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16章 王都騒乱  11

 翌日朝、ミランネラ嬢を中心として、神官4人、神官騎士4人の総勢9人が遺跡の階段を登っていった。


 俺たちは遺跡の下で残りの神官騎士とともに周囲の警戒をするが、なにか起きそうな気配はない。


 正直なところこの聖女交代イベントの邪魔をすることになにか意味があるとも思えない。悪いがミランネラ嬢はどう見ても本来の意味での聖女には思えないし、こんなやらせのような行事に闖入者(ちんにゅうしゃ)が出てくる可能性は低いだろう。


 ちらと遺跡の上に目をやると、ミランネラ嬢が石棺から石板のようなものを取り出して、布に包んでいるところだった。あれが聖女を引き継ぐのに必要なアイテム『神託の石板』だというのは出発前に説明があった。もっともそんな貴重なものをこんな遺跡にずっと置いておくはずもないので、あれはイミテーションか、それとも直前にセットしたものだろう。


 俺が周囲の警戒に戻ると、フレイニルが近づいてきた。


「ソウシさま、少し妙な気配がいたします。以前アンデッドが出現する石板に感じた気配と似ています」


「なに? どの方向だ?」


「それが……あちらの、遺跡の上なのですが……」


 慌てて遺跡の上に目を戻す。


 布に包まれた石板を抱えて、ミランネラ嬢が神官たちとともに階段を下りてくるところだ。まさかあの遺跡の上からアンデッドが出てくるというのだろうか。


「ミランネラ様がお持ちになっているあの布の中からその気配を感じます。ですがとても弱い気配なので、アンデッドが出てくるという感じではないと思います」


「ふむ……。それでも警戒をしておいた方がいいかもしれないな。しかしどういうことだ……?」


 包みの中にあるのは『神託の石板』、要するに聖遺物である。フレイニルが感じるアンデッドの気配というのは邪悪なものという話だったから、さすがに聖遺物からその気配がするのはおかしい。もしイミテーションであったとしても普通のことではないだろう。


 しかしそれを指摘するべきかどうか……非常に悩ましいところだ。


 彼らが聖遺物と考えているものに対して「アンデッドと同じ気配が感じられます」などと言ったら間違いなく大変なことになるだろう。しかし報連相の重要さを知っている身としては、ここで伝えないというのも心苦しい。


 俺が考えているうちに、ミランネラ嬢たちは地上へと下りてきてしまった。


 その時、取り巻きの神官の1人が、以前宿に呼び出しの書状を持ってきた神官だと気付いた。確かカナリーと言ったか、彼なら多少話が通じるかもしれない。


 ミランネラ嬢たちを少し休憩させたあと、その後俺たちは王都まで一気に帰る予定である。行動中は完全に護衛に集中しなければならないので話すなら今だろう。


 見ていると、カナリー神官がミランネラ嬢から少し離れて休もうとしているところだった。俺はそっと彼に近づいていった。特に神官騎士たちが咎める様子もない。


「済みませんカナリー様、少しお伝えしておきたいことがあるのですが」


「これはソウシ殿。なんでしょうか?」


「聖女様が、先ほど遺跡の上から石板をお持ちになったと思うのですが……」


「ええ、アーシュラム神の神託が刻まれた石板ですね」


「実はその石板から妙な気配がするとパーティのメンバーが言っておりまして。今までそういった指摘をして外したことがないので、私も少し気になっております。大変失礼ですが、あの石板は仮のものであったりはしないのでしょうか?」


 俺が言葉を選んで聞くと、カナリー神官は少し眉を寄せたあと、目をそらしながら答えた。


「聖女様の儀式に使うものなので、当然ながら本物……ということになっております」


 その言い方であの石板がイミテーションであることは確定する。カナリー神官は嘘がつけない性分らしい。まあ神官というものは本来そうあるべきだという気もするが。


「なるほど。しかしあの石板がずっとこの遺跡に安置されていたとなると、誰かが来て入れ替えることも可能かもしれません。先ほども申しましたように、少し妙な気配が……はっきり申し上げればよからぬ気配がするそうです。くれぐれもご注意を」


「分かりました、ご助言は承ります。ちなみにその気配を感じたのはどなたなのでしょうか?」


「フレイニルです」


 ここで誤魔化すと助言の信憑性がさがるのであえて正直に答えておく。


 カナリー神官は溜息をつきながら「そうですか……」と答えた。


「……お話はそれだけでしょうか? そろそろ出発になると思いますが」


「ええ、こちらからはそれだけです」


 俺はそのままメンバーの方に戻っていった。


 カナリー神官の方を見ると、彼はこの一行の責任者らしき年かさの男性神官に何事かを伝えているところだった。ちらちらと俺の方をみているので、さっきの話を早速伝えてくれたようだ。


 話を聞いていた年かさの神官は、カナリー神官にうなずいて見せると、俺の方に顔を向けた。


 特徴のない、のっぺりした顔つき。その表情には、特になんの感情も浮かんでいないように見える。


 しかし俺はその顔に、なにか強烈な既視感のようなものを覚えた。記憶のどこをたぐっても覚えのない顔なのだが……一応気を付けたほうがいいのかもしれないな。




 帰りの道行きも、特にトラブルのようなものはなかった。


 例の石板は、馬車に乗っているミランネラ嬢が抱えたままである。


 何度かフレイニルに確認をしたが、弱いもののやはり邪悪な気配を感じるということだった。


 まあ、もしあの石板からアンデッドが現れるにしても、ミランネラ嬢自身『覚醒者』であり冒険者なので対応できないということもないだろう。一瞬でも対応できるなら、助ける余裕はあるはずだ。


 そんな風に身構えながら護衛を続けていると、夕方ごろには王都の門をくぐっていた。


 大聖堂まで護衛を続け、そこで俺たちは一旦お役御免となった。


「う~ん、結局なにもなかったね」


 宿に戻るとラーニが伸びをしながらそう言った。


「もともと狙われているとかそういう情報があったわけでもないからな。神官騎士がいて冒険者もいれば、盗賊なども寄っては来ないだろうし」


「でもフレイの話だとなんか怪しいものがあったんでしょ?」


 ラーニが目を向けると、フレイニルがうなずく。


「はい。あの石板には怪しい気配がありました。ただ結局のところなにも起きませんでしたが……」


「う~ん。でもあの石板は明日の儀式でも使うんだよね。もしかしたらそっちでなにかあるのかも」


 明日は聖女交代の儀式があり、俺たちは依頼でその会場の警備もすることになっている。確かにそこでなにか起きる可能性もある。


 スフェーニアもそう思ったのか、目を細めてうなずいた。


「むしろなにかをするつもりなら、明日の儀式で起こした方が効果的でしょう。しかし聖女交代の儀式を妨害することにメリットがある人間などいるのでしょうか?」


「アーシュラム教会の対抗勢力なんていうのはいないのか?」


「私は聞いたことがありません。フレイはどうですか?」


「いえ、私もそういったことを耳にした覚えはありません」


「マリアネ、ギルドではなにか把握してないか?」


「いえ。基本的にこの大陸には、アーシュラム教以外の宗教勢力は存在しません。土着のものはあるのかもしれませんが、アーシュラム教自体それら土着の宗教を否定したり弾圧したりということもしていないはずです」


「すると対抗勢力による妨害という線はなさそうか。もしあの石板がアンデッドモンスターを召喚するものだったとして、儀式の場で出現させればそれなりの騒ぎになり、被害もでるだろう。しかしそれになにか意味があるようには思えないな」


 俺がそう言うと、虎獣人のカルマが手をあげた。


「オーズの時みたいに、陽動ってことはないのかい?」


「陽動か。王都でなにか大々的に騒ぎを起こすということか。しかしさすがにその手の動きがあれば、王家が気づいていないということもないんじゃないか」


「う~ん、確かにねえ。王都の出入りはかなり厳重にやってるからね」


「まあ一応可能性としては考えておこう。しかしな……」


 結局ほとんど情報がないので、ここで予想をしていても限界がある。


 だがここで待ちの態勢に入るのもなにか落ち着かないものがある。あの既視感を覚えた神官のこともあって、確実になにかが起こるという予感だけはあるのだ。


 そもそも今回の件だが、ホロウッド枢機卿が依頼をしてくること自体筋は通っていても不自然な感じは否めない。枢機卿は明らかにこちらを誘導しようとしていたのだ。


 その上もし明日の儀式でアンデッドが出てくるなどという騒ぎが起きたとして、もしそれに枢機卿が噛んでいるとしたら、その目的や動機はなんだろうか?


 動機……動機か。


 聖女候補のミランネラ嬢が持ち帰った石板からアンデッドが出てくる。もしそんな騒ぎが起きたとすれば、それは結局ミランネラ嬢の価値を下げることになると同時に、アーシュラム教会の名に傷をつけることになるだろう。


 そのような行為をする動機がある者……すなわちミランネラ嬢と教会に恨みがある者……


 その時俺の目に映ったのは、不安そうな顔をするフレイニルの姿だった。


「今から王城に行ってくる」


 俺はメンバーにそう言って、急いで宿を出るのだった。

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