であった。城門は特になにもなく通過する。
街そのものも質実剛健といった雰囲気で、石造りの頑丈そうな建物が多い。ただ、すでに侯爵家があのようなことになった話は届いているはずで、心なしか人々の顔には不安の色が浮かんでいるようにも見える。
当然ながら『黄昏の眷族』侵攻に対する準備のために多くの兵士が行き交っていて、人々の不安をいっそうかきたてているということもありそうだ。
通りには対『黄昏の眷族』の主戦力となる冒険者の数も多く、しかもその半分以上はCランク以上のようだ。これはランクの比率を考えると異常ともいえる事態である。
宿はグランドマスターに勧められた高級なところを取ることができた。
いつもなら全員で冒険者ギルドへと向かうところだが、今この領都には冒険者が集まっているためギルドも人が多いらしい。
そこでギルドへは俺とマリアネだけで向かうことにして、他のメンバーは街を見て回るようにした。ラーニやシズナたちはさっそく屋台巡りに行ってしまった。
「マリアネもさすがにこの街は初めてか?」
ギルドへと大通りを歩きながら、いつも通り澄ました顔のマリアネに聞いてみる。
「はい。帝都より北に来るのは初めてですね。思ったよりも寒くて少し驚いています」
「冬は完全に雪に覆われるみたいだからな。この時期にやってくるということは、『黄昏の眷族』もさすがに雪中行軍は避けたかったのかもしれないな」
「そうかもしれませんね。ゲシューラも、『黄昏の眷族』であっても冬が楽なわけではないと言っていましたし」
「そういえばマリアネはどのあたりの出身なんだ? 帝国なのか?」
「帝国の南部、王国に近いところの街ですね」
「そうだったのか。帝都に来る前に寄ればよかったな」
「あの時は急ぎでしたから。それに帰ると両親が少し……」
「なにかあるのか?」
「結婚相手はまだかと言われるので」
「ああ……」
そういうのはこの世界も、そして冒険者になっても変わらないんだと少し安心する。
いや、マリアネがちらちらと俺を見てくるのでそこまで安心もできないか。
「今回の件が終われば、またヴァーミリアン王国や、オーズ、メカリナンには行くことになるだろう。寄れるときに寄っておこうか。ご両親が健在なら、リーダーとして……いや、俺としても話はしておかないといけないからな」
と言うと、マリアネは少しだけ驚いたような顔をして、それから目を細めて微笑んだ。
「……そうしていただけると助かります」
そんな微妙な話をしていると、冒険者ギルドへと到着した。
帝都とは比べるべくもないが、それでもかなり大きなギルドだ。中に入ると100人を超す冒険者がいて、それぞれ掲示板を見たり情報交換をしていたりする。
マリアネはそのまま情報収集のために奥に行ってしまう。
俺は掲示板を眺めるが、特にAランク限定とかの討伐依頼はないようだ。まあこのタイミングでドラゴンなどに現れられても困るが。
「ソウシさんじゃないか。あんたが来てくれたなら心強い」
男の声に振り返ると、厳つい顔の壮年の男戦士が立っていた。武闘大会の1回戦で当たった大斧使いのヨーザムだ。所属パーティは『ティルフィング』、だったか。
「ああその節はどうも。ヨーザムさんも移動が早いですね」
「武闘大会に出てる人間は皇帝陛下直々にこっちに来るように頼まれてるからな。しかしソウシさんは闘技場の中と外で随分雰囲気が違うんだな」
「闘技場では気張っていましたからね」
「そういうもんか? しかし本当に優勝するとは思わなかった。俺としても鼻が高い、といっても手も足も出なかったんだが」
「いえ、ヨーザムさんの斧は強烈でしたよ。自分はちょっと……色々とおかしいので」
「ははっ、違いない。特にあの、最後デカい悪魔をぶっ叩いた時のアレな。酒の場でも散々言われてたと思うが、あの場にいた全員が肝を潰したと思うぞ」
「おいヨーザム、そいつってまさか……」
どうやら話をしているうちに別の冒険者が俺のことに気づいたようだ。こうなるとどうしようもない。ギルドの中がにわかに騒然となってしまうが、そのほとんどは武闘大会優勝者がこの街に来て助かるという感じであった。
そんな中冒険者たちと情報交換などをしていると、マリアネが奥の部屋から出てきて、そっと耳打ちをしてきた。
「ギルドマスター経由で、すでに例の『黄昏の眷族』の情報はここまで伝わっていました。それとできれば侯爵邸の方に顔を出して欲しいそうです」
「やはり挨拶には行かざるを得ないよな」
「それだけではないようです。フレイも連れて行くように言われましたので」
「俺たちに調査をして欲しいということか。わかった、明日の朝向かおう」
『冥府の燭台』の存在についてもまだ完全に話が終わったわけでもない。確かに侯爵邸周りは、一度フレイニルのスキルで見ておいた方がいいだろう。




