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16章 王都騒乱  12

 翌日午前、俺たちは大聖堂前の広場にいた。俺たちが警備を任されたのは、広場を挟んで大聖堂から反対側、これから始まる儀式の祭壇からもっとも離れた場所である。


 サッカー場の倍ほどもある広場には、すでに大勢の人々が詰めかけている。それだけ信者が多いということだろうが、聖女交代というイベントにもそれだけ集客力があるということだろう。


 イベントのメインステージである祭壇の脇は雛壇がしつらえられていて、そこに顔色の悪い教皇猊下や、同じく土気色(つちけいろ)の顔をした現聖女と思われる大人の女性、そして多くの神官、神官騎士がいる。もちろん石板をかかえたミランネラ嬢もすました顔で座っている。


 ちなみにミランネラ嬢の後ろには『至尊の光輝』のガルソニア少年と、もう一人魔導師姿の少女がいる。もちろん追い出されたというサクラヒメ嬢の姿はない。気になるのはガルソニア少年の顔つきで、整ったその顔はあきらかに頬がこけ、憔悴(しょうすい)している様子が見て取れた。


 反対側の雛壇には国王陛下と筆頭執事のレイロック氏、そして親衛騎士のハーシヴィル青年とメルドーザ女史の姿があった。さらに初めて見る親衛騎士として、四角い顔をした巨漢の男も見えた。大きなハンマーをもっているので以前噂に聞いた力自慢のガンドロワ氏だろうか。もちろんそれ以外にも護衛の騎士が20名ほど控えている。


「ソウシさま、やはりミランネラお姉様が持っている石板からかすかに邪悪な気配がいたします。しかしアンデッドを召喚するほどの強さではない気もします」


 俺が周囲を見回していると、フレイニルが近づいてきてそう伝えてくる。


「ふむ、そうすると石板そのものはただの小道具の可能性もありそうか。他に妙な気配はないか?」


「それ以外は特には感じません。ソウシさまには気になることがあるのですか?」


「ああ、実は……」


 と言いかけたところでラーニが尻尾を振りながらやってきた。


「ねえソウシ、言われた通りニオイを嗅いできたけど、確かにヘンな奴がいるね。あそこの枢機卿とかいうおじさんの隣にいる神官」


「ありがとうラーニ。どんな奴かわかるか?」


「う~ん、初めて嗅ぐニオイだから分からないかな。でもなんていうか生き物じゃないっぽいニオイなのよね。一番近いのは、あのマゼロとかいう奴が呼び出してたゴーレムのニオイかな」


 ラーニに確認を頼んだのは昨日気になった既視感のある神官である。あの感覚は無視できないと思ったので試しにラーニににおいの検分を頼んだのだ。今の話だと、どうやら俺の推測が当たっている可能性が高くなってきた。


「そうか、ありがとうラーニ。マリアネ、頼みがある」


「なんでしょう」


 忍者のような格好をしたマリアネがスッと寄ってくる。ギルドの専属職員の彼女もすっかり『ソールの導き』の頼れる仲間となった感がある。


「済まないが『隠密』を使って、今枢機卿の隣にいる神官を近くでマークしていてくれないか? 妙な動きをするようならすぐに制圧して欲しい」


「昨日のお話の通りですね。承知しました」


 そう言うと、マリアネは俺の目の前でその気配を霧のように拡散させて消えていった。彼女の『隠密』スキルは何度見てもすさまじい。


 さて、なにかが起きるというのはほぼ確定だが、なにが起きるのかは未知数だ。予想してはいるが、目的はともかくその規模はまったくの不明だからな。ここからは臨機応変に対応するしかない。


 やがて大聖堂の鐘がなり会場が静まると、教皇猊下がおぼつかない足取りで壇上に上がっていく。聖女交代の儀式が始まったようだ。


「今日このよき日にアーシュラム神の御名のもとに……」


 教皇猊下は挨拶の途中でも今にも倒れそうに見える。実際時々身体が崩れそうに見えるのだが、透明なつっかえ棒でも背中に入っているかのようになんとか直立を保っている感じである。誰から見ても不自然ではあるのだが、しかし相手が教皇猊下だけになにかを言うこともできないようだ。


 教皇は挨拶を終えると、いったん壇の奥に下がった。


 代わりに現聖女である女性と、ミランネラ嬢が壇上に上がってくる。


 教皇猊下の前で現聖女とミランネラ嬢が相向かいになり、ミランネラ嬢が例の石板を教皇猊下に渡す。


 石板を受け取った教皇はその石板を掲げ、なにかを宣言しようとしたはずなのだが――


「ソウシさま、石板の気配が大きくなっています! いけません、広場のあちこちから急にアンデッドの気配が立ち上り始めています!」


「フレイニルは真聖魔法『昇天』を『範囲拡大』で準備。スフェーニアは木の上から援護、ラーニとカルマ、シズナは観客の誘導を優先してくれ」


「魔法準備します!」「はい!」「はいよ!」「わかったのじゃ!」


 俺の後ろでフレイニルが精神集中に入り、スフェーニアは素早く近くにあった木の上に飛び上がって弓を構える。


 ラーニとカルマ、シズナは広場から通りに出る通路へとそれぞれ散っていった。


 俺が観客に向けて声を上げようとしたとき、教皇が掲げた石板が怪しく光を放った。


 すると会場全体の地面から黒い霧が立ち上りはじめ、急に周囲が薄暗くなった。俺でも分かるほど邪な気配が充満していく。これは思ったよりも大きく仕掛けてきたようだ。


 観客たちが一斉にざわめき始め、聖女交代の会場は一気に騒然となる。


 すると壇上に飛び上がってくるものがいた。ドジョウ髭の高位神官、ホロウッド枢機卿だ。彼はその姿に似合わぬ豊かな声量で、会場に向かって呼びかけた。


「静まられよ! 何者かの策により怪しげな術がかけられておるが、こちらには聖女様がいらっしゃる。なんら心配をする必要はない!」


「おおそうだ、新たな聖女様がいらっしゃる!」


「なにが起きても大丈夫だ!」


 会場のあちこちからそんな声が次々と上がる。それによって会場は多少落ち着きを取り戻したかに見えたが……


「キャアアッ!」


 こちらから見て左手の方向から悲鳴が上がる。見ると会場の外側に、10体ほどのスケルトンが出現していた。


 観客の中から何人かの男が外へ飛び出してスケルトンへと向かっていくのが見えた。しかし彼らがその場にたどり着くより早く、スケルトンたちは急に天から差し込んだ光に包まれた。


 真聖魔法『昇天』だ。しかし放ったのはフレイニルではない。見ると壇上のミランネラ嬢が短い杖を掲げて魔法を放ったポーズをしていた。どうやら彼女も真聖魔法を使えるらしい。伊達に聖女候補というわけでもないようだ。


 光に包まれたスケルトンたちは、そのまま黒い霧になって天に昇っていく。


 しかしまだ会場全体の霧は晴れていない。様子を見ていると今度は反対側からゾンビが現れ、それもミランネラ嬢が『昇天』で消滅させた。


 そんな騒ぎが数回繰り返されると、会場の黒い霧がだんだんと晴れてきた。観客のざわめきの中から「これが新しい聖女様のお力か」「さすがミランネラ様」などといった声があがる。


 どうもその声も仕込みのようだ。声を上げている人間がさっきから同じである。というよりも今のイベント自体があきらかに仕込みではある。その証拠に、ホロウッド枢機卿がいかにも得意そうな顔で演説を始めている。


「皆の者、邪悪な気配はすべて消え去った。新たな聖女様のお力をもってこの場は守られたのだ。しかし卑劣な何者かが、新たな聖女様の誕生を喜ばぬ何者かが、神聖なる神託の石板に細工をしてアンデッドを召喚したのだ! まずはその者をおさえねば聖女交代の儀は続けられぬ!」


 会場が再び静けさを取り戻す。枢機卿の声量は確かではあるが、ちょっと観客への影響が大きい気もする。なにかスキル付きの装備品でも身に着けているのかもしれない。


「だが安心して欲しい。その卑劣な人間が誰であるかも、新たな聖女様はお見通しである! 実はこの場に、以前偽って聖女候補となり、教会から追放された愚かな女がいる。その女が此度の騒ぎを起こしたのである! 神官騎士よ、その者をひっとらえよ!」


 ホロウッド枢機卿は声高らかにそう命令を下すと、勝ち誇ったような表情で俺とフレイニルを見下ろしてきた。

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