17章 帝都への長い道 02
さすがに翌日はサクラヒメとの親交を深める時間を取って1日休みとした。
ただ俺とフレイニルは午前中に教皇猊下に大聖堂に呼ばれていたため、皆とは別れてそちらへと向かった。
大聖堂前は、先日の騒ぎがなかったかのように平常通りの様子であった。大勢の観光客や信者が行き交っていて、むしろ前より人が多い気すらする。もっとも大聖堂前には神官騎士が多めに立っていて、警備に気を使っていることは見て取れた。
俺たちがなんの気なく大聖堂に近づいていくと、信者と思われる人々が集まってきてなぜか俺たち……というかフレイニルに向かって拝み始めた。
「おおフレイニル様、先日は我らをお助けくださりありがとうございます」
「フレイニル様は聖女をいつ引き継がれるのでしょうか?」
「聖女交代の儀を楽しみにしております」
なんだろうと思っていると、人々の口からフレイニルを聖女扱いする発言が飛び出してきて俺は驚いてしまった。当のフレイニルもすっかり戸惑った様子で俺を見上げてくる。
言われてみれば先日のアンデッド騒ぎで一番目立ったのは間違いなくフレイニルである。数百体のアンデッドを一瞬で全滅させ、ボスクラスのデュラハンも一撃で屠ったのだ。あの姿を見れば、確かに人々がフレイニルを聖女扱いするのは当たり前かもしれない。
というより、これは俺たちの認識が甘すぎたと言うべきか。
「申し訳ありません、教皇猊下に呼ばれておりまして、大聖堂の方へ行かなければならないのです。通していただけませんでしょうか」
俺が声をかけると「おお、フレイニル様が聖女様に……」などと言いながらも道をあけてはくれる。しかしフレイニルはすっかり有名人になってしまったようで、拝むのはやめてくれなかった。俺みたいなおっさんが彼女を連れまわして大丈夫なのかと不安になってくる。
それを知ってか知らずかフレイニルは俺の腕にしがみついてくる。俺は早足で大聖堂へと入っていった。
大聖堂では中年男性のカナリー神官が迎えに出てきて、教皇の執務室まで案内をしてくれた。
少しだけカナリー神官とも話をしたが、彼はフレイニルが追い出される時に反対をした数少ない神官の1人だったらしい。
「力及ばず大変申し訳なく思っております」
とフレイニルに頭を下げていたが、フレイニルが「ソウシさまに出会えたのでむしろ追い出されてよかったのです」と答えたら複雑そうな顔をしていた。
案内された執務室では、教皇猊下が笑顔で迎えてくれた。昨日よりさらに体調は良さそうだ。
しつらえられた上質なソファにフレイニルと2人で腰をかけると、教皇猊下は対面に静かに腰を下ろした。
「昨日の今日でお呼びだてして申し訳ありません。どうしてもお話をしておかなければならないことと、お渡しをしたいものがあってお呼びいたしました」
「はい、おうかがいいたします」
「まずホロウッドに関しては、王家、教会双方の事情聴取が終わりました。まだ公表はされてはおりませんが、王都に敵性勢力を導き入れた大罪人ということで、枢機卿という地位を剥奪の上恐らくは死罪となります」
「まさか公開処刑などということになるのでしょうか?」
「いえ、一応は貴人への刑の形を取り、部屋にて自ら毒を仰ぐ形となるでしょう。このことに関しては本当に悲しく、情けなく思っております。本来なら私も責任を取り退位をしなければならないところではありますが、それに関しては世情を顧みてとどまれとの国王陛下のお言葉をいただきましたので、しばらくは不肖の身ながら続ける所存です」
このあたりは非常にナイーブな話だろう。部下の不始末は上司の責任、これはこの世界でも変わらないはずだ。しかしそこであえて国王が教皇に対して責を問わないと表明する……これは王家が教会に対して貸しを作ることになるわけだ。王家と教会の力関係がもともとどのようなものかは知らないが、今回の件で王家優位になったのは間違いない。
もっとも多数の災厄が見られる今、王家としても教会という一大勢力にこれ以上の波風が立つことは避けたいのも確かであろう。
「分かりました。ミランネラ様などはどうなるのでしょうか?」
「昨日も少しお話をしましたが『至尊の光輝』のメンバーは全員一度生家へと戻します。全員が貴族家の出なので、あとはそちらにお任せすることになるでしょう。サクラヒメだけは帝国の出身なので遠いのですが……」
「サクラヒメは昨日私のパーティに入ることになりました。我々も一度帝国へは向かうので、その時に実家には一度帰っていただく予定です」
その報告には教皇猊下も一瞬ぽかんとした顔をしてから、柔和な笑みを見せた。
「そうですか、それはよかった。私は彼女のことはあまり知らないのですが、神官カナリーによると『至尊の光輝』は彼女の存在が非常に大きかったと聞いています。彼女一人が相当に苦労をしている様子だったとか。ソウシ様のパーティに入れていただいたのなら安心ですね」
「私も彼女に対しては少し同情するところはありました。お任せいただければと思います」
「ええもちろん。『ソールの導き』については国王陛下からもお話を聞きました。この言い方は御気に障るやもしれませんが、『ソールの導き』こそがまさに『救世の冒険者』であると感じます」
「そこまでのものかどうかは分かりませんが、少なくとも今後も同じように活動はしていくつもりです」
「頼もしい限りですね。ところで、その一助となるかどうかはわかりませんが、教会としてこちらをソウシ様たちにお渡ししようと思いまして」
そう言うと、教皇猊下は執務机の上にあった飾り箱をもってきて、俺たちの前で開けた。
中に入っているのは、精緻な装飾が施された、銀製のハンドベルのような魔道具だった。
「こちらは『還りの鈴』といわれるものでして、『至尊の光輝』も使っていたダンジョンから帰還するための魔道具です。使い方はサクラヒメが知っているでしょう。当教会の秘宝の一つですが、こちらを『ソールの導き』にお渡しいたします。ただし申し訳ないのですが、あくまで貸与ということで、もし『ソールの導き』が活動を終える時にはお返しいただきたいのです。しかし確実にお役に立つかとは思います」
「これは……たしかに素晴らしい魔道具ですね」
なるほど、これはパーティの生存性を一気に高める貴重な魔道具だ。どうやらボス部屋からも強制脱出ができるようであるし、借りられるなら是非とも借りておきたい。
「謹んで預からせていただきます。ことが済んだと思ったときにお返しにうかがいます」
「よろしくお願いします。それから、今回の聖女交代の儀に関わる依頼については報酬を多めにしてギルドへとお願いしてあります。また今後『ソールの導き』になにかあれば、我々も全面的に後援をいたしますので、どうか今回の件もお許しいただければ幸いです」
「ホロウッド氏の件については私自身はそれ以上のことは望みません。フレイニルはどうだ?」
ホロウッド元枢機卿の企みで一番の被害者はフレイニルだろう。その意味で確認をしたのだが……
「私もなにも思うことはありません。ただソウシさまと共にいられれば、それ以外はなにもいりません」
そう答えるフレイニルはまさに聖女といった清浄な、静謐な感じさえ漂わせているのだが、言葉の内容が内容だけに俺としては不安をかきたてられる。
ただ教皇猊下は目を細めてうなずくのみで、それ以上のリアクションはとらなかった。
「お話は以上になります。この度はお時間をとらせて申し訳ありませんでした。『ソールの導き』の皆様に、アーシュラム神の加護のあらんことを」
こうしてアーシュラム教会との微妙なあれこれはいったん解決を見たようだ。
気になるのはミランネラ嬢……フレイニルの実家であるアルマンド公爵家だが、まずは帝国に行かなければならないので、なにかあるとしても後の話である。今回の件でフレイニルが強くなっていることが確認できたので、面倒が起こっても避けずに対処をすることになるだろうか。もちろん俺としてもフレイニルを強力にバックアップするつもりだ。
しかしその前に、まずはAクラスダンジョン攻略である。
実は国王陛下からは、帝国行きはそこまで急がなくてもよいという言質を得ている。例の『黄昏の眷族』の話については、必要な情報はすべて帝国へと送ったということらしい。
大陸に迫る災厄の話もあるが、冒険者としては一つでも多くのダンジョンを攻略し、足元を固めることも重要だ。今までもそれをこなしてきたからこそ、難事にも対応できたのであるし。




