16章 王都騒乱 13
枢機卿の命令を受け、6人の神官騎士が俺とフレイニルを囲んできた。他のメンバーの所にも神官騎士が行き、こちらに来ないように牽制をしている。
神官騎士に槍をつきつけられ、俺とフレイニルは仕方なく彼らに従って会場の前の方へと連行された。フレイニルが不安そうに俺を見上げるのでその頭を軽くなでてやる。事前にこうなるだろうとは言ってはあったが、さすがに名指しで悪者扱いは彼女の心には響くだろう。
俺たち2人は枢機卿たちが立つ壇の下まで連れていかれた。見上げると、ホロウッド枢機卿は厳めしい顔を作っているが、ミランネラ嬢はニヤニヤとフレイニルを見下ろしている。ミランネラ嬢の隣にはいつの間にかガルソニア少年が護衛についていた。ただ俺を見る彼の目にはいつもの傲慢さははく、やはりどこか疲れというか、怯えのようなものが見える。
俺たちがその場に膝をつかせられると、ホロウッド枢機卿は再び声を張り上げた。
「諸君はこの者たちを知っているだろうか? 今噂になっている冒険者『ソールの導き』のリーダーであるソウシと、そのメンバーのフレイニルである! そしてこのフレイニルこそ、なにを隠そう偽りの聖女候補だったものなのだ!」
会場が再びざわつき始める。枢機卿は畳みかけるように言葉を継ぐ。
「そしてこのフレイニルこそが、今回の騒ぎを起こした張本人に間違いない! その証拠にこの場にて真偽判定にかけ、その罪状を明らかにしてくれよう!」
「おおっ、すぐに明らかにしてください!」
「聖女を偽る者にはアーシュラム神の裁きを!」
そういって煽るのはさっきまでと同じ声だ。あきらかにサクラだな。
目の前にいる観客はむしろ困惑している者の方が多い。俺はともかくフレイニルはホロウッド枢機卿が言うような詐欺行為をするようには見えないからな。むしろ聖女感ならミランネラ嬢より上だろう。
とはいえこの断罪の流れは止まりそうもない。枢機卿の言う「真偽判定」というのは、シズナの時にも話題に出ていた『嘘を見破る魔道具』のことだろう。
ちらと雛壇の方をみると、天使像のような仰々しい魔道具が運び込まれてくるところだった。あれが本当に嘘を見破る魔道具なら俺たちの無実が証明されるだけなんだが、そこは小細工がしてあるのだろう。
とはいえ『小細工』はあちら側だけの特権でもない。
「待たれよ!」
朗々と響く声が会場全体に響いた。
圧倒的な威厳をともなうその低い声の主は、言うまでもなくゼイクリッド・ヴァーミリアン国王陛下その人である。
それまでことの成り行きを見守っていた国王陛下は、マントをなびかせながら立ち上がると、枢機卿の方へ歩いていった。もちろんその後ろには親衛騎士3人が突き従う。
その動きを見て一瞬舌打ちしそうな顔になったホロウッド枢機卿だが、すぐに表情を取り繕って一礼をした。
「これは国王陛下、お見苦しいところをお目にかけております。いかがなされましたか」
「うむ、ホロウッド枢機卿よ。もし貴殿の言う通り『ソールの導き』のソウシとフレイニルがこの度の騒動を起こしたのであれば、それはまず王家として看過できぬことである。なぜならここは王都、我が祖の開いた土地ゆえな」
「ははっ、それは確かに。しかし聖女と偽ったこと、そして聖女交代の儀を妨害したことについては、教会としても見過ごすことはできませぬ」
「それも理解できる。だが彼らは王家ともつながりの深い冒険者、まずは我らの方で尋問を行わせてもらおう」
「それは……。いえその通りでございますな。ちょうどよく我らの『審判の目』がそちらにございます。そちらを使って罪を明らかにされてはいかがでしょうか。さすがにこの場にて罪だけは明かにしていただきませんと、聖女交代の儀が続けられませぬゆえ、なにとぞお願いをしたいのですが」
観衆の前で国王に容疑者を真偽判定にかけろと頼むのもなかなかに無茶な話だ。だが国王陛下は少し考える素振りをしたあと、重々しくうなずいた。
「ふむ、王家としても聖女交代の儀を延ばすのは本意ではない。この場にて騒動についての関与だけでも明らかにしておくほうがよいな」
「ははっ。この場に集まった王都民も、その方が納得するかと思います」
一礼してニヤケ顔を隠す枢機卿。だが、その顔が陛下の次の言葉で凍り付いた。
「ならば王家の『審判の目』を使って真偽判定をすることにしよう。『審判の目』を用意せよ」
「……陛下!? いえ、『審判の目』であれば教会のものが――」
「王家が調べるのだ、王家の『審判の目』を使うのが道理であろう。なに、実はたまたま近くまで運ばせていたのだ。時は取らせぬゆえ安心せよ」
「は!? な……いえ、それはなぜ……いや、是非とも教会の『審判の目』をお使いいただければと……っ」
「我らは王家のものの方が使い慣れておる。間違いがあってはならぬことゆえな」
「それはそうでございますが……しかしかの者たちの行動については我々も独自に調査をしておりまして……どちらの『審判の目』をお使いになっても結果は同じかと……」
「予断をしてはならぬぞ枢機卿。しかしそちらが調査をしているというのであれば、なおさら問題はあるまい。もしこれで彼らが無実ということになれば、まずこの場にいる全員を『審判の目』にかけねばならなくなるであろうからな」
そこで国王陛下は、口の端を持ち上げて、意味深な笑いを浮かべた。陛下は役者としても一流であるらしい。人の上に立つには必要な素養なのだろう。
もちろんこのやりとりは、俺が事前に国王陛下にお願いしていたことである。枢機卿がこの場でなにかを仕掛けてくるとして、可能性が一番高いのは罪をでっちあげることだというのは予想がついた。陛下に相談をしたところ、教会にも『真偽判定の魔道具』があると聞けたのはラッキーだった。罪をかぶせるなら細工した魔道具でこちらを罪人判定するはずだと考え、王家の魔道具というカウンターを用意してもらったのである。
しばらく言葉を失っていた枢機卿だが、国王陛下の表情と言い回しに含まれた真意に気づいたのか、顔色を二転三転させたあとぶるぶると震え出した。
それはそうだろう。たまたま王家の『審判の目』が近くにあるなど、そんな状況が偶然に生まれるはずがない。しかも俺たちが無罪なら、ここにいる関係者全員を『審判の目』にかけるという宣言。これは真犯人が別にこの場にいると言っているのに等しいのだ。
枢機卿は顔面蒼白になってその場にがくりと膝をついた。
近くにいた神官が慌てて駆け寄って身体を支えると、「いや、まだ大丈夫だ……まだ大丈夫……」と口の中でつぶやいている。
俺はそこで、神官たちが並ぶ雛壇の方を見た。
一人の神官が、そっとその場を離れようとしていたのが目についた。あの妙に既視感のある神官だ。
俺は立ち上がると「マリアネ!」と叫んだ。
すると立ち去ろうとした神官のすぐ脇に女忍者が現れ、神官の腕を取って一瞬で組み伏せた。やはりあの神官自身は強くはないらしい。
その一瞬の出来事に気づき、国王陛下が俺の方を見た。
「む、ソウシよ、なにごとか」
「怪しげな男をパーティのメンバーが捕らえました。あらかじめ注意をしておいたものです」
「ふむ、あの神官か。枢機卿、あの者はどのような者なのだ?」
国王陛下の言葉に、枢機卿は油の切れた機械のようにギギギと首を回し、捕らえられた神官の姿を確認した。
「……あの者は……あの者は……そうです、あの者が石板を運んだのです! もしかしたらあの者が今回の下手人であるかもしれませぬ!」
さすがにこの言葉には俺も驚いてしまった。『審判の目』を使う以上嘘をついても意味がないはずなのだが、追い詰められて正常な判断ができなくなってしまったらしい。
「ほう、そうか。ハーシヴィル卿、奴をとらえよ」
「はっ!」
イケメン親衛騎士のハーシヴィル卿が走っていき、マリアネが取り押さえている神官に手をかけて立たせた。
取り押さえられていたにも関わらず、その神官の顔には何らの感情も浮かんではいなかった。人間性が剥離してしまったかのようなのっぺりした顔でじっとこちらを、枢機卿の方を見ている。
「あの者は……最近アルマンド公爵領の方から来たものなのですが、取り入るのがうまい男で……」
枢機卿は依然として意味不明の言い逃れを続けている。
罪をなすりつけられそうになっている当の神官は、それを聞いたからか急に声を張り上げた。
「あ~あ~、どうやら失敗したということかのぅ~。愚か者の策など聞かねばよかったわいのぅ~」
他人事のように語るその声はおそろしくしわがれていて、目の前の神官から発せられたものとは思えなかった。
「聖女をすげ替えて混乱させるというのは面白い策だったのじゃがのぅ~。まったくつまらぬところでケチがついたわい。だがこのまま終わる訳にもいかぬのぅ。直接手を下すのは教義にもとるのじゃが、憂さ晴らしも必要じゃてのぅ」
神官は自分勝手なことを言い放つと、急にビクンと身体を反らした。
「ソウシさま、あの方の身体から急に邪な気が! とても強い気配です!」
フレイニルが叫ぶ。