4章 新たな街へ 05
翌日は、いよいよEクラスのダンジョンへと向かった。ガイドで予習はしているので後は実戦でどの程度かを確かめるだけだ。ソロでも攻略可能かどうか、一番の問題はそこである。
Eクラスダンジョンは2つあるが、はじめに挑戦するのは町を出て1時間ほど、川のほとりにあるダンジョンだ。
現地に行ってみるとそこには河原の小石が山のように積み上がっており、その山にぽっかりと黒い口が開いていた。
やはり先行の冒険者が数パーティ近くにたむろしているが、俺はそれを横目にダンジョンへと入っていった。
中はひんやりとした湿度の高い空間で、壁の表面は小石を積み上げたような見た目になっている。
しばらく地図の順路に沿って歩いていくと、『気配感知』に反応がある。地下1階だが数は5匹だ。
Eクラスダンジョンは階層はFクラスと同じ5層だが、出てくるモンスターの質・量ともに上がるらしい。さっそく数の洗礼というわけだ。
現れたのは手足がついていて二足歩行する魚、フィッシュマンというモンスターだ。身長はゴブリンより大きく、手には短い槍を持っている。
フシュシュシュッ!
フィッシュマンは俺に気付くと、妙な声を上げながら隊列を組んで迫ってきた。ゴブリンよりは統制が取れているモンスターのようだ。
つきだしてくる槍に対して、俺はカウンター気味にメイスを振るった。『翻身』スキルのおかげで切り返しが鋭くなったメイスは、5本の槍を一瞬のうちに破壊する。
こうなると後は格闘戦だ。フィッシュマンは手元に残った槍の柄で殴りかかってくるが、メイスの射程に入った途端に頭部が爆散する。
Fクラスとはいえボスすら瞬殺の打撃である。ザコが耐えられるはずもない。
ドロップ素材は魔石とデカい鱗だ。鱗はパッと見てガラスっぽい。どちらも背負い袋に入れて先に進む。
地下2階への階段までに、フィッシュマン3~5匹の集団が6回ほど現れた。
相当に気を抜かなければ怪我すら負わないのだが、稀に槍が『鋼体』を突き抜けて少し刺さることがあった。攻撃力は思ったより高いのかもしれない。むろん怪我は『再生』ですぐに治るのだが。
2階に下りると、そこに若者4人のパーティがいた。男1人女3人のパーティだ。ハーレムパーティというやつだろうか?
俺が会釈をしてそばを通り過ぎようとすると、年長らしい女性が声をかけてきた。
「おじさん一人でここにくるってもしかして奥さんにでも逃げられたの?」
「いや、単に一人で活動してるだけさ。べつに自棄になってるわけじゃない」
と答えたが、「奥さんに逃げられた」という指摘は当たってなくもない。前世の話では、だが。
「にしてもEクラスを一人はヤバイでしょ」
「問題ないから2階に来てると思ってくれ。フィッシュマンは相手にならないしな」
「ふぅん……結構刺されてるように見えるけど、でもそれくらいで済んでるなら『鋼体』持ちっぽいね。ならすぐにはくたばらないか」
女性がそう言っている後ろで、気の弱そうな男性がおろおろしている。あ、これ逆に苦労してる奴だ。ハーレムとか言って済まんと心の中で謝る。
「まあこの先出るのはストーントータスだし、メイスが通じなかったらさっさと逃げた方がいいよ。噛みつかれると足くらい持ってかれるからね」
「ああ、ありがとう。気を付けるよ」
なんかこの世界の冒険者は人当たりがいい人間が多い気がする。
よく考えたらこの世界の冒険者は『覚醒』によってランダムに決まるから、荒くれ者が冒険者になるわけじゃないし、その辺りが関係しているのかもしれないな。
さて2階を進むと、さっそく件の『ストーントータス』が2匹出てきた。ようするに石で覆われた甲羅を持つ大きなワニガメだ。動きは遅いが防御力は高く、攻撃の瞬間だけは首が急に伸びるので接近戦は危険らしい。
俺は正面から接近し、『翻身』スキルも活用してフェイントをかけて1匹の側面に回り込む。フェイントに引っかかって伸ばした首にメイスを叩きつけると、あっさりと頭ごと爆散した。
試しに甲羅も殴ってみたが、表面の石は派手に砕けるがそこまでのダメージは与えられていないようだ。むしろこちらの腕にかなりの衝撃がくるので、やはり伸びた首を叩くことにする。
倒すと魔石と甲羅の一部を落とした。甲羅は見た目鼈甲っぽいのだが、ストーン要素はどこへいったのだろうか。
ともかくもそこまで問題なく2階も踏破できた。やはり一度回避をミスってストーントータスに噛まれてしまったが、『鋼体』のおかげで噛み傷だけで済んだ。
3階への入り口到着時点でどうやらレベルも上がったようだ。
3階はストーントータスの数が増えるだけらしいが、背負い袋が満杯に近いので今日はこの辺りにしよう。
今のメイスも早くも物足りなくなってきたしな。Eクラスダンジョン攻略なのだから装備をランクアップさせてもいいかもしれない。
ギルドに戻って買取をしてもらう。頼むのは例の無愛想な受付嬢だ。彼女の前だけは常に空いているのだが……あの態度が嫌がられているのかもしれないな。でも仕事はきっちりやるタイプのようなので俺は気にしないが。
「Eクラスの鱗と甲羅ですね。……この量を一人で?」
ちらりと疑わしそうな目を向けられるが、まあ仕方ないのだろう。ソロで活動している冒険者はエウロンにもいないようだし。
「ええ、2階までを踏破しました」
「失礼ですが、ストーントータスはどのように倒しましたか?」
「首を伸ばしたところを横からメイスで」
「……ああ、そういえば……スキル持ちでしたね」
『翻身』というスキル名を口にしなかったのは近くに別の冒険者がいたからだろう。その辺りは気にしてくれるらしい。
「ええ、一人でもなんとかなりました」
本来なら誰かが囮になって別の者が横から首を落とす、みたいな戦い方をするらしい。確かに一人で倒すのは面倒な相手ではあった。
「すみません、余計なことをお聞きしました。こちらが買取金です」
「ありがとうございます」
「ところでお金をそのまま持ち歩くのは邪魔にはなりませんか? Eランクからはギルドに預けることも可能ですが」
おっとここでその話が来たか。確かにガイドにはギルドが銀行みたいなことをしてくれるとは書いてあった。
「それじゃお願いできますか」
「では冒険者カードを」
カードを渡すと受付嬢は奥の部屋に一度引っ込み、しばらくして戻ってきた。
「ソウシさんのカードに入金をいたしました。冒険者ギルドならどこでも引き出せますので必要な時は申しつけてください」
「助かります」
というわけで、ジャラジャラと邪魔だった硬貨がかなり整理できた。きちんと気を利かせて必要な案内をしてくれるのだから、無愛想でも何の文句もない。
俺は冒険者ギルドを出ると、トレーニング前に武器屋に向かった。
エウロンの武器屋の主人は、背は低いが幅は俺の倍くらいある髭面の男だった。ファンタジーでも有名なドワーフ族という種族だ。髭のせいで年齢不詳だが、俺と同年代か上だろう。
「これより重くて頑丈なメイスだぁ?」
主人は俺のメイスを手にしながら、俺を頭の先から足もとまでジロジロ見た。
「そこそこ鍛えてるようには見えるがコイツだって満足に振れてねぇだろ。おまえさん冒険者ランクは?」
「Eランクです」
「E? それでこんなメイス使ってんのか? ちぃと振ってみろ」
メイスを返されたのでその場で振ってみる。『筋力』『安定』『翻身』スキルがいい仕事をするのでかなり軽く振れてしまう。というかブンブンといい風切り音がする。
「ほおぉ、それでEってのはなんかワケありか? まあいいや、そんだけ力があんなら確かに物足りねぇな。こっち来な」
ドワーフというと気難しい頑固者みたいなイメージがあるが、どうやら合格点をもらえたようだ。
主人の後をついて店の奥の物置に入る。隣が鍛冶場らしく、熱気が流れ込んできてかなり熱い。
「メイスは上位ランクはあんま使わねぇから大したモンは置いてねぇ。一応おまえさんに勧められるのはこの2本だな」
といって主人が指さす先には、先が棘付き鉄球になったものと、ハンマー形状のものの二種類のメイスが立てかけてあった。
それぞれ手に取って振ってみる。今使っているものの5割増しくらいの重さがあるようだ。見た目と重さが釣り合っていないので中にダークメタルでも入っているのかもしれない。
どちらも手に馴染むのだが、俺は少し考えて棘付き鉄球のものにした。
「こちらにします。突いて使うこともあるので」
「おう、なるほどな。そいつは500,000ロムだ」
俺がそのまま金を払うと、主人はちょっと変な顔をした。
「おまえさん値切らんのか?」
「職人が作ったものを値切るつもりはありませんので」
これは俺のポリシー……なんて大したものじゃないが、人の身につけたスキルを値切るのは気が引けるのは確かだ。人のスキルをいかに値切るかを競うような社会で生きてきた反動かもしれない。
「ふん、おまえさん出世するかもな。値切らん奴はすぐくたばる要領の悪い奴か、それとも器のデカい奴かのどっちかだ」
「はは、器には自信がありませんが、すぐにくたばるつもりもありませんよ」
俺は礼を言って武器屋を後にした。




